第5話 再会(1)

 茂雄から正樹へ『Messey』を通して連絡が来たのは、同窓会の二日後だった。

『会わせたい人がいるから、夕方会えないか?』と連絡が来たので、正樹は了解のメッセージを送ったが、誰なのかを訊いても来ればわかるし、初対面の人じゃないと返信が来るだけだった。


 深夜のアルバイトは休みだったので時間はあるが、誰だか分からない人間と会うために動くのは面倒くさい気もする。

 他からの誘いなら断っているところだが、茂雄なら何か特別な理由があってのことだろうと思った。


 夕方六時過ぎ、正樹はJR亀有駅前の交番近くで待っていると、洋菓子店の名前が書かれている紙袋を持った茂雄が、待ち合わせの時刻より五分遅れて来た。


「待たせて悪いな、五時には仕事終わるはずだったんだけど、ちょっとだけ長引いちゃって」

 五分待たされたくらいで文句など言わないが、手に持っている紙袋が新しそうなので、遅刻してでもこれを買って行かなければならない場所へ行くのかと、正樹は思う。


「どこへ行くんだよ」

「ちょっと、そこの病院に入院している人がいるんだ。まぁ、入院って言っても大したことではないらしいけど、来れば分かるさ」


 何故、茂雄が頑なに隠すのか分からないが、そう言えば有村は同窓会に来ていた様子が無かったので、入院でもしているのかなと正樹は思う。


「御見舞いなら、俺だけ手ぶらじゃあ、まずいだろ」

「大丈夫だよ、正樹が来れば、それだけで見舞いになると思うから」

 そう言われてしまうと引き返すこともできないので、正樹は黙って茂雄に付いて行った。


 十五分ほど歩いて病院に着くと、茂雄が受付の女性に病室を訊ねた。


「すみません、澤村春美さんが入院している病室ってどこですか?」

 正樹は名前を聞いて、茂雄が頑なに隠していた理由が分かった。

 きっと春美の名前を出したら躊躇すると思ったのだろうし、来なかったかもしれないとは、自分でも思う。


「悪いな隠してて。まぁ、そういうことだ」

「いいよ、別に。お前がやりそうなことだ。でも春美先輩、何で入院しているんだ?」


 正樹が訊くと、茂雄は同窓会で先輩の矢部綾子から聞いたことを話した。

 同窓会の日に正樹が帰った後、茂雄は春美のことが気になって矢部に訊ねると、同窓会に来れなかった理由は入院しているからだと聞いた。

 高校を卒業してから一年半ほど、ボランティアを目的として海外を転々としていたこと。

 その後は日本に帰国して、復興支援を目的としたNPO団体に勤務しているが、被災地先での活動から戻った後、貧血を起こして倒れた時に頭部を強く打って入院することになったが、今は回復に向かっているので大丈夫らしいよと言っていた。


 話を聞くと、命に問題はなさそうなので正樹は胸を撫で下ろすが、春美とは約七年ぶりの再会になるので、緊張は高まるばかり。


 エレベーターに乗って三階で降りると、入り口の表札に春美の名前が書かれている、四人部屋の病室を見つけた。


 病室の扉を開けると、中年女性の中に一人だけ若い女性がいたので、暫く会っていない二人にも、それが春美だと直ぐに分かった。

 ボランティアの現場では邪魔なのか、中学生の頃は肩を隠していた長い髪が、ショートカットになっている。

 けれど顔立ちは面影のままで、入院生活だから化粧をしていないせいか、ベッドの上には、あの頃のままの春美が居た。


「先輩、久しぶりです。誰だかわかりますか?」

 春美は読書をしていたが、茂雄が声を掛けると本を閉じて目を合わせた。そして久しぶりの再会に戸惑うこともなく、温容に接する。


「シゲ君でしょ、覚えているわよ。久しぶりね」

 面識を確認した茂雄は、中学生に戻ったような口調で話し始めたが、正樹は緊張が解けずにいると、春美の方から声を掛けてきた。


「正樹君も久しぶりね、元気だった?」

「あ、はい……久しぶりです。先輩も元気でしたか?」


 正樹がもごもごとしながら話すと、茂雄が「おい、入院している人に『元気でしたか』って、そこは『大丈夫ですか?』だろ」と言って揶揄う。

 それを見ている春美が声を出して笑っているので、正樹は恥ずかしさもあったが、おかげで緊張は解けた。


「でも、本当に大丈夫なんですか?頭を打ったって聞きましたけど」

「全然大丈夫よ、貧血なんてよくあるの。ちょっと大袈裟なくらいよ」


 心配そうに訊ねる正樹とは裏腹に、春美は明るい口調で応えている。

 茂雄は持っていた紙袋から箱を取り出すと、蓋を開けてモンブランとチーズケーキが中に入っているのを見せた。


「先輩、これ好きでしたよね。コンクールの打ち上げの時に、差し入れで貰ったケーキを選ぶのに、どっちがいいかずっと悩んでましたもんね」

 春美は「そんなこと、よく覚えているね。なんか食い意地が張っているみたい」と言いながら、恥ずかしそうにしている。


「ごめんなさい、シゲが何処に行くのかも教えないで連れてくるから、何も持ってきてなくて……」

 手ぶらで御見舞いに来た正樹は、まるで罠に嵌められたように話して、言い訳をする。


「それよりも正樹は、言いたいことがあるんじゃないのか?」

 茂雄は、春美に謝罪するきっかけを与えるように話を振るが、正樹にもタイミングというものがある。ましてや人に言われると、懺悔を強要された気になってしまう。


「言いたいことって何?あ、また私の悪口?」

「違いますよ……あ、まだ楽器は続けているんですか?」

 正樹は話をはぐらかして、思いつきなことを訊ねた。


「個人的にだけどね、続けてるよ。ボランティアに行った先で演奏すると、とっても喜んでくれるから嬉しいの。正樹君は?」

「僕は、高校出てから吹いてないです……」


 春美は特に理由を問い詰めることもせず、「そうなんだ……」と、寂しげに言った。

 陽だまりのような笑顔を見せていた春美の顔が、曇った面持ちに変わると、茂雄は場の空気を変えようとして話題を転じた。


「そうだ先輩、『Messey』登録してないんですか?しているならID交換しましょうよ。退院したらジュンと陽子も誘って、食事でもしましょう」

 春美が頷いて枕元にあるスマートフォンを手に取ると、二人はIDを聞いて登録した。

 プロフィール画像がユーフォニアムの写真なのを見ると、それが春美らしく思えて、正樹には微笑ましかった。


「今、グループ作りましたから、ジュンと陽子も加えたら、ここで連絡取り合いましょう」


 茂雄の手際良さを見て、同窓会の幹事を任されるだけのことはあるなぁと、正樹は感心した。

 スマートフォンの時計が十九時半を表示しているのを見ると、あまり遅くまで長居しては悪いと思った二人は、春美に暇を告げて病室を出た。


 結局のところ、正樹は春美と再会しても、謝ることができなかった。

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