5.タピオカミルクティー
「うおっ、どうしたのさ?」
白いビニール袋を手に持った
「大丈夫かい? タピオカキャラメルミルクティーあるぞ、飲むかい?」
そして初めて会った時と同じように、
ミルクティーの、舌に絡みつく甘さ。鼻から抜ける花のような香り。あとタピオカの、丸くてつるんとして、噛むともちもちした無味の物体。
自分の現実世界には全く存在しないこの不思議な飲み物を飲むことで、あの世界から自分は逃げて、生き延びていることを実感できた。
「……
「なに? ほかにもなんかいるかい?」
「……ありがとう」
「お、おう」
「……でもこれ、キャラメルじゃない」
「あ、ほんとだ。それ俺のだったな。ごめん」
「ごめん……
「じゃあ俺、こっち飲むからいいよ」
「おい。椅子に座って飲めよ」
「はいよ、マスター」
「いえ。大丈夫です。あの、ぼくがそこのドアから出て元の世界に戻っている時。こっちの世界のぼくは、どうなっているんでしょうか」
「どうって。いないよ。消えた、急に。でもすぐ、尻もちして現れたな」
「へえ。じゃあ店の外に出るのは、まだ難しそうだなあ」
ズズッ……と底に溜まったタピオカを飲み干した
「な、なにか?」
「あのさ。タピオカミルクティーを売ってる店の人がな。毎日、うちのタピオカミルクティーを買って飲んでくれている人に会ってみたい、ってさ。肉も魚も全く食えねえで、ご飯もパンも野菜もちょびっとしか食べられんで、ほぼタピオカミルクティーだけで栄養を摂っている人間が、どんなだか気になるって言ってたわ」
「はあ……ははっ……」
苦笑いしか出ない。
「まあ。ゆっくりしてなって。うちはこの街でも超人気のハンバーグステーキ屋で、いつでも人手不足だから。なあ、マスター?」
「ああ、そうだな」
老眼鏡をかけて新聞を読んでいる
飲み終わったタピオカキャラメルミルクティーのカップをビニール袋に入れる
ふたりの日常の中に、突然入り込んできた自分。
この世界で、唯一の場所を与えてくれるレストランりんどう。
飲み込んだタピオカとミルクティーは甘く、そのせいで少しずつ、怖くて悲しくて悔しい気持ちが鎮められていく。
ここに塩が入ってしょっぱかったなら、そうはならなかったのかもしれない。
レストランりんどう 春木のん @Haruki_Non
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