第30話 謎のマグネシウム

「これは」

「その足りない要素かもしれないぞ。可能性に関してはこの弟君に言っていたんだがな。ようやく問題の論文を見つけたんだ」

 そう言って黙ってて悪かったなと麻央は昴を見た。なるほど、それまでは航平の供述だけだった。それではどうも説得力がないと、麻央は論文を探していたのだ。それで詳しい話をしなくなったのかと、昴は納得しつつも言ってくれよと不満だ。

「これは加害者の二人が書いた論文だな。なるほど、論文の改ざんか。これもまた、大学にとって不名誉であり、ここ最近は神経を使う問題だ」

 論文の名前を見ただけで、翼は中身を確認しなかった。どこに不正があるかは、専門家ではないから指摘できないということだ。たしかに不正と聞いただけでは何も解らないものだ。それは昴がすでに経験している。

「そう。初めは数値がどうとか実験がどうとかはっきりしない言葉だったけどな。どうやらどちらの論文も実験データなんかを改ざんしたもののようだ。すでに山田の方は別の研究者はミスを指摘していると言っていた。そのミスを指摘した一人が」

「二宮、か」

 この間から不自然に慶太郎の名前が会話に上っていたのだ。すぐに気づく。麻央はそうだと頷いた。

「この山田の論文の不正を指摘したもう一人が、なんと例の殺された彼女だった。事件の中心をこれと考え、手前の事件はその布石だったとするとどうだ?」

 麻央はそう言って自分の考えに対してどう思うかと問うた。その目は真剣で、昴に仮説の段階で語った覚悟とは異なるように見えた。

 それに、昴は唾を飲み込んで翼の意見を待つ。しかし翼は断定できないなと述べるに留めた。しかしその事件だけを別だと言えないということは、先に翼が指摘したことだ。これは麻央の作戦勝ちというところだろう。

「まあ、陰謀説に関しては後でいい。今は現在進行形で起こっている事件についてだ。こちらに関して意見を聞きたい」

 麻央はあっさりと引くと、今度はこっちだと資料を広げ始めた。本当にちゃっかりしている。しかしこれでいいのかと悩むところではあった。

「捜査資料を簡単に民間人に見せていいのか」

 それは翼も同じようで、眉を顰めて指摘した。するとどうせ誰も気づいていないから大丈夫だと怖いことを言う。よりこの地域の警察への不安が増した。

「問題はまだ燃焼過程が解らないということだ。どちらの焼け跡からも、化学物質であるマグネシウムが見つかっている。これが着火したことによる火災であることは間違いないんだ」

 しかし、どうやったかが解らない。燃焼過程が解らないとはそういうことなのだ。麻央の言葉に、翼はふうむと顎を摩った。そして苦言を呈した割には、ちゃっかり捜査資料へと目を向けていた。

「マグネシウムか。つまり粉末状だったわけだな」

「そうだな。激しい燃焼が起こっているのだから」

 消防から聞いた話をまとめると他に考えられないと、麻央は頷いた。粉末でなければ激しく燃焼しないのは、マグネシウムの特性である。

 そんな二人の会話に、何だか信頼の差を感じてしまい、昴は久々に劣等感を覚える。出来る奴が横にいるっていうのは、本当に辛いものだ。すぐに話題をかっさらわれるし、置いて行かれてしまう。

 そこでふと、慶太郎も同じ思いなのではないかと想像してみた。しかし二人の研究分野は僅かに被るとはいえ別。それに立場はどちらも准教授だ。こういう嫉妬を覚えるのならば、理志でなければおかしいような気もする。ううん、答えがすぐそこにあるのに見えない感じだ。非常にもやもやする。

「そうだな。粉末を燃やし、そして継続させる。しかも被害者に気づかれないようにとなると、何らかの装置が必要だな」

 その間に、翼は捜査資料を粗方読み終え、そう言うしかない状況だと認めた。いくらマグネシウムの燃焼が激しいとはいえ、消防が通報を受けてやって来るまでの時間は十分以上ある。その間、燃焼を継続させるのは意外と難しいものだ。

「犯行が夜間であることから、何かを仕掛けさえすればいいっていう状況ではある。問題は、何を仕掛けたか。出火した部屋に火器類はなく、漏電を考慮すれば何とかなるものの、怪しい点はない。今のところそうなっている」

 悩む翼の頭の中には、すでに素案があるかのようだ。しかし今は口にするつもりはないらしく、黙り込んでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る