第42話 握手でコウノトリが飛来する

 新キャラの後藤 汐里しおりが手芸部に加入して、1週間が経った。世の中はゴールデンウィークに向かっていく4月の月末の事だった。僕と後藤さんは、部活という名目で被服室に来ていた。


 「今日も女子を視姦して、妊娠させるつもりですね。この鬼畜は。」

相変わらずこの調子の後藤さん。どこにいても僕を見つける度にこの物言いだ。校内でも、もともと変態扱いを過去の行動から受けることも多かったが、ここ最近は特に酷くなっていく一方だ。既に対女子の株価はストップ安となっている。


「あのさ、そう言っていて楽しいの?」

「こっちを見ないでください。まだ子供は必要ありません。」

「人を少子化の秘密兵器みたいに言わないでくれ。」

今週に入ってからはいよいよ目を合わせることも無くなってきた。この子のここにいる意図が分からない。今日もお互いにそっぽを向いて会話をしている。この光景の状況を僕は上手く説明できない。とは言え、このままでいいとも思えない。主に僕の風評被害を軽減するために。


「この角度なら見えそうだな。」

僕も後藤さんの事を観察してみることにした。敵を知らずして、妙案は浮かばないと考えたのである。僕はペンケースにスマホを立てかけ、画面に映った後藤さんを寝たふりをしながら見た。薄目を開けて彼女の様子を窺うと、しきりにこちらの事をチラチラと見ては、手元のノートに何か書き込んでいる。本当に観察されてる。小学生の自由課題みたいだ。


「…。寝たんですか?よくこの状況で寝れるんです。やはり異常者なのです。」

しばらくして、後藤さんは僕の方に向かって少しずつ移動してきた。一つ、二つと席を移動してくる。まるで初めての場所に来た猫みたいだ。始めは隠れて出てこなくて、見つけたもの全部にシャーシャー言って怒ってくる感じ。僕はこのまま狸寝入りを決め込んだ。


「本当に寝ているんですか?起きてませんか?私が近づくのを待って、妊娠させる気ではないのですか?」

彼女はそう言いつつも、警戒をしたまま興味に負けて僕に近づいてきた。もう背中越しに気配を感じることができる距離まで来ている。後藤さんとの距離がここまで迫ったのは初めての事だと思う。よし、思い切り驚かせてやろう。その為には完全に寝ていると思ってもらわないといけない。僕は本格的に目を閉じた。


「本当に寝てます。これが男性、ですか。」

ん?男がめずらしいのか?まぁいいや。イタズラ猫が僕の横までやってきたので、これまでのささやかな仕返しを敢行しようと思う。僕はガバっと起きると、彼女の腕を勢いよく掴んだ。突然の事に、後藤さんは固まっていた。


「ぴ…。」

「ぴ?」

「ぴゃぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああぁ!」


五線譜から飛び出した高音の悲鳴を上げると同時に、漫画でも見ることのできない跳躍をして、後藤さんは被服室の端まで残像を残して駆け出した。この間、体感で1秒ないぐらいじゃないかな。今はカーテンに隠れるようにして、こちらを呻きながら睨んでいる。


「あー、ごめん。やりすぎた?」

とりあえず、謝ってみた。本当は笑いそうになっていたのだけど。


「鬼畜です!外道です!畜生です!これで妊娠したらどう責任取るんですか!」

「はい?」

烈火のごとく怒り狂う後藤嬢。ただ、怒りのポイントがズレているような。設定じゃなかったの?妊娠ネタは。


「いやいや、手を握っただけで子供出来ていたら、少子化しないよ。」

「そんなことはないです!小さい頃に母様がそう言っていました!」

そりゃ、小学生になる前ぐらいにはそう言うでしょうけど。普通に授業で習うでしょ。二次性徴の前に。この間言っていた物騒な事はなんだったの?


「母様は嘘なんて言いません!」

そう言って、彼女は机に置いていたカバンを手に取った。ガサゴソとカバンを漁って、白い紙袋を取り出した。


「最悪です。最低です。今から検査してきます。」

そう言って、後藤さんはその紙袋を持って、被服室を飛び出した。え?検査って、まさか?高校1年の女の子がそんなキットを持ち歩くものなの?それが普通なの?さすがにこの展開は予測できなくて、僕も動揺していた。でも、どれだけ検査しても絶対陰性だろうけど。


それからしばらくして、この世の終わりという顔をして後藤さんは帰ってきた。この状況だけ見ると、もしかしたのかと僕まで不安になってしまう。


「陰性でした…。」

「そりゃそうだろ。」

死にそうな顔で言われると、なんだか重いな。さて、とりあえずこの世間知らずをどうやって納得させようか。今までどうやって過ごしていたんだろう。


「高校まで、学校ってどうしてたの?」

僕は被服室の大きな机を挟んで話しかけた。多分だけど、物理的な距離が開いていたらある程度は大丈夫なのだと思う。彼女基準なら、手が触れる距離=レイプされる距離なのだろうから。そう脳内変換したら、確かに恐怖だと思う。


「中学までは、私立の女子校にいました。」

「ふーん。なんで高校から急に共学に?」

「母様に『このままじゃダメ』って言われて。」

なるほど。母様もマズいと気付いたのか。でも、自分の所でリハビリさせずにいきなり共学に放り込んだらダメだろう。極端に免疫がないだけなのか。


「まぁ、とりあえずこれで男女で手を繋いだら、それだけで子供はできない事は証明できたという事でいいよな?」

まぁ、すごく遠回しには手を繋ぐことも必要だと思うけど。直接的にはそれは関係ないしな。僕もまぁ、そういうところはまだ素人だから。


こくん。と頷く姿を見て、とりあえず一安心。これで問題が解決すればいいんだけど、まだまだ普通の女の子への道は険しそうだ。意外と可愛らしい面も見せてくれた後輩に、お詫びにジュースを買ってあげて、今日の所は帰ることにした。今後、暇を見てリハビリしないとなぁ。

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