第23話 想いを新たにして(3)
春美は裕介との出来事を、瞳に涙を潤ませながらも、止めることなく話した。
「裕介君の住んでいたマンションの近くで大勢の人集りを見た時、本当は直ぐに駆けつけて、それが裕介君じゃないことを確かめたかった……でも、通りすがる人たちから、『飛び降りたんだって』って声を聞くと、どんなに『違う、違う』って思っても、頭の中は裕介君が飛び降りたとしか考えられなくて……そうしたら本当の事を知るのが怖くなって、そこから逃げてしまったの……」
正樹は、キャビネットの上に置いてあったティッシュペーパーを数枚抜き取ると、それを春美に渡して涙を拭かせた。
春美は自分が加害者であるように話しているが、正樹には被害者の話しだとしか捉えられない。
「多分、僕が今、どんなに春美先輩は悪くないって言っても、先輩はそう思えないと思います。でも、今の話しからすれば、悪いのは僕たちです。だって、あれだけ一緒にいた時間があったのに、裕介は僕たちに悩みを話すことがてきず、それで春美先輩を頼ったのだから、それは僕たち……いや、僕に責任があります」
春美は正樹の言うことに、否定する素振りを見せると、再び口を開いて話を繋げた。
「それは違うよ、だって、裕介君は正樹君に言いたい事があったはずなの……それなのに、私がそれを伝えるのを拒否したから、何も言えなかっただけだよ……」
正樹も、裕介が自分に渡そうとしていた手紙については気になっていた。
裕介が亡くなった時には、正樹への手紙どころか、遺書のような物が残っていたのも聞いた事がない。
当時、裕介が持っていたスマートフォンが残っていたなどと言った話しも無かったし、自殺した原因の手掛かりになった物は、親戚の家にあったノート一冊だけだった。
「裕介が僕に渡してほしいって言ってた手紙とは、その……昨日僕が持ってきた、あの手紙のことですか?」
「あれは私宛に書いてあったから、違うと思う。あの便箋は事務室に行けば貰えたのを覚えているし、『春美先輩』なんて書いてあったのは、きっと学校で他の人に見られてしまった時の為だと思う……だから送り主も書いていなかったし」
そうなると、裕介はもう一通の手紙を残していた事になるが、正樹は今日まで聞いた事のない話しであり、春美以外には知る由もない。
「春美先輩は、その手紙を受け取っていないんですよね?」
「最初は預かる気も無かっかったし、メッセージには、やっぱり渡してほしいって書いていたけど、それを受け取れないままだったから……それでも、その後に探したの。あのマンションの屋上も、飛び降りた場所も、思い付く場所は探したけど、何処にも無かった……だから私は、裕介君を助けることもできなかったし、最期の願いを聞いてあげることもできなかったの……」
正樹は春美の話しを聞いて、結び付いた事があった。
もし、春美が裕介の振りをしてメッセージを送っているのだとしたら、きっと手紙を受け取れなかった事について、償おうとしているのだろう。
けれど、成り済ましてみたものの、その手紙には何が書いてあったのか分からないし、ましてや裕介からメッセージが届いたなんて喜んでいる自分を見たから、優しい春美は引くには引けないでいるのかもしれない。
だからといって、その事を単刀直入に訊けば、春美の心を傷つけることになり兼ねないし、本来の目的を果たせなければ、後悔が募るだけだろう……
大概のことなら『僕のことなら、もういいですよ』などと言って済ませてしまうが、裕介が絡んでいると、正樹としては春美のことを考えても、自分の気持ちに対しても、安易なことを言えなかった。
「話は分かりました。でも、やっぱり悪いのは春美先輩ではありません。そもそも、あいつが春美先輩に頼まないで、直接僕に渡せば良かったんですよ。馬鹿な奴だと思うけど、僕には大切な友達だから……手紙のことは僕が考えます。だから気にするなって言っても無理だろうけど、一人で悩まないで下さい」
春美が微笑みながら、「やっぱり正樹君は優しいね」と言うと、正樹にはその言葉が、裕介も言っているように思えた。
夜になると、正樹は『昨日のお詫びがしたい』とメッセージを送って、茂雄、純一郎、陽子を、昨日と同じ居酒屋に集めた。
正樹が詫びたいなんて言うのは、他の三人からすれば、墓場の人影くらい薄気味悪いことであり、「今日は奢るから呑め」という正樹に、三人とも「いや、奢りは遠慮しとく」と言って、警戒する。
今の立場は無職だが、実家暮らしで深夜時給のアルバイトをしていた正樹は、収入が少ない訳でもなかったから、今後のことを考えなければ、四人分の居酒屋代くらいは払える。
正樹がそこまでする意味には、春美のために、どうしても三人の知恵を借りたかった。
正樹が今日、病院で春美から聞いた裕介のこと、春美が抱えている悩み、今はメッセージが裕介ではなく、春美からだと自分が思っていることを三人に話すと、昨日のように其々が違う捉え方の様子ではなく、同じ心持ちで疑問に向き合っていた。
「けれど、何で春美先輩は、態々裕介の振りなんかするんだろう……自分が手紙を受け取っていないならば、初めから正樹に、そう言えば良かったんじゃないか」
純一郎が意見を述べると、陽子はそれに対して、浅ましいと思うような視線を向けている。
「馬鹿じゃないの?裕介は、正樹に伝えたいことがあったんだよ。春美先輩は、それを伝えてほしいって頼まれたのに、しなかった……いや、出来なかったの。だから、裕介の思っていたことを、裕介の言葉で伝えるには、どうすればいいのか悩んだのよ」
正樹の考えも、陽子と同じだった。
けれど、その手紙が無ければ、裕介が伝えたかったことも分からないし、春美が成り済ます本当の理由も知り得ない。
「でも、なんで今になって、裕介の振りをして、メッセージなんて送ってきたんだろう……」
正樹が疑問を呈すると、陽子は、「それは『Massey』で正樹を登録したタイミングが、今だっただけじゃない?」と言うが、それに対して、茂雄は否定した。
「いや、ただ成り済ますだけなら、何でも方法はあったよ……別に『Massey』じゃなくても、メールや他のSNSだってあったし、それこそ手紙でもよかった。でも、それが今なのは、春美先輩は、自分が病気で何もかも忘れてしまう前に、どうしても、この事を伝えたいんじゃないか?きっと今も、忘れてはいけない、何か思い出さなければいけないと考えて、苦しんでいるんだよ」
たとえ不謹慎と言われても、それを忘れて春美が楽になるならば、それでも良いのではないかと、正樹は思った。
けれど、それは彼女にとって、残酷な結末であり、春美にとって記憶を無くすことは、罪を隠したまま生きて行くのと同じことなのだろう。
そう考えた時、春美が裕介に成り済ます理由は、自分が自分でなくなれば罪を忘れることがないと、自己暗示をかけているように思えた。
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