第31話 解を求める
一体何がどうなっているのだろう。そう悩む昴は、事件を振り返ってみることにした。そこで昼休み、一人で事件のあった部室へと向かう。あのプレハブ小屋へと赴くのは二か月ぶりだ。季節はさらに進み、気の早い蝉が一匹、声高らかに鳴いていた。気温もぐんぐんと上昇し、蒸し暑さを感じる。
「あれが起こるまでは、毎日ここに来ていたのにな」
久々に訪れた部室のあった辺りは、以前にも増して閑散としていた。ただでさえ文化部ばかりがあったのだが、その文化部も引越しを済ませ、この辺りは誰も使わない物置きとなっていた。事件があったプレハブ小屋はすでになく、撤去されてしまっている。
「まあ、そうだよな」
人一人が死んだ場所を、そのまま使う気になる奴はそうそういない。大学としても早く片付けて忘れたかったことだろう。しかし、次の事件が起こってしまった。
「にしても」
人のいない場所という利点を生かし、近くにあるベンチで昼寝をする強者がいた。しかし他に人の姿はなく、ここが大学の敷地内だと信じられないくらいに静かだ。
せめて手を合わせて帰るか。それほど知り合いでなかったし、しかも高利貸しなんてしていた奴に供養の気持ちなんて存在しないが、ここまで来て何もしないというのも座りが悪い。
「あ、月岡君。何してんの?」
「ん?」
急に後ろから声を掛けられてドキッとしたが、そこにいたのはあの片想い中の瀬田悠花だった。しかし声を掛けてくれたのは悠花ではなく、その横にいた悠花の友人の千葉小百合だ。
「別に。この辺りって今はどうなったのかなって、気になってさ」
事件のことを探っているというと、説明しなくてはならないことが多すぎる。それに面倒な要素を沢山含む話だ。ここは誤魔化しておくに限った。
「へえ。じゃあ、悠花と同じね。部活もなくなっちゃったから、寂しくなったって言ってたのよ。で、暇なら行ってみようって」
「ふ、ふうん」
どうしてそれをお前がずっと説明するんだ。昴はせっかく悠花と話せるチャンスをと腹が立ってくる。そう、悠花に告白できない最大の原因はこの小百合にあった。名前と違って非常に煩い。しかもお節介焼きなのだ。
部のメンバーが減少して女子が悠花一人になると、小百合はよく顔を出していた。さすがに事件に関係ないからと名前が挙がらなかっただけで、実質は部活のメンバーのようにあそこに入り浸っていた。
「奈良先輩とは喋ったことはなかったけど、あんなことになって、何だか気持ちの整理をつけたくて」
ようやく発した悠花の言葉はそれで、手には一輪の菊があった。ううん、昴としては非常に複雑な気持ちになる。今、悠花の頭の中にあるのは死んだ奈良圭介のことだけ。自分が割って入るにはどうするべきか。
とはいえ、昴の頭の中も事件の背後にあることは何かで一杯だった。ここは会ったことだけを幸運と思う以外に何もなしだった。
三人で揃ってプレハブ小屋のあった場所に行くと、そこに悠花が持参した花を手向けた。以前にあったということを示すものは何もなく、プレハブが並ぶ通りにぽっかりと空く空間だけが、そこにあったことを示していた。
「ずっとあるって思ってたものが一瞬で無くなるのって、何だか不思議な気分ですね。諸行無常と言えばそこまでですけど」
全員で手を合わせて立ち上がった時、ふと悠花が呟いた。諸行無常ってこういう時に使うのかと、昴は妙に感心してしまう。それと同時に、ずっとあると思っていたものが無くなるという言葉が心に残った。
「無くなる、か」
しかし何が引っ掛かるのか。昴には謎の感覚だった。しかしもやもやするのは、一連の事件の裏に何かがあるのではと知らされた時と同じだ。何かを無くすことが重要なのか。何かを消すのは、事件が起こって色々と明るみに出ているのだから逆だ。
「ううん」
「どうしたの?」
真剣に考えていたら、小百合が顔を覗き込んでいた。下から見上げるその女子らしい仕草に、一瞬どきっとした自分が嫌になる。
「い、いや。俺、用事を思い出したから」
じゃあ、と昴はそそくさとその場を後にした。危ない危ない。間違っても小百合に惚れるなんてあって堪るか。そう自分に言い聞かせながら移動する。
「無くなる、か」
しかし昴の頭の中にはあのフレーズが残る。自分は今、憩いの場所であった部室を無くしている。それがいずれ、翼に起こるとでもいうのだろうか。
「ううん。しかしその場合、犯人と仮定される二宮先生はどうなるんだ。自分の方が先に研究する場所を無くしたことにならないのか」
上手く当てはまらないのは、仮定が間違っているからなのか。それともまだ条件が揃っていないからなのか。
「解を求める、か」
翼の言った意味がよく解る。たしかにこれは数式のように正しく要素を入力しなければ解けないらしい。
「難しいな」
そう悩んでいる間に昼休みが終わってしまった。慶太郎の研究室に行くのはどうにも気が引けることだし、昴の再調査はここで打ち切りとなってしまった。
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