第33話 女子会
2月になり、街のいたるところでバレンタインの装飾が施さていた。いつもはまったく気にしない製菓業界の甘い罠も、今年は状況が違う。今まで縁のなかった本命チョコを期待していても問題ないのだから。手作りとかも嬉しいし、買ってきてくれても嬉しい。女の子からチョコがもらえるという事自体が嬉しいのだ。
「何ニヤニヤしてんだ。気持ち悪ぃぞ。」
僕は授業中にも関わらず、甘い妄想に耽っていた。プリントの配布で後ろの僕にプリントを回してくれた葛城は、妄想でニヤニヤしていた僕の顔を見て、心底嫌そうに言った。スマン。とジェスチャーで謝ってプリントを受け取る。きっとこういう時に「リア充爆発しろ!」と言われるのだろう。最近、ようやく彼女の存在が嬉しくなってきたところなのだから、こんなところで爆発はしてなるものか。
「ふーん…。」
当然、プリント回しは後ろの席の奏にもするので、僕は葛城が見た顔より、幾分マシになっていたと思う表情で奏にプリントを回した。しかし、奏は微妙な顔をしながら、何かを値踏みするような目で僕の事を見ていた。まだ、浮かれた顔だったのだろうか。普通の表情がこういった時はよく分からなくなる。
こうして、僕はこの後の授業を受けて、放課後の補習に臨んだ。ただ、いつもと違ったことは、補習に沙夜さんが来なかったこと。その後の連絡もつかず、家にも来なかったことだ。後で連絡が来るまでとても心配したのだった。
「で?これは一体どういった趣向かしら?」
私は、この場にいる全員に向かって敵意を持ちつつ目を向けた。私は、奏から「今日の補習は先生の都合により中止になったので、みんなで遊びに行くよ。沙夜も来たら?」と連絡が来たので、このカラオケの部屋に来ていた。
けれど、私の目的の人はそこにはいない。その代わりに奏と、浩介さんのクラスの女子が数名いた。補習が無くなったことがウソということだ。
「そんなに怖い顔したら、みんな怖がっちゃうよ。」
「おかしいわね?泣いてもらうつもりだったのだけれど。」
私は、ウソでこんなところに来た自分にもイラついていた。よく考えれば、奏からそんな連絡が来ることが不自然だったのに。奏の方を見ると、いつもの表情で何を考えているのかは読み取れない。
「あーあ。せっかく、女同士じゃないと相談できない事話そうと思ったのに、そんな空気でしか話せないんじゃ、帰ってもらうしかないか。」
「ええ。私からもこんな時間は願い下げね。」
私はそう言って、席を立って扉に向かった。その時だった。
「それじゃ、私たちだけで浩介をどう落とすか決めようか。」
そう奏は言った。私はその言葉に驚いて振り返った。奏の口には悪い笑みが張り付いていた。忘れかけていたけれど、この子は恋敵なのだと改めて認識した。
「やっぱり、女の武器は全部使わないとね。」
「いきなり最終手段?早くない?」
「でもさ、最近の志賀ってやたらに胸見てくるよね?バレバレだっての!」
「そうよね~。先月ぐらいからチラチラ見てる。」
「きっとどこかのメロンみたいなのが…ねぇ?」
私の存在を無視するように、奏たちは話し始めた。そして奏はメロンと私の事を言いながらチラリとこちらを見てきた。だけど、そのまま話を続けていく。
「でもさ、ああやって見てくるのって、大体はしてない男だよね?」
「それ!葛城とかいい例じゃん!」
「アレはヤッた後でもずっとそのまんまだって!」
「今まで人畜無害系だった志賀が、最近になってデレデレしながら人の胸を見てくる。これはどういうことですか?奏先生!」
女子の猥談も当然ある。私も修学旅行の時にクラスの女子で、恋バナとかの途中でこういった話になったことぐらいはある。だけど、こんな急にここでする話なの?私の疑問を気にすることもなく、話を振られた奏が答えていく。
「大方、刺激的な体験をしたってところかな?でもHした訳じゃないみたいだけどね。そのあたりは本人じゃないと分からないかな。」
そう言って、奏は扉の前に立ち尽くしている私に向いた。私は、浩介さんがこれ以上くだらない女子の話題の中心にいることが嫌だった。
「そうね、一緒に寝たわ。しっかり抱き合ってね。でも、男女の関係にはなっていないけれど。私も迂闊だったわね、貴女たちに迷惑をかけてしまった。これからは浩介さんの件はしっかり私が管理するわ。」
私は、一歩、二歩と前に歩き出しながら彼女たちに向かって言った。
「ふーん。まだだったんだ。てっきりもうしたんだと思ってたよ。」
奏はそう言うと立ち上がり、私の前に向かって歩いてきた。私よりも少し背の低い奏は私を見上げるようにしている。
「それじゃ、浩介と私がしちゃえば浩介は私のものよね?」
「それはどういう理屈かしら?頭痛がするのだけれど。」
「私が浩介を夢中にさせるってこと。沙夜の出番はもうないから。」
そう言って奏は私に詰め寄ってきた。冗談じゃない。ここで私が引くわけないじゃない。
「あら、貴女の魅力って体だけなのかしら?残念ね。」
「きっかけはなんだっていい!私の方を見てくれたら、それでいい!」
奏は私に向かって叫ぶように言っていた。浩介さんを想う気持ちは奏もやはり持っているのだと思った。そして、奏の次に言い放った言葉が私の胸に突き刺さる。
「沙夜は!先に卒業して浩介を一人にしてしまうのに!どうして私じゃなくて沙夜なの!?私ならいつでも側にいられる。なのに!」
奏の目から涙が零れていた。私が逆の立場でも、きっと同じ想いを持っていたら、こうして同じようにぶつかっていたかもしれない。でも、私にだって奏に言いたいことがある。
「だったら、貴女はどうしてその気持ちを素直に伝えないの!ずっと浩介さんを追いかけていたのでしょう?」
私も叫ぶように奏に言っていた。こうやってぶつかることばかりだけど、想っている先は同じなのだから不思議だ。きっと世の中の争いも、小さな行き違いから生まれているのだと思った。
「言ってくれるじゃない。それじゃ、バレンタインに言ってやるわよ。」
そう言うと、奏は席に戻っていった。真剣な顔になっていた。
「やっと本来の集まりになった感じね。」
「まぁ、ガチの修羅場が見れたのは面白かったけど。」
「はいはい、時間使いすぎたから、巻きで行かないと時間足りないよ。」
「ごめんね、みんな。それじゃ、作る内容なんだけど…。」
先ほどまで黙り込んでいた取り巻きの女子も参加して、話し合いが始まっていた。あまりの切り替えの早さに、私は完全に取り残されていた。
「沙夜はさっさと帰って。敵に作戦知られたくないし。」
奏は手で『シッシッ』とジェスチャーをしながら私に言ってきた。私はドっと出た疲労感を感じつつ部屋を出ようとした。
「沙夜が作るチョコより、絶対おいしくしてやるんだから。」
「え?」
「家で作ってたんでしょ?そんだけ甘い匂いしてたら気付くわよ。」
ドアノブに手をかけた時に奏にそう言われた。確かに、呼ばれる直前まで試作品を作っていた。これは、まだまだ改良と練習をしなきゃいけないわね。私はバレンタインに向けた決意を新たにして、部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます