第3話 経過報告(3)

「でも、俺は正樹の気持ちが理解できなかったんじゃないぞ。ただ、どっちを優先するかの話だっただけだ」

「分かってるよ、ただ、誰かのせいだと思わないと、あの時は自分の心が潰されそうだったんだ……」


 裕介が学校へ来なくなると、正樹は毎朝家を訪れたが、マンションのインターホンを何度押しても家族すら出てこなかった。

 正樹には裕介が学校へ来ない理由は、自分がいなければ春美がメンバーに加わり、話が纏まることを考えているとしか思えなかった。


 しかし、当の本人である春美はメンバー入りを拒否しているし、仮に加わったとしても裕介を外すくらいなら六人で本大会へ出場すると伝えたいが、携帯電話に連絡しても通話されることもなく、メッセージを送っても既読されぬままの日々が続き、一週間が経った。


 春美がコンテストの出場を拒否した理由が、正樹の勝手な行動だと知った有村は、出場権を春美を加えた他のメンバーに変えると言い出した。

 裕介が来なくなってからは練習などしていなかったから当然の流れでもあり、今のチームワークで出場できるはずもなかったが、言葉にして告げられれば、四人とも悔しさが込み上げた。


「正樹が勝手なことばっかりするからだよ!全部、あんたのせいだから!」


「何でだよ!そもそも春美先輩が原因だろ!あの人がいなければ、こんな事にならなかったじゃないか!」


「よせよ!陽子も悪いけど、正樹も言い過ぎだぞ!春美先輩は関係ないだろ!」


「なんだよ!ジュンまで陽子の味方かよ!どいつもこいつも、春美先輩のことばっかり、煩いんだよ!」

「正樹!いい加減にしろ!」


 自分が悪者扱いにされた正樹は、翌日から部活動には出席せずにいると、陽子から話を聞いた春美は、昼休みの度に正樹の教室を訪れて部活に来るように説得していた。

 しかし、春美のことを嫌いはじめた正樹には、それが煩わしかった。

 それに毎日、毎日、女子の先輩が教室に来れば、他の生徒から冷やかされることから、春美への嫌悪感が余計に増した。


 そして、自らを律することさえままらなかった正樹は、裕介のことを気にすることなどできず、家を訪ねることも、電話やメッセージをを送ることもしなくなった九月の終り、裕介は自宅マンションの屋上から飛び降りて自殺した。


「裕介の葬式で分かったことが、全部真実だったんだ。だから、春美先輩は悪くない。むしろ俺たちは、あの人に助けられたのさ」

「分かってるよ……でも、俺は自分のことばっかりで、裕介を助けてやれなかった……だから春美先輩のせいだと思わなければ、自分のせいに思えて潰れそうだったんだ」


 裕介が学校へ来なくなった理由は、母親の再婚が原因だった。

 再婚相手の男が一緒に暮らすようになると、裕介は義父に馴染めていなかった。


 二間とキッチンだけの部屋で、夜になると隣の部屋で寝ている裕介にも聞こえるほど喜悦の声を漏らしながら、二人は毎晩のように性行為を行い、それを聞こえぬ振りをしながら裕介は暮らしていた。


 義父は何の仕事をしているのか分からないような人間で、夕方になって裕介が帰れば、家にいたり、居なかったりの生活。

 母親も義父と付き合うようになってから、化粧や格好が派手になると、裕介はそんな二人を軽蔑するようになった。


 だからと言って裕介は学校で不良と連んだり、悪堕ちする性格ではないが、家では義父に対してあからさまに嫌った態度を取ったり、母親の言うことも聞かなくなっていた。

 そんな態度の裕介に対して、荒れた性格の義父は暴力を振るうようになり、それに耐えきれなくなった裕介は親戚の家に逃げ込んだ。


 それから学校へ行かずに親戚の家で生活していたが、裕介は伯父、伯母にも本当の悩みを打ち明けることはできず、母親が迎えに来て家に帰った日の夜、マンションの屋上から飛び降りた。


「正樹も見たろ?葬式の日に『佐久間』だった苗字が『菊池』に変わっていたの、裕介はそう言うことも俺たちに話せず、一人で苦しんでいたんだよ」


 母親が再婚してから裕介が亡くなるまでの二ヶ月間、正樹たちは裕介の苗字が変わったことを知らなかった。

 本人は言えずにいたのだろうし、学校側も配慮して公にはしなかったのだろう。


 誰にも胸の内を話すことができなかった裕介だが、自分が苦しんでいることをノートに書き綴り、親戚の家に残していた。

 それを見つけた裕介の伯母が警察に告発したことにより、義父は傷害の疑いで逮捕されたが、その事実が公になったのは正樹たちが中学三年生になった頃だった。


 だから正樹はそれまで、裕介が自殺した原因はアンサンブルコンテストのメンバーで揉めたことだと思い込み、怒りの矛先として春美のことを恨んでいた。


「冷静に考えれば分かったことだ。自分がメンバーから外れるために命まで捨てるはずがないからな。だから、俺は葬式の日に変わっていた苗字を見て、そういうことかと直ぐに分かったぞ。たぶん、陽子やジュンだってそうだよ。だから春美先輩のことを受け入れたんだ」


 茂雄に言われなくても、正樹だって今となれば分かっていた。正しく言えば、当時も全ての原因を春美に向けていたわけではない。

 口に出してしまえば、それが真実になってしまいそうだから言えなかっただけで、一番憎んでいたのは、親友でありながら何もできなかった自分自身だ。

 あの時、自分だけが悲劇の男みたいに振る舞い、裕介のことを何も考えてあげられなかった。


 もしも、家を訪ねることをやめず、電話もメールも送り続けていたら、悩んでいた気持ちを話してくれたのではないかと思っていた。

 けれど、自分を咎めるだけでは気持の収拾がつかず、春美を恨むことで罪の責任から逃れようとしていた。


 あの時、春美をメンバーに入れることで揉めなければ、こんなことにならなかったと思うことで、罪悪感を薄れさせるしかなかった。

 それすらも本当は、五人で演奏する『戦いの組曲』にこだわった自分が原因であるのは分かっていた。


 春美が自らメンバーに加わりたいと言い出した訳ではないし、口では言えなかったが、そもそも恋心を抱いていた相手がとばっちりに苦しんでいる姿を見ると、哀れに思えた時もあった。


 それを分かっていたから、最終的には春美がアンサンブルのメンバーに加わることを認めた。

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