2.準備中

「美味しかったわ、どうもありがとう」

「また来年も頼むわ、林堂りんどうさん」

「来年のご予約も、ありがとうございました。お気をつけて、またお待ちしております」


 結婚記念日のハンバーグセットを堪能した夫婦が見送った後。

 林堂りんどうさんはドアの外にかけてある小さな木の看板をひっくり返し、営業中から準備中に変えた。

 その時に、ポツリと呟いた。


「今日は良い天気だな」

「……外は、どんな様子ですか?」

「雲ひとつない青空だな。でも風が強いからか、カモメが煽られてる。海も荒れているんだろうな。波の音がうるさい」


 林堂りんどうさんは空を仰いで、それからドアの内側にいる自分を見た。


「まだに出られんのか?」

「おそらく……」


 ドアの外側にいる林堂りんどうさん。


 そこへ向かって一歩、踏み出す。


 レストランりんどうの、ドアの向こう側。


 目の前に広がるのは、林堂りんどうさんが教えてくれたような青空では無い。


 全く異なる、外側の世界。


 自分が立つそこは、ドアの無い崩壊寸前の空き家の入口だった。


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