第41話 リケジョな新入部員

 2度目の乗馬デートの後はあっという間に4月になった。僕は3年生、沙夜は聖翔女子大へと入学をした。それぞれが違う立場での生活がスタートした。僕は手芸部の部長となり、4月の新入生に向けた部員獲得に向けた活動をしていた。


 とはいえ、スキルが全くない人が部長なのだ。人が集まるとは到底思えない。このまま廃部コースにするのもアリだと思っていたのだが、そうは問屋が卸さない。廃部にしてしまうと去年の話はなしにすると釘を刺されてしまったのだ。それは困るという事で、今はその対策に頭を悩ませている。

 何が厳しいかというと、全体の目標も何も設定できないということ。基本的にどんな部活動も全員が共有する目的や目標がある。運動部が一番分かりやすいが、文化部も展示や演奏会、資格や検定の受験などの目標があることが多い。それが我が手芸部には全くないのだ。残念なことに。

 そうして悩んでいるうちに、体験入部の一週間はあっという間に過ぎて行ってしまった。部活動一覧に、小さく載っている手芸部は『作りたいものを作る部』と全くセンスを感じない紹介文となっていたこの部に、誰も体験入部をしたいと思わなかったのは当然のことかもしれない。


 4月も中旬になり、新入生の部活に入る人たちはほとんど入部を済ませていた。僕は内申点は諦めて、適当に過ごすことを決めつつ、週末には沙夜と会う日常を送っていくつもりだった。

 しかし、そんなタイミングのズレた頃に、一人の来訪者がやってきた。その時、僕は沙夜のドレスを風に当てていた。置き場所に困るから、被服準備室に普段はしまっていたものを外に出していたのだ。

 「これがお姉ちゃんが作ってたドレスですか。」

全く気配を感じさせずに、僕の背後から女の子の声がした。僕が、その声に驚きながら振り返ると、そこにはぱっつん前髪のミドルヘアの女の子がいた。このぱっつん具合、どこかで見た気がするな。

「どうしたの?手芸部に用かな?」

「近寄らないで下さい。妊娠します。」

ぱっつんちゃんは、部には興味がないようだった。近寄っただけで妊娠させてしまうなんて、どうやったらできるんだ。僕は花粉か?

「お姉ちゃん?君の名前は?」

「普通は自分が先に名乗るんだと思いますけど。まぁ、いいです。私、後藤です。超無口でコミュ障の残念姉を持つ妹です。」

怒りたい気持ちを抑え込み、僕は女の子に尋ねた。前髪の感じからそんな気がしていたが、やっぱり後藤さんの妹さんだったか。だけど、この姉妹は極端な性格だな。姉は無口、妹は随分喋るなぁ。

「あぁ、そうだったんだ。僕は—。」

「手芸部部長、志賀浩介。全校生徒の前で全校放送を使い告白をし、更には恋人の卒業に合わせてウエディングドレスの作成を姉にさせ、その上また人前でそれを着せる鬼畜。」

自己紹介をしようとする僕の声を遮り、事実だが棘のある言い回しで僕の事をこき下ろして下さった。沙夜の話し方とは違う意味で高圧的だね。悪魔的何かを感じるのは多分気のせいじゃないと思う。

「よく知ってるね。ありが—。」

「昨年の告白は動画で配信する異常者ぶりを見せ、昨年末には車に轢かれて記憶を無くす。一部情報では、モデル業をしている月島奏との密会の報告も有り。バレンタインの日には屋上で二人きりになっていたとの情報が拡散中。この点から鑑みても、当該人物は色魔と言っても問題のない女子の敵と思われる。」

また話を遮ってきた。しかも今度は批判の度合いが厳しくなってませんか。確かに事実だけ並べていくとそう映るかもしれないけど、僕はその時の全力を出しているつもりなのに。というか、初対面の子にここまでどうして言われないといけない。

「しかし、あの無気力服飾少女の姉に自分が興味のない服の制作をさせることができたのか?私にはそれが不思議で仕方がありません。ですから、私自身の目でこの異常者を真相を確かめるべく、この教室に足を向けた次第です。」

 前言撤回。この姉妹そっくりだ。この、興味あることには一直線なところは。喋らない姉の灯里さんの方がずっといい。妹の後藤さんは、疲れるな。まだ喋ってるよ。いつまで喋るんだろう。

「私が気になる点は他にもあり、卒業式で結婚式を挙げたという話ですが、あなたはまだ17歳で婚姻は結べません。民法上できません。それなのに、なぜ結婚式を挙げたのか。次に、未婚の女性にウエディングドレスを着せると婚期が遅れるというジンクスがあります。あなたはこれも無視して、自分の悦楽を優先している異常者なのです。他にも…」

もしかして、この子はAIなのかな?人じゃないんじゃないのかな?真面目に話聞いていたら疲れてきたので、もう放っておくことに僕はした。何分経ってからか覚えてもいないけど、声が聞こえなくなってから改めて尋ねた。

「一言で言って。何しに来たの?」

「あなたを観察しに来ました。」

「ちゃんと一言で言えるんかい!」

また長い説明が始まるかと思っていたのに、ここはちゃんと一言で返してきた。キャラとは違うツッコミが思わず出てしまう。観察って。僕はアサガオか何かなのでしょうか。こっちまでおかしくなってくる。


 「あなたは面白い人ですね。普通の人は私と話をし始めるとどこかに行ってしまうのですが。あ、近づかないでください。妊娠します。私はあなたという人物に興味を持っています。学術的な興味です。なぜ、あなたのような何の取り柄もない男性が、誰からも一目を置かれる美女二人に好かれるのか。その上、あの姉を動かした理由を解明したいのです。」

どこが学術的なんだろうか。3年になって早々、変な子に絡まれちゃったな。これだったら、まだヤのつく人の方が良かったんじゃないか。さっきから解明したいとか言っているけど、もしかして解剖させろとか言わないよな?

「つきましては、まずはサンプルの採取から始めたいと思います。血液、体液、頭髪の採取を行います。その後、脳波計測と開頭処置を行い…。」

はいアウト!この子アウト!マッド系思い込みリケジョでアウト!僕は逃げるように被服室から出て行った。百歩譲って血とかはいい。開頭って言ってたよ。頭割られるってことだ。沙夜の為にも死ねないから僕は逃げた。


 しかし、翌日に笑顔で持ってこられた入部届があっさりと受理。こうして、恋愛を科学するマッドサイエンティストが我が手芸部に加わってしまった。命の危険を感じる後輩に僕は怯えながら3年生のスタートを切るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る