第34話 クラフトマン

 二人が僕の知らない所で、火花を散らしていた日から幾日かが経っていた。


 2月10日、今日は三者面談の日になっていた。なので、今僕は進路指導室に母さんと担任と一緒にいる。今までに何度かこういった事はあったのだが、いつもこの空気には慣れないものだと感じる。


 「さて、志賀の志望は『三城みき教育大学』か。」

僕が志望校として考えていたのは、沙夜さんの行く予定の聖翔女子大から、電車で2駅離れている場所の大学だ。今の僕の学力で、推薦がギリギリ狙えるかどうか。若しくは、一般入試で挑戦するかのラインの大学だ。自宅通学範囲ではなくなるので、こうなると一人暮らしが必要になる。


「お母さんも、こういきなり変わると驚いていませんか?」

「まぁ、少しは驚いていますが。でも、息子の決めたことを尊重します。」

母さんは、いつもの言葉遣いではなく、余所行きにした標準語仕様で話している。電話で担任に話すときにはいつも通りなのにねぇ。


「そうですか。それでは、三城教大を軸に進めましょう。現状の志賀の成績とその他の実績で見ると、推薦は少し厳しいな。」

担任は僕の顔を見ながら、少しくらい表情になっていた。僕もそれは十分にあり得ることだと思っていた。だから、そこまで重く考えてはいなかったのだ。


「やっぱり、ここ最近の成績が痛いな。対抗馬が1人でも出たら即アウト。というのが今の状況だな。志賀は部活やってないから、部活の実績もないしな。」

担任の言葉はごもっともだ。成績だけで勝負する状況を、自分で作っていたのだから仕方ない。だが、担任は面白い提案をしてくる。


「確実に進めるなら、コツコツ勉強して一般対策をする。一発逆転なら、今から部活に入って、目立った成果を挙げるか。だな。」

そう言うと、担任は頭を掻きながら僕の方を見てこう続けた。


「お母さんのいる前で言う事じゃない事は分かっているが、お前は一発狙いって言いそうな気がしてしまうから怖いんだけどな。」

そう言う担任の手の中に、一枚だけ『見てください』と言わんばかりに飛び出したプリントが一枚あった。あからさま過ぎて笑いを堪えつつ、その紙の事を話す。


「先生、その紙なんですか?少し気になって。」

「ん?あぁこれか?」


待ってました。とすぐに手渡された用紙には、見慣れない部活名が多数記載されていた。どれもメジャーなものではない。ただ、その中の一つを僕は強く引かれるように見つめていた。この部のこの人の事を僕は知っていた。


「まぁ、マイナー部活の集まりだな。ちなみにすべて廃部寸前だ。これをどうするかはお前次第だろうがな。重ねて言うが、確実なのは勉強だ。忘れるな。」

わざわざこんなプリントを用意してくれていたが、一般論ももちろん押さえてくれていた。僕は、母さんの方を見るが、『知らない、好きにしろ』という風に首を振っていた。だったら、僕は—。




 「失礼しまーす!」

三者面談の終わった足で、僕は被服室に向かっていた。プリントのリストに載っていた『手芸部』に用があったのだ。


「ん。」

被服室に入ると、目的の人がいた。ぱっつんボブが特徴的な女子だ。もらったリストには後藤ごとう灯里あかりと部長の名前が書いてあった。部員数1名なので、この人が後藤さんに違いない。


「あの、入部したくて来たんだけど…。」

無表情な後藤さんの前に立つ。けれど、彼女の手は止まらず、ひたすらに刺繍を進めていく。僕のことなど、空気のように感じているのだろうか。


「あの、入部…。」

無視されているのかすら分かっていない僕はもう一度言いかけた。


「煩い。職員室行って。」

後藤さんはあまりに素っ気ない。というか、語彙が貧弱というか。単語だけで会話するタイプなんだ、きっと。でも、このままじゃ僕の計画が上手くいかない。


「分かりました。」

そう言って僕はすぐに被服室を出た。ここで焦ってはいけない。後藤さんの協力が僕には必要不可欠なのだから。思い付きで動くのは僕の悪い癖だけど、今回のはかなりいい感じになるのではないかと思っている。


