第37話 真相に興味なし?!

 数日後。配電盤とマグネシウムの入手ルート。この二つに絞って捜査が行われた結果、犯人はあっさりと逮捕された。被害者二人と同じ研究室に所属する、落合剛治なる人物だった。まったく関係のない事件なのでは。そう疑いたくなるほど、昴も翼も容疑者に関する情報を持たないまま、あのトリックだけを考えていた事実に気づく。

 トリックは至って単純だったのだ。まず、被害者にプレゼントだと偽り、マグネシウム入りの瓶を家に持ち帰らせる。後は電気の配電盤を操作し、漏電を起こさせて発火。普通の火災を起こさせる。ここで漏電を起こさせる部屋を被害者の自室にだけ絞るのが重要なのだ。それに関し、警察が調べたところ細工がしてあったことが解った。犯人は同僚であることを利用し、何度か被害者宅を訪れている。そしてその間にやったようだ。非常に計画されていて、そして時間をかけて行われた犯行だったのである。

 マグネシウムを家に持ち込ませ、消防の消火を妨害する。それによって完全に殺すことが目的だったという。床の一部が焼け残ったのは、マグネシウム入りの瓶があった場所だったということだ。

 理由はやはり論文に絡むもので、二人の被害者は犯人である落合と対立していたということだ。それもかなり徹底的に落合の理論を否定していたという。そこで恨みが募っての犯行、ということらしい。

「まあ、どうでもいいけどな」

 海外へ行くと決めた翼はその準備に忙しく、犯人が逮捕されても素っ気なかった。言った一言はそれだけ。もしかしたら慶太郎が裏で操っていたかもしれない。そんなことさえ忘れてしまったかのようだった。

「あれでいいのかな」

 当人同士は納得していても、周囲は納得していない結婚のような気持ち悪さと言うべきか。何だか腑に落ちない。しかしそれで駄目と言わるわけでもなく、またこちらも慶太郎がやったという証拠は何もないのだ。

「ううん」

 それよりも自分の進路を考えるべきなのか。しかしこの疑問を棚上げにしたまま次が考えられるほど、昴は器用ではない。では、どうすべきか。

「まずは、考えてみるしかない、よな」

 これまでの事件でも、考える以外のことは何一つしていないのだ。昴はパソコンを開くと、これまでにあったことを時系列にまとめ始めたのだった。






 これまでのことを、翼と慶太郎を中心に据えて考えてみる。この発想までは単純だったが、その先は難解以外の何物でもなかった。どれもこれも二人に関係しない事象の集まり。そこから相互関係を見出すなんて、はっきり言って無理だ。というか、関係がないから立証されないのだ。

「くそっ。しかし川島さんも兄貴も疑っているんだ。何かあるはずだ。けどなあ。どうして見つからないんだ。あの二人が意図して情報を隠すなんてないはずだし」

 考えること一週間。昴はギブアップ寸前だった。どこをどう考えなおそうが、二件目の事件以外に慶太郎の名前が挙がることはない。さらに言えば、どこにも事件を解いたという事実を除いて翼の名前が挙がることはない。まさに八方塞がりの状態だ。

 しかし状況は限りなく黒なのだ。それは前回、翼が指摘したとおりである。限られた範囲で、しかもバイアスのある事件。誰かが裏で操作しない限り、同時期に重なることはなかったはずだ。

「ううん」

「お、今日は小説ではないのか」

「うおっ」

 もはやこれはお決まりのパターンなのか。いつの間には部屋に侵入してきた翼が、またしても昴のノートパソコンを覗き込んでいた。そして飽きもせず驚いてしまう昴。

「あのさ、せめて声を掛ける前に肩を叩くとかしてくれないか」

 急に声がするから驚くのだと、昴はそう訴えてみた。しかし翼は、それはそれで驚くだろうと冷静だった。

「まあね」

「それより、終わったことを考えても仕方がない。これ以上の事件が起こることはまずないと考えて大丈夫だ。二宮も暇ではないし、そう都合のいい事件がこれ以上転がっているとも思えない。お前も進路について、真剣に考えろ」

