レストランりんどう

春木のん

1.ハンバーグセット

 レストランりんどうのオススメは、ハンバーグセット。

 店主の林堂りんどうさんが朝早くから仕込んで冷蔵庫に寝かせたハンバーグのタネを、注文を受けてから鉄板で焼き始める。

 ジューッと肉が焼ける音がしてから、店内に油の匂いが充満していく。

 白い帽子とマスクと手袋をつけた自分は、冷蔵庫からサラダ用にカットされた野菜を取り出して小さなボウルに盛りつけた。

 林堂りんどうさんと同じコック帽を付けた息子の義雅ぎがくんは、スープ皿にコーンクリームスープを注ぐと真ん中にクルトンを数個おとした。


「お待たせいたしました。ハンバーグセットでございます」


 テーブルに向かい合って座る夫婦の前に、林堂りんどうさんと義雅ぎがくんが料理を運ぶ。

 ほわっと湯気立つハンバーグには熟成されたデミグラスソースがたっぷりかかっていて、その香りだけで夫婦はうっとり目を細めた。


「やっぱり結婚記念日は、りんどうさんのコレだな」

「ほんとね。いただきます」

「どうぞ、ごゆっくり」


 ランチとはいえ、ハンバーグセットは千五百円。周辺の飲食店のランチ価格は七百円前後らしいので、かなり高い方だろう。

 今日もランチに来たのは数人だけ。夜は一組の予約が入っていて、あと数人が飛び込みで来るかどうか。

 レストランりんどうは開業して約三十年だが、平日に忙しくなるのはまれだと林堂りんどうさんは言っていた。



 もうランチに来る客はいないと見通した義雅ぎがくんが、帽子とエプロンを外しハンガーにかけながら自分に話しかけてきた。


「ちょっと買いもの行ってくるけどさ、なんかいるかい?」

「タピオカキャラメルミルクティーを、お願いします」

「今日はキャラメルかい?」

「キャラメルを、お願いします」

「マスターは? なんかある?」

「ない」

「はいよ」


 くだけた話し方をするけど、レストランりんどうの店内で義雅ぎがくんは父である林堂りんどうさんのことをマスターと呼ぶ。

 レストランで仕事をするのは、いつも親子二人きり。義雅ぎがくんの母とは、まだ一度も会ったことが無い。ふたりの会話に出てくることも無いので、いるのかどうかもわからない。自分から深く聞こうとはしなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る