第20話 残された言葉(4)

「でも、裕介と春美先輩なんて、学校で話しているのも、あまり見たことないけどなぁ……」


 陽子の話しを聞いた後も、茂雄と純一郎は二人の接点が分からずに悩んでいたが、小学校から裕介と一緒だった正樹には、思い当たる節があった。


 裕介が飛び降り自殺をした自宅のマンションは、中学校に入学する少し前に引っ越した家であり、その前は公営住宅に住んでいた。

 そこには春美の一家も住んでいて、小学生の頃は、正樹も裕介の家まで行くと、近所の公園や児童館で遊んでいたことが多く、そこに行けば、いつも春美が同じ学年の友達と一緒にいた。


 正樹が一学年上の女子であった春美と話すことは、あまり無かったが、同じ住宅に住んでいた裕介は、町内会も子供会も一緒だったことから、幼馴染みのような感覚であり、互いの家を出入りしていることもあった。


 それから春美は小学六年生の頃に、今でも住んでいる一戸建ての家に引っ越して、中学校へ入学してからは、小学生が遊ぶような場所に来ることはなかった。


 その後、裕介も父親が癌で亡くなり、母親が水商売の仕事を始めると、店の近くにあったマンションへ引っ越した。


 だから思い出してみれば、裕介と春美には、自分たち以上の接点があったことを、正樹が話す。


「そう、私が二人をよく見た公園って、多分その公園だよ」

 正樹の話しを聞いた他の三人は、まるで推理小説の謎を解くように話している。


「でも、それなら二人が付き合っていたとも限らないよな……だって、幼馴染みみたいなもんだろ?」


 正樹にも、純一郎の意見は確に思えたが、それならば中学生になってから、二人の会話が妙に少なかったのは気になる。

 春美に恋心を抱いている正樹にとっては、あまり自分に優位な事を考えられず、二人は恋仲を知られないように、あえて人前では距離を置いていたのではないかと考えてしまう。


「こればっかりは、当の本人に訊くしかないよな……でも、今の春美先輩には、そんなこと訊けないないないし、ましてや裕介は……なぁ……」


「訊けるよ……」


 茂雄は、『裕介は死んでいるから無理だ』と言うのを、濁して話したつもりだが、事実を知りたいと思う正樹には、それを問われたように聞こえた。


「最近、裕介からメッセージが届くんだ……だから、裕介に訊けばいいんだよ」


 正樹の発言を聞いた他の三人は、口を開いたまま、何を言えばいいのか迷っている。

 笑って返そうにも、真面目な顔をして話す正樹を見れば、角を立てるような気もするし、だからと言って、真に受けて聞けるような話しでもない。


「ちょっと……正樹……急にどうしたの?ちょっと酔っ払っているんじゃない?」


「違う!本当の事だ!」

 陽子が沈黙を破ると、反応が予想通りだった正樹は、自分のスマートフォンをテーブルの上に置くと、羞恥心もなく裕介のメッセージを皆に見せた。


「おい……これ、本当に裕介なのかよ……」


「誰かの悪戯じゃないか?あ、陽子だろ!」


「何言ってるの!違うわよ!こんなタチの悪い悪戯するわけないでしょ!」


 正樹にとっては、三人の会話が鼻に付くものの、反論などをせず、黙ってスマートフォンをポケットに仕舞う。


「いいよ、どうせ話しても信じないと思ってたから、春美先輩が信用したのが、不思議なくらいさ……」


 正樹が向きになっていれば揶揄って話すこともできるが、冷静な態度を取られると、三人が悪ふざけとして扱うのは、引け目を感じる。


 茂雄は、正樹が誰かに騙されているのではないかと心配になるが、それを言っても聞く耳を持たないのは分かっているから、問い質すことができない。

 けれど、春美が信用していると聞いたことには、いくらお人好しな相手でも考えられないと疑いを持つ。


「おい、もしかして、そのメッセージ送っているの、春美先輩なんじゃないか?」


 裕介の事を話しをしても信用されないのは想定内だった正樹だが、その正体が春美だと言われれば、根拠のない発言に聞こえて癪に障る。


「は?何の意味があって、春美先輩がそんなことするんだよ」


「意味なんか分からないよ。ただ、本当に裕介からメッセージが届くなんて思えないだろ?そう考えたら、春美先輩は自分が送っているから、嘘だと思わなかったんじゃないか?」


