第35話 兄貴の思考は理解できない

 さて、進路に悩むよりもやることがある。先ほど、慶太郎との出会いが大学院だったと知ったところだ。ここを詳しく聞き出したい。そう言うと、よほど研究室で無駄話をするのが嫌なのか、学生食堂に移動となった。

「でさ。過去に何かあったのか?」

 単刀直入に訊くと、それが解れば苦労しないと、これまたきっぱりと返って来る。慶太郎と揉めたことはなく、今も関係は良好だということだ。向こうがどう思っているかは別として、翼が慶太郎をムカつくと思ったことはないという。

「だよな」

「そうだ。もし一連の事件を奴が裏で操っているとして、それがどうして俺に絡んでくるのか。一切が不明なんだよ。ただ、奴は俺がこの場に残るのが嫌なのではないか。何かが気に食わないのだろうというのは推測できる。そこで」

「海外に行くってか。また発想がぶっ飛んでるよな」

 それはそれでどうなんだと、昴はアイスコーヒーを飲みながら思う。それにしても、ここ最近はよく翼と話し合うものだ。こんなこと、つい最近までなかっただけに変な気分になる。これは本日二度目だ。

「いや、あいつがもし自分の研究室で事件を起こすことにより、海外に行く口実を手に入れたとするならば、その発想は正だ。というより、他の選択肢は用意されていない」

「な、なるほど」

 多大なリスクを背負ったのは何故か。そこから逆算して得られた解。つまりこの大学に残る理由を消したということなのだ。そして、今度はそれを翼にやろうとしているのではないか。

「ううん。難しい話になってくるな。これが恨んでいるとか、嫉妬しているって方が解りやすいんだけど」

 そう言えば麻央が、翼には嫉妬なんて無縁だと言っていたか。つまり、それを理由に仕掛けても気づかないことを慶太郎も知っている。そして慶太郎は、何かの意図をもって、翼にこの大学にいてほしくないのだ。

「頭がいいって、凄く面倒臭いな」

「何故だ?」

 解りやすい感情ではなく、なんと表現すればいいのか。ライバル心や向上心を煽る。それだけの理由で殺人に手を貸す。しかも、大学の欠点が目立つようにする案件を選ぶ。どう考えても回りくどい。しかし、この瞬間に総てが繋がったのも確かだ。正しい解として、目の前に提示されている。

「で、どうするんだよ。二宮先生は」

「どうするか、か。今のところ奴の関与を疑わせるものは何もない。何となくそうだろうでは、司法の判断は仰げないからな。こちらが指摘したところで、開き直るか認めないか。そのどちらかだろう」

 真っ当な意見に、翼はこの事件に関して何も思わないのだろうかと不思議になってしまう。普段の天然ボケとは違う、異質な感情としか思えなかった。

「じゃあ、今回の事件もトリックを解いて終わりにするってことか」

「そうだ」

 こうもあっさりと頷かれると、説得する取っ掛かりすらない。あえて放置することで慶太郎から何か言ってくるように仕向けようという魂胆だろうか。いや、その可能性すらなさそうだ。完全になかったこと、いや、解を見せるだけで終わるつもりだ。それで相手も満足すると解っていての行動である。

「難しいな」

 それってより事態を複雑にしないのだろうか。昴はそう思うのだが、二人の間ではそれで解決してしまうのか。真相に近づいたというのに、何だかよりもやもやとした気持ちを抱えることになってしまったのだった。

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