 「失礼しましたー。」

僕はすぐに職員室に行くと、入部の手続きを終わらせてきた。後藤さんは3年生で沙夜さんと同じクラスだ。だから、今回の作戦には重要な人物になる。僕はこの好機を活かすべく被服室に戻っていった。


被服室に戻ると、後藤さんは相変わらず刺繍をしていた。手元には一切の迷いもなく、次々と針を刺して刺繍を作り上げていく。口数が少ないことと相まって職人感がとてもいい感じで出ていた。僕は言葉をかけることも出来ずに、その光景をずっと眺めていていた。


「何が望みなの?沙夜の事?」

しばらくして、後藤さんの手が止まった。視線も動かさずに、後藤さんは僕に問いかけてきた。さすがにこのタイミングで、2年生の男子が入部するのには裏があるとバレてしまっているようだ。だが、それでいい。


「まぁ、沙夜さん絡みってのは当たってます。」

僕は、去年の文化祭で手芸部が展示していた作品の写真をスマホに出した。写真に写っているのは真っ白なウエディングドレス。これは後藤さんが作成したもので、マーメイドラインで背中は大胆なVカットになっている。当時もすごく人気になって女子がこぞって写真を撮っていたものだ。


「これに、こんな感じで付加価値をつけたいんです。」

僕は、ドレスの写真と共に1つのオーバースカートの写真を見せた。純白のドレスの上に重ねるスカートで、ドレスの雰囲気を一気に変える魔法のようなアイテム。


「オーバースカート…。君、ミシンは?」

「今から覚えます。」

「じゃ、無理。」


後藤さんの答えは至極真っ当だった。そんなことは僕でも分かっている。僕の取引は今から始まるのだから。


「以前作ったドレス。これ確か、沙夜さんがベースのサイズですよね?まずこれを僕に売ってください。そして、このオーバースカートをの第1号のお客様として、注文オーダーします。」


僕の突拍子もない話に、無表情な後藤さんの表情にも変化が現れる。驚き、と取ればいいのだろうか。目線が安定しない。後藤さんは手芸部での活動を通して、本格的に服飾の仕事をしたくなって、服飾の専門学校に行く予定のはずだ。夢は『自分のブランドを立ち上げること』そう言っていたと沙夜さんが以前話していた。


「私のドレス…。高いよ。いいの?」

「僕に払える金額なら。百万とかは無理ですよ?」

後藤さんの反応も悪くない。あと一押しでいけそうな気がする。


「それで、これを買ってどうするの?」

後藤さんが聞いてきたので、僕は考えている計画について、後藤さんに小声で伝えた。計画の第一段階として、後藤さんの協力は必須条件なのだ。


「君、噂通りのバカ。」

顔を赤らめながら、後藤さんが僕を非難してくる。だけど。


「君の計画、沙夜が喜ぶから、やる。」

そう言って、後藤さんは分厚いノートを取り出した。たくさんの付箋が付いたノートは年季が入っていて、後藤さんの職人感を更に強いものにしていた。


「沙夜、去年より大きい。だから手直し、いる。」

後藤さんは去年のウエディングドレスに加え、文化祭の衣装も作っている。その時のデータを見比べて、さっそく思案を巡らせてくれている。さすが職人、スイッチが入ると早い。どこが大きくなったのか具体的にあとで教えてください。


 これは僕の完全な我儘から始まった計画だけど、沙夜さんにも、後藤さんにもいいものにしたい。少なくとも、ワクワクしているのは間違いない。


「後藤さん、ごめんなさい。入部初日ですけど補習あるんで帰ります。」

そう言って、新入部員は入部初日で帰っていったのだった。

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