第28話 早く行こっ!
新学期を迎えた僕は、昨年末の出来事であまりにも重要なことを、ことごとく忘れていたという事を思い知らせていた。自分自身の行動を知らないことは、様々な局面で僕を苦しめてきた。今までの高校生活がまるで嘘のようだった。
まずは、新学期恒例の実力テスト。宿題をサボっていないかの確認だ。普通に宿題をして、それを理解していれば何の問題もなくクリアできるはずのテストだ。それなのに、だ。僕の目の前にある答案たちは、まるでアウトローのヤンキーよろしくというレベルの散々な点数が並んでいた。現国こそどうにかなったが、数学を筆頭に物理、化学、世界史、英語はライティングもリスニングも学年最下位をコンプリートしてしまった。
「まぁー、お前の事は病院の先生から聞いているから。心配するな。」
と、担任は言ってくれているが、これでは進級すら危ういレベルだ。いかに毎日の積み重ねが重要かを思い知らされた。7月頃から12月の5カ月はとても大きな時間だった。これは、勉強以外でもそうだった。
「ちょっと!これに写ってるのって、あんたたちじゃないの!?」
テストの結果に打ちのめされているところに、クラスの女子が雑誌を片手にやってきた。その雑誌を見ると、確かに僕と奏が振袖と袴姿で写っていた。あのオネエに撮られた写真だ。だが、煽り文句と構図がいただけない。
『普段と違う魅力満載!和装での初詣デート特集』
そう銘打たれた特集ページは、オネエのテンションに負けて、奏と僕の顔がキス寸前まで近づいた時の写真だ。バストアップで撮られた写真は逆光気味になって、僕らの顔は暗めになるように光は絞られ、二人の顔の隙間から日光が入るという図。悔しいけど、かなりいい写真だ。
「そだよー。それ、私と浩介。」
使わないとあの時に聞いていた写真が、こうして全国展開されている事実を僕の後ろの席の奏がさらりと暴露した。教室の温度が一気にヒートアップする。
「え!?じゃあ、この次のページのとかも全部?」
そう言って次のページをめくって見せてくれた。そこには—。
『早く行こっ!』
と、書かれていた。その写真は奏が僕の手を引いていった撮影会最初の写真。まるで僕の主観目線で撮ったような写真には、奏と奏に手を引かれる僕の手だけフレームインしている。振り返りながら手を引っ張る奏の表情は、少し赤らんだとてもいい笑顔。うわぁ、キャッチと写真の笑顔が、本当に早く進みたいカップルにしか見えてこない。恐ろしい。
「そうだよー。どう?かわいい?」
「めちゃカワだよ!恋する乙女って感じ!」
この写真も、奏はあっさりと肯定。というか、奏に関しては肯定しかないだろう。しかし、だ。こうも彼女感が溢れる写真だと—。
「てか、志賀って氷の女王と付き合ってるんじゃないの?」
「あ、それなんだけど次のページで。」
「うわ!なに!あの人こんな顔できるの!?」
「マジヤバい!本気でヤキモチ妬いてる顔じゃん!」
「つーかなんで志賀が両手に華になってんの?」
やっぱりだ。僕の周りに女子がほぼ全員集まってきた。どんどんヒートアップする話は、当然止まることなど知らない。奏と僕がいい雰囲気なのではないかと勘違いしてしまいかねない。
バターン!と大きな音が鳴った。その場にいた全員が、それが教室の扉がとてつもないスピードで開いたことに気付くのにはいくらかの間が必要だった。
「ちょっとこれ!どういう事よ、奏!?」
「やっば。もうバレた。」
教室に飛び込んで来たのは、沙夜さんだった。ヤバい。背中から赤い陽炎が見えている。これは命の危険を感じる。作戦を『いのちだいじにしよう』に変更。とにかく生き延びるんだ!もう臨死体験は御免だ。
「バレた。じゃないわ。こんな事聞いていないのだけれど。」
「そりゃま、言ってないしね。その辺のことは発行元に言ってよ。」
「なんで貴女が彼女になっているのかしら?」
「さぁ?私の方がそれっぽいからじゃない?」
怒り狂う沙夜さんを目の前にしても、どこ吹く風。奏は全く悪びれる様子はない。もしかして、最初からこれが狙いだったのか?けれど、雑誌に載る写真まで奏がコントロールできるとも考えにくい。となると、ある種の事故なのか。
「で、でも西御門さんのこの振袖もとっても素敵です!」
場の空気に限界を超えたのか、女子の一人が振り絞るように言った。
「え?あぁ、ありがとう。」
「どこでこんなカッコいい振袖見つけたんですか?桜が舞っている振袖って、私は初めて見ました!それに色合いも西御門さんにぴったり!」
虚を突かれた沙夜さんから赤いオーラが消えた。そしてそのまま連続して畳みかける。グッジョブ!これで生き延びられる。
「えぇ、それは私のお母さんが見つけてくれて。」
「本当ですか!?うわぁ。やっぱりお母さんもセンスいいんだぁ。」
「てことは、蛙の子はカエルにしかなれないってことかぁ。」
「そんなぁ。うちのお母さん、毎日ソファーでゴロゴロしてお尻掻いてる。」
「それもう女捨ててるね。諦めな。」
女子の話題はすぐに変わっていく。なんだか、小学校の頃の体育のサッカーみたいだ。ボールにみんな群がってとにかく蹴りたい!ってなっているあの感じ。
「で?志賀はどっちが正妻なの?」
「あら?何を言っているのかしら?私に決まっているのだけれど。」
「はぁ?何言ってんの?日本全国の読者が私って言うわよ!」
いらんこと言うな!話題がそれてきたところに、一番面倒な話をブッ込んできた。案の定、沙夜さんも奏も『私が!私が!』と往年の豆絞り芸人のような前振りをしている。どう答えても僕がケガするパターンだ。
「えーと。ちょっとお花を摘みに…。」
そう言って、席を立とうとしたら、両脇を掴まれる。右手を沙夜さんに、左手を奏に。二人とも思いっきり抱きしめるので、腕に、当たっています。右手の方が柔らかいなぁ。
「浩介さん?どこに行くつもりかしら?」
「浩介!どこに行くの!?」
幸せ半分、恐怖半分の中、二人から詰め寄られていると。
『2年、志賀浩介君。至急職員室まで。』
と、全校放送で呼び出された。おお神よ!ありがとうございます!僕はこの場から逃げるように職員室に向かった。
「浩介さん、逃げたわね。」
「うん。逃げたね。」
「ねぇ、もしかして、志賀って不倫は文化とか言い出すの?」
「志賀が学校のトップクラスの2人を
僕が去った後の教室では、沙夜さん、奏以外にも沢山の悪口を言われていた。職員室に向かった僕は、無期限の補習の通達を受けた。そして、次の日から学校の女子からの風当たりが台風並みに強くなっていた。
周りは沙夜さんと付き合っているのが普通と思っているが、僕はまだ、沙夜さんと付き合っていると自分で言えるほどの状態になっていなかった。だから、本当に答えられなかった。
早く、ハッキリさせないといけないな。そう思いながら、今後8時限まで時間割が増えることにがっくりと肩を落としながら歩いて僕は家路についた。
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