 その翼の言葉で、やはり裏で慶太郎が動いていると確信しているのだと気づく。昴はどうして割り切れるのか、それが不思議だった。

「あのさ。どうして二宮先生に何も言わないんだ?」

「無駄だからだ。奴が認めるはずがない。それに、事件を起こした連中は自主的に行っている。奴がしたことがあるとすれば、それはタイミングをずらすことだったはずだ。この大学でやっていくのは、そのうち難しくなる。それを示すためだったんだよ。そして自らもこの場を去るために、自分の研究室の問題を利用した。それだけだ」

 それだけで済む問題ではないだろと、昴は怒鳴りたかった。しかし、犯行はいずれ行われたのだとすると、慶太郎にはますます何の罪もない。犯罪が起こることを予め知っていたからといって、それを止めなかったことが罪になるだろうか。冗談だと思っていた。そう言い逃れも出来てしまう。

「予め事件を知る、か」

 それをどうやったか。証明できれば慶太郎を問い質すことが出来るだろう。そう都合よく事件の予兆を知るなんてことは出来ないはずだ。どこかで、何かがあったはずなのだ。それなのに、どうして誰もその点を探ろうとしないのだろう。

「解ったら、さっさと大学に行く用意をしろ。考えるべきことは他にある」

 翼は注意だけしてさっさと出て行ってしまった。何か用事があったのではないのか。ひょっとして、あの事件について蟠りを持っているのを知っていて、探りに来ただけか。あの事件以来、翼の態度も何かおかしかった。何だかよりさばさばした感じがする。

「まあ、変化がない方が怖いか」

 当然ではあるのだ。ひょっとしたら親友が自分を嵌めるためだけに、殺人を教唆したかもしれないのだ。いくら不確定な要素を多分に含むとはいえ、ほぼ確定的であることは否定できない状況だ。翼が感情をより押し殺しても仕方ない。

 都合よく事件が翼の周りで同時期に起こるはずはない。それは翼自身が指摘していたことだ。しかもどれも研究に絡んだ何らかの問題を抱えている。余計に何もないと考えられない状況だ。

「ううん。だったら尚更、真相を明らかにしたいと思わないのかな」

 パソコンをシャットダウンしつつ、翼の心理はやっぱりすっきりしないよなと思ってしまう。そのまま慶太郎の忠告を受け入れ、海外に出る決断をするというのも変な話だ。

「とはいえ、あの兄貴が自分の過去を語るとも思えないし」

 圧倒的に情報が足りないのだ。とはいえ、大学院時代を知る知り合いはいない。理志は何か知っているかもしれないが、当時はアメリカだ。あの翼が相談するとは思えない。

「まあ、自分の気持ちをすっきりさせるためにやってみるか」

 あまり乗り気はしないが、麻央に連絡を取ることにした。事件について本当にあれで終わりなのか。それを確かめたいとメールする。麻央ならば何か探っているのではないか。そんな期待があった。

「おっ」

 するとすぐに返信があった。どうやらあちらも決着が着いていない気分であったらしい。

「今日の午後は、大丈夫っと」

 予定を確認し、午後の授業はない日であることにほっとした。このもやもやは早めに解消したい。

「でも」

 真相を総て知るには慶太郎に確認するしかない。しかし、それはどうあっても出来ないだろう。そもそも本人が認めるはずがないのだ。

「そう言えば」

 あの事件の時の顔。そして真っ直ぐに慶太郎だけを見ていた翼。その状況からしても、二人にはあの時点で解っていたはずだ。つまりあそこで総ては完結するはずだったのではないか。

「ということは、三件目の放火殺人は無関係なのか。ううん、妙な要素が増えてしまったな」

 考えれば考えるほど答えから遠ざかっていく気がする。これはさっさと麻央に確認してしまった方がよさそうだ。昴は気持ちを切り替えると、ノートパソコンを持って大学に向かったのだった。

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