第21話 想いを新たにして(1)
翌朝になると、正樹には裕介からのメッセージが届いていた。
《ゆうすけ:おはよう、昨日は返事できなくてゴメン……でも、手紙のことは気にしないで》
メッセージを読むと、正樹はこれを裕介と春美、どちらの言葉として捉えるべきか悩んだ。
裕介本人の言葉だとすれば、気にするなと言われても、それを自分にではなく、手紙を受け取った春美に言ってほしいと思う。
しかし、春美が言っていることだとすれば、きっとこの事については、もう誰にも触れて欲しくないと思っているだろう。
同じ言葉でも、言われた相手によって受け止め方も違うが、現実的なことを考えれば、正解は後者だろうと思った。
正樹がこの考え方に至る理由は、昨夜、裕介と春美に関して、一晩中悩んだ末からだった。
正直、初めて裕介からメッセージが届いた時は、疑心暗鬼な気持ちで捉えていたが、常識というものは、大多数の人間が持つ考え方を言い表しただけであり、少数の人間だけに起こる出来事もあると思えば、裕介の存在も、この世にいた時だけが全てではないと思えていた。
けれど今更になって、現実と非現実という二択には、数学のように正しい答えがあると思わされれば、その答えが外れていたことを、残念だと言って済ませられる心境ではなく、描き上げることのできなかった絵を破り捨てるような悔しさだった。
成り済ましだと考えれば、それが出来る人間も、それをする意味がありそうなのも、茂雄の言う通り、春美しか思い当たらない。
しかし、騙されたとか、裏切られたと思う気持ちは無く、その意図は何なのかは分からないが、春美から伝えたい事をまだ聞けていないならば、正樹はそれを知りたいと思うし、受け止めようと思う。
それに、春美に対して出来ることは何か悩んでいた正樹にとっては、成り済ましに気づかない振りをすることも、選択肢の一つに思えていた。
《マサキ:わかったよ、別に裕介が悪いとかじゃないんだ。ただ、春美先輩が悩んでいるならば、何か話してほしいと思っただけ。あの人が笑っていないのは、すごく寂しかったから……》
メッセージを送ると、これを春美が読んでいるのかと思えば、正樹は少しだけ恥じらいもあった。
過去のメッセージを思い返せば、春美のことで悩んでいたことや、浮かれていたことまで本人に話していたのが恥ずかしい。
もしも気付かずに恋の悩みなど相談していたら、春美はどのような気持ちで読んだのかを想像すると、顔から火が出る気持ちになるが、直接伝えられないのなら、間接的に知らせることもできたかと、狡いことも考える。
《ゆうすけ:やっぱり正樹は優しいね……》
そのメッセージは、裕介と春美のどちらから受けたとしても、正樹の思いが間違っていないと、背中を押してくれる言葉だった。
今朝の様子ならば、春美の気分も落ち着いていると思い、昼になると正樹は、病院を訪れた。
病室の扉を開けると、春美は昼食を済ませた後であり、食後のタイミングを図ったように正樹がシュークリームを見せると、春美はいつものように、笑顔を見せて応えた。
「昨日はごめんね……なんかちょっと、いろいろ考えちゃって、正樹君に八つ当たりしちゃって」
「別に僕は大丈夫ですよ。まぁ、八つ当たりだったら、いろんな人に迷惑かけちゃうかもしれないけど、『僕当たり』なら、かまいません。むしろ、僕にだけ当たってくれるなんて、本当に当たりかもしれないから」
春美は、「何それ?変なの」と言いながら、声を出して笑っている。
「そんな性格だと、結婚したら奥さんの尻に敷かれちゃうよ」
想像を掻き立てる言い方が、正樹には春美のことを小悪魔に見えさせた。
あなたが妻ならば、別に尻に敷かれようが構いませんよ……なんて、つまらぬ想像をしていると、妄想の中には裕介の姿もふらついていた。
春美が話したいと思っている事を言える時までは、受け身になって待つことが彼女にとって一番良いことだと構えているが、このことだけは、感情が理性を遥かに上回ってしまう……それは春美と裕介が、交際していたという疑念だった。
それは裕介に対する嫉妬であるのに間違いないが、その事実を知って、春美が今でも裕介のことを想っていると聞かされれば、親友は恋敵になってしまう。
その交際があった事実を受け止める言葉……賛成、承認、敗北、断念などを理性が唱え続けても、感情が全てを反対語に変えてしまう。
春美のためを思えば、何もかも知ることが全てではないと思うが、この事に関しては、正樹とって『恋は盲目』という言葉を、都合良く捉えさせていた。
「あの……これを訊くのに深い意味はなくて、ちょっとしたゴシップ感覚で聞いて欲しいんですけど……」
「分かった。で、何?」
この質問が、春美の心境にとって凶となる可能性もあるが、後に引けない正樹は唾を飲み込んで喉を鳴らし、自分の発言に覚悟を決めさせる。
「あの……春美先輩と裕介って、中学生の頃、その……何て言うか……あれ……つまり、付き合ってました?いや、答えたくないなら、無理に答えなくていいんですけど、ちょっとね、昨日、シゲたちと話してて、そんな噂を聞いたから……」
春美は怖じ怖じと話す正樹の話を、ぽかんと口を開けながら聞いていると、話し終わりに間を空けて、高らかな笑い声を出した。
「私が裕介君と?おっかしい……そんな風に見えた?だって、正樹君だって知ってるでしょ?彼は私にとって、弟みたいな存在よ」
正樹は、それならばあの手紙は、裕介が姉を頼って渡しただけの物なのかと思うが、それを聞いてはならないと自制する。
「でも、中学生になって、あんまり喋らなくなったと思ってたけど、二人が外で会って話しているのを見たなんて奴もいたから……ほら、人前では距離を置いてたのかなぁ……なんて思って」
「違うよ、あの子、大人しそうに見えてシャイな所もあって、入学した時に小学生の時と同じ感覚で話し掛けたら、『恥ずかしいから、学校で話し掛けないでくれ』なんて言うから、話すのを控えていたの。前は私のこと『はるちゃん』なんて呼んでたのに、急に敬語になって、『先輩』なんて言い出して……笑っちゃうでしょ?」
正樹は話しを聞くと、安心と爽快感から、霧の晴れた山頂で、深呼吸をするような清々しさを覚えた。
「でも、恋人と同じくらい大切な人だったのは間違いないよ……だから、何もしてあげられなかったのが、今でも悔しいの……」
どんなに道を変えても、また同じ場所へたどり着く……正樹には、春美の抱えている苦しみが、仕掛けられた迷路に思えた。
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