第36話 感情の乾燥した奴
一人でもやもやしていても解決しない。そこで昴は麻央に相談することにした。せっかく契機となった論文まで見つけたというのに、解決しないですよと進言するしかないとは情けないところだが。
「なるほどな。相変わらず感情の乾燥した奴だ」
「乾燥」
この人も何か感覚が違うんだよなと、昴は待ち合わせ場所の居酒屋で脱力することになる。
「まあ、それは人それぞれだ。相手も復讐したいとか嫉妬しているという感情に依拠していないのならば、月岡が何もしないという選択をすることも解ってやっているはずだ。しかし、警察としてはどうにかしたい問題だ」
ぐびぐびとビールを流し込みながら、麻央はどうにかならないかと悩む。が、翼の指摘するとおり、今のところ証拠は皆無だ。周辺情報とこいつしかいないだろうという推測の上に、慶太郎の名前が挙がっているに過ぎない。
「二宮先生はどうして、そんな回りくどい方法を取ったんだと思いますか?」
諦めるしかないんだろうなと解っていても、昴も何か納得できる理由が欲しかった。枝豆を摘まみながら、事件の背後をどうにか掴めないかと考えてしまう。
「大学に丁度良く不正があったから。そんくらいだろう。あの男を説得して何かさせるのは疲れるからな。こっちの方が簡単だったってところじゃないか」
「――何も進まないです」
麻央まで諦めモードなのか、そんなことを言ってくる。理由のない犯罪。これほど気持ち悪いことはないというのにだ。
「いや。世の中の犯罪なんてそんなものだ。気づいたら殺していたなんて理由は、思いの他多いんだよ。人の感情なんて、それこそ数式のようにきっちり当てはめられるものではない。お前の兄貴の感情だって、一般のものとは定義が違うようだしな」
「ま、まあ、そうですけど」
割り切れないものばかり。それはそうだが、慶太郎のやっていることは何かがおかしい。その感情はおかしくないはずだ。
「そう。本来ならば殺人教唆となるはずだ。ところが、犯人のどちらとも誰かに唆されたとは証言しないんだ。だから共通する論文の改ざんというところから攻めていたんだが、こちらも外れ。改ざんに関して認めても、そこから二宮の名前が出ることはない。何か巧い手があるんだろうな。犯罪に使ったものを購入したのも本人たちだと確認が取れてしまった」
それこそトリックだよと、麻央は通り掛かった店員にビールを追加注文する。なるほど、トリックかと思うも、それこそ証明できないことだ。
「それより、火事の方は何か解ったか?」
「いえ、色々と方法は考えていますけど」
そう言えば昨日、仕掛けが二段階なのではないかというところで話が途切れたのだ。朝から変な展開が続いたせいで忘れていた。
「二段階。なるほど。それならば、妙に電気系統が焼け焦げていた理由が解るかもしれないな。言っただろ、漏電を疑うしかないと」
「えっ?」
電気系統。それは考えていなかった。そしてそれならば時限装置も説明できるのではないか。消防もあの後、電気しかないという結論で、それを調べているのだという。しかし決定的な方法は見つからないままだった。
「ちょっと帰ります」
「おう。ここは奢りだ」
相変わらず男っぷりのいい麻央のおかげで、居酒屋の払いは無しとなった。小遣いが少ないからありがたい。そして昴はそのまま急いで家に戻る。
「あ」
丁度よく、家に戻ると翼が晩御飯を食べているところだった。そこですぐに麻央から聞き出した情報を述べる。
「なるほど、電気ね」
それは考えていなかったなと、翼はエビフライを齧りながら頷く。そしてそれならば被害者に気づかれずに火災を起こせると断言した。
「となると、やはりスイッチに」
「いや。細かな仕掛けは部屋の中に必要だが、大元はそこではない。配電盤に仕掛けを施したと考えるのが妥当だろう。一定の電力が掛かると仕掛けが動くようにする。何らかの仕掛けを部屋に持ち込めれば、後は簡単だ」
麻央から渡された捜査資料によると、被害者宅は一軒家だった。となると、配電盤は外から操作できるはずだ。これが翼の論拠だった。
「そうか。家族のいない時間を狙って犯行が行われた。ん、でもそうなると、検出されたマグネシウムはどこに。これって部屋の中にないと二段階の意味がないよな。その発火スイッチを作った時か」
そう昴が指摘すると、それこそ瓶にでも入れて被害者に渡したのだろうと素っ気ない。情報が足りないからそれ以上は解らないと、簡単に割り切れるのもまた翼の特徴だ。この先は不確かになるから言いたくないということである。
「――後は川島さんに確認してもらうよ」
「そうだな。これで、もう何も起こらないだろうし」
急いで海外へ行くことを決めた理由は、もうすぐ解が得られるはずだという確信があったからか。相変わらずの頭脳だなと昴は感心する。
「何だよ」
そんな昴を、翼がじっと見ているのに気づき、気持ち悪いなと不機嫌に訊く。すると、やはりお前も海外に行くべきだよと言われた。話が繋がっていない。
「あのさ」
「違う視点を持つことが重要だ。俺なんて、敵にもならないことが解るさ」
その言葉は、今までのどんなものよりも心に刺さっていた。そしてそれが、昴の進路を決定づけるものとなる。
「もう、寝る」
その日はそこで何かを言うことはなく、昴はそそくさと部屋に戻って寝てしまったのだった。
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