 冷静を保とうとしていた正樹だが、茂雄の言うことが、春美を嘘つき呼ばわりしているように聞こえると、自制を促すことができなかった。


「何だよ!じゃあ、春美先輩が騙していたとでも言いたいのかよ!」


「いや、そういう人じゃないだろうけど……とにかく、落ち着けよ!」


 躍起になった正樹と茂雄が言い争っていると、陽子が急に大きな声で「私、信じるよ!」と言いながら、手を挙げて二人を制した。


「私、信じるよ。だって、本当にメッセージが来てるじゃん。それに、本当は誰だか知ってどうするの?正樹がそう思ってるなら、それでいいじゃん」


 陽子が話すと争いは収まり、正樹と茂雄も互いの非を認めることで、蟠りを残すことは無かった。


 後味が悪くなった訳でもないが、弾む会話をする気分にもなれなかったので、四人は居酒屋を出て別れようとすると、陽子は正樹だけに誘いの声を掛けた。


「ねえ、もう一杯だけ呑もうよ」

 正樹は昨日の罪悪感と、今の争いに関しても恩義があるので、無下に断ることもできず誘いに応じる。


 正樹が近くの一杯飲み屋にでも入ろうかと言うと、陽子が「外でいい」と言ったので、コンビニで缶チューハイを二本買った。


「ちょっと、行きたい所があるんだ」


 正樹は陽子の言うがままに付いて歩くと、着いたのは居酒屋で話していた公園だった。

 向かいには、裕介と春美が住んでいた公営住宅がある。


「おい……何がしたいんだ?」

 正樹が問い掛けると、陽子は何か答える訳でもなく、缶チューハイを持ってベンチに座り、隣の空席を手で叩いて、正樹へ座るように促した。


 正樹は陽子の隣に座ると、缶を当てて乾杯をする。

 公園に備えられた遊具には、一つ一つに思い出があり、それを見ていると、正樹はここで酒を飲んでいる自分が、タイムスリップして来た気分になった。


「なあ、裕介からのメッセージの事、本当に信じるのか?」

 正樹が訊くと、陽子は少し笑いながら、首傾げている。


「どうだろう……でも、嘘だとは言いたくない。もし、春美先輩が裕介になって送っていたとしても、それは嘘じゃなくて『そらごと』だよ」


「空言?それじゃあ、嘘って言っているのと同じだろ」


 正樹の言うことに陽子は、「全然違うよ」と言いながら、かぶりを振って否定した。


「嘘って人を騙したりするかもしれないけど、春美先輩がそんなことすると思う?もし、裕介になって正樹にメッセージを送っているのだとすれば、何か理由があるんじゃない?それが、空から話す裕介の言葉を、春美先輩が代わりに送っているとすれば、それは空言じゃないでしょ?」


 陽子の言うことが、正樹には言葉遊びにも聞こえたが、それでも否定されたり、無理に話を合わせられるよりは、感慨深い言葉に思わされる。


 茂雄と言い争っていた時は、裕介と春美の二人に騙された気分になっていたが、陽子と話しているうちに、その気待ちは消えていた。


「それに、あんた春美先輩のこと好きなんでしょ?だったらさ、変に咎めたりしないで、先輩の思っていることを、黙って受け止めてみたら?それが男でしょ?唯でさえ、相手は歳上なんだから……まぁ、本当に裕介なのかもしれないけどね」


 正樹にとって陽子は、場の空気を読めずに、子供のように言いたいことばかりを口にする人間だと思っていたが、今は人の身になって話しができる、大人の女性に見える。


「何だよ急に……お前、春美先輩のこと反対しているんじゃないのか?」


「春美先輩のことは賛成してないよ。でも、これは裕介のことでしょ?反対なんて出来ないよ……」


 メッセージを送っているのが本当に裕介なのかは分からない。

 けれど、本当の事を知ろうとすれば、その意味や理由も失ってしまう気がする。


 もし、春美が裕介になって伝えたいことがあるのならば、その空言を受け入れてみようと、正樹は思った。

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