第33話 二段階なのでは?

「だから偏執的だと言っているんだ。咄嗟に解かれないために弱点を利用している。そう考えてしまうというだけだよ。しかし、実際には化学の王道から外れないものばかりを利用している。そこに専門的な知識はないのだろうと思うわけだ。前々回の事件にしても今回の事件にしても、義務教育の課程で習うことの応用だからな」

「ああ。そう言えば」

 スマホで調べた時に昴も気づいた。塩酸にしてもマグネシウムにしても、検索すると小中学生の質問が出て来るのだ。つまり犯人は化学がそれほど得意ではなく、過去に習った内容を利用している可能性がある。

「というわけで、犯人が化学者である可能性は消える。もし化学が得意な奴だったら、もっと手の込んだ物質を使っていることだろう。もしくはスプリング8並みの性能がある機械でしか検出できないようにしてあるとかな」

 いや、大型加速器のスプリング8を持ち出すのはどうだろうとは思うが、しかし身近な解りやすい物質を使わないというのは納得できる。どちらもあまりに有名で、実験としても簡単なものだ。失敗のリスクを少なくするためだろう。

「ということは、動機が解らないだけってことか?」

「認めたくはないが、二宮だとすればそうなる」

 他に犯人候補はなく、しかし友達である慶太郎を疑いたくはない。そういう微妙な心理状態なのだ。

「まあ、そうか」

 自分に置き換えた場合、ここは勝手に由基が犯人だとして、いい気分なわけがない。しかも自分が犯人だと指摘しなければならないとなれば、避けたいと思って当然だった。

「――この問題は一先ず置いておこう。現在起こっている連続放火殺人において、犯人は別にいるはずだからな」

「そ、そうだよな。マグネシウムが燃焼しやすいのは解るけど、犯人がその場にいたら自分も火災に巻き込まれるよな。そこからしても、時限装置が必要だ」

 昴もこれ以上の追及は悪いと、考えを放火殺人へと戻した。単純にマグネシウムの粉末を燃やしたのでは、今回の事件は成り立たない。それをどう考えるかだ。事件が起こった家はどちらも一軒家。そして被害者はどちらも二階で寝起きしていた。そこを狙って起こすとなると、大掛かりな仕掛けが必要そうだ。

「そうだ。しかも燃焼時間にある程度の継続性が必要だ。一瞬の発火ではないところにもポイントがある」

 消防が来た段階で、火の手はかなりの勢いがあった。それは燃焼がすぐに終わらなかった証拠でもある。しかも被害者に気づかれないように仕掛けられないと駄目なのだ。意外と条件が多い。しかし燃え残ったカーペットの状態からしても、仕掛けは家の中にあったはずだ。黒焦げになったのは、明らかにマグネシウムが激しく燃えたことによる影響のはずだ。

「ということは、燃え残ったもので家にあっても不自然ではないものってことか」

「その可能性は排除できないな。全焼しないかもしれない。これは想定しているはずだ。現に現場からマグネシウムの燃え残りが出ている。ということは、燃え方が弱かったということになるな」

 これはどうしてだろうか。マグネシウムの燃焼の激しさから考えて、検出される可能性は少ないはずだ。それも消防が、マグネシウムが原因と気づかずに掛けた水により、より炎の勢いは増していたというのにである。

「妙だな」

 このトリック、大部分にマグネシウムが絡んでいないのではないか。これが検出されたことにより、マグネシウムを中心に考えてしまう。それが狙いなのではないか。

「時限装置といい、そこにマグネシウムが燃え残っていることといい、大半の部分は燃えてしまっているわけか」

「そうだな。しかし」

 実際に火災を大きくした原因がマグネシウムだと消防、これはすでに断定されているのだ。まったく関与していないことはない。

「つまり二段階に考えればいいんじゃないか。最初の時限装置としての役割部分、そしてマグネシウムによる燃焼。そうすれば燃え残りも説明できるし、何よりマグネシウムだけで考えると足りない燃焼時間も稼げるぞ」

 そう昴が指摘すると、なぜか翼がぽかんとした顔をしていた。あれ、今変なことを言っただろうか。不安になる。すると次の瞬間、翼が勢いよく立ち上がった。

「あ、兄貴」

「お前、やっぱりすごいな」

「は?」

 呆気に取られる昴を残し、翼は何故か部屋に戻って行ってしまった。麻央の連絡があるかもしれないから一階で待つのではなかったのか。しかも何を慌てているのだろう。

「相変わらず、意味不明だよな」

 翼の行動が一向に理解できない。そう首を捻った翌日、昴は更なる理解できない行動に巻き込まれることになるとは、この時に予測することなど出来るはずもなかった。

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