第3章 旅立ちの春

第27話 初詣の撮影会

 今年の始まりは、よく晴れた穏やかないい天気だった。去年は記憶が飛び、気が付いたら彼女持ち。そんな状況についていけなかった僕だったが、今年はこの状況をチャンスだと思って行動しよう。そう思っていた。


 なぜなら、今、僕は猛然と感動をしているッ!目の前に、通る人のほぼ全員が振り返って二度見するほどの人がいるッ!新年早々、キャラ崩壊をしても、きっと誰も咎めることはないだろう。今の僕の視力はきっとマサイの戦士ぐらいまで高まっているはずだ。戦闘力だって5以上は今ならある!


まずは僕の彼女、沙夜さんの振袖姿。ターコイズブルーを基調にした色合いに、足元と袖に白と青で描かれた桜の花。全体に桜の花びらが舞うように描かれている。帯は白に近い黄色を基調にしており、差し色で帯〆の深い緑が入っている。キリっとした沙夜さんのイメージをさらに際立たせた振袖だ。髪型はアップにしているが、今日は文化祭と違って流したりはしていない。右耳の上あたりに大きな桜の花があしらわれた髪飾りをつけている。


そして、次に奏だ。奏は橙をベースに各所に白・ピンク・赤・黄色などの色鮮やかな大小の花が彩られたものだ。帯は振袖と同色ベースに白の花々が配され、帯〆の赤がワンポイントになっている。こちらも、奏の明るさによく合っていて、いつもの魅力を何倍にもしている。奏は髪をアップにせず、リボンバレッタで可愛らしく髪を下していた。二人とも、普段の雰囲気と全く違うから驚きだ。


「こりゃ、これを見ただけでも来た甲斐あったかもな。」

「そうだと思う。視線釘付けだもんな。」

「ただよ、俺ら完全に間違ってるよな。これ。」

沙夜さんと、奏の気合いの入った姿に比べ、我ら男性陣は普段通りの通常営業。ちょっとこれではダメかもしれない。


「どうかしら?浩介さんの感想を教えてもらえるかしら?」

自己嫌悪に入りかけた時に、沙夜さんから感想を求められた。いけないいけない。こういう時には、気の利いた言葉をかけなければ。


「すごく綺麗ですよ。今すぐここにいる人達に自慢して回りたいです。」

「自慢をするつもりはないのだけれど。でも、そう言ってもらえると、朝早くから準備した甲斐があるわね。」

先輩は最近では珍しい綺麗な黒髪の持ち主だから、お世辞抜きでこういった和装はよく似合うと思う。おめかしした女の子が目の前にいると、普段悩んでいることを忘れて顔がにやけてしまうのだから、我ながら節操がないとも思う。


「で?二人はなんでフツーのカッコしてるわけ?舐めてんの?」

沙夜さんと少し甘い雰囲気が出てきそうになった時、奏が明らかに不機嫌に言ってきた。はい。隣に立つ人の事を全く考えていませんでした。こんな気合いの入った初詣は生まれて初めてです。


「どうせこんな事になるだろうと思ったから、仕事の知り合いに頼んで、色々用意しているから。さっさとこっち来る。」

有無を言わせない目で、僕と葛城は奏に連れられて少し離れた所にあったブルーシートに囲まれたテントに連れ込まれた。


「はい、5分ね。」

そう言って去っていく奏。そして取り残される僕と葛城。テントの中には二人のスタッフ?の方がいたが、奏が去った瞬間に僕らの服を脱がそうとした。


「ちょっと!何するんですか!寒い寒い寒い!」

「俺は年上のお姉さんにしか服は脱がされたくない!」

「黙ってサッサと着替えてください!現場で早着替えなんて常識です!」

「現場って何!?ねぇ!あなたたちいったい誰!」


あっという間に剥かれて、そして僕らは生まれ変わった。袴姿に。


「もうお婿に行けない…。」

ゲッソリした葛城を見て、僕はなぜか冷静になれた。


「お、来た来た。7分も着替えにかけたらモデル失格だよ?」

「俺たちはモデルなんて崇高な仕事はできない人種なんだよ。」

追い打ちをかける奏に、葛城は力なく反論をしていた。でも、これで和装で揃ったので見た目も随分よくなった気がしていた。


クイクイッ。

袖が引っ張られるような感覚があって振り向く。


「浩介さんの袴姿は、とてもカッコいいわ。」

頬を赤らめながら、そう言ってくれる沙夜さんがそこにいた。いつも綺麗だと思って、近寄りにくい感じがしていた沙夜さん。でも、この瞬間は圧倒的に可愛い人になっていた。袖を引っ張るとか、普段じゃ絶対になさそうだから思わずキュンとしちゃった。


「あー、いいワ!その表情!」

カシャ。と突然のシャッター音のあと、いかにもな台詞が聞こえた。その声の方向を見ると、バッキバキの体にボディコンを着て、一眼レフを構えたカメラマンがいた。絶対この人参拝客じゃない。圧倒的なオネエ臭がする。僕は自然と沙夜さんをかばうように立っていた。


「急に撮るから、ビックリしてるじゃない。」

「ごめんごめん、ついいい表情だったから。奏ちゃん、お疲れちゃ~ん。」

奏がやれやれ、といった感じでやってくる。どうやら、このカメラマンは奏の知り合いのようだ。


「一応、今日の様子を撮ってくれるカメラマンよ。こう見えてもプロだから。」

「奏ちゃん。それはひどくない?ワタシ、泣いちゃうわヨ?」

クネクネと身を捩るオネエなカメラマンに一同絶句。この人、なんでこの人混みの中で捕まらずにいられたんだろうか。第一、なぜカメラマンがいるのか。


「ま、せっかくの晴れ着なんだし、写真撮れた方がいいと思って。」

そう言って駆け出した奏は、すれ違いざまに僕の手を取って引っ張っていく。慣れない草履に躓きそうになりながら追いかける。カシャカシャとその間も写真は次々に撮られていく。転びそうになりつつ見た奏の顔は、幼いころに一緒に遊んだ記憶の顔にとても似ていた。


その後は、圧倒的な存在感のカメラマンの力で人混みに撮影スペースが生まれ、そこで撮影会が始まってしまうのだった。


「はい、ミス沙夜。次はボーイと手をつないで見つめ合って。イイわぁ!」

「奏ちゃん、もっと腰を当てて!そう!イイわ!キテるわぁ!」

「ボーイの腕にそれぞれ手を絡めて、イイ!ミス沙夜のその拗ねた顔!」

「あぁん!この青年のボーイを見る切ない感じたまらないワ!じゅるり。」

「イイ!イイわ!奏ちゃん、そのままキスしちゃいなさい!」

「ミス沙夜もとっても妖艶ヨ!その辺の男は一瞬で逝くワ!」


何がきっかけだったのかはもう思い出せないが、沙夜さんが僕と写真を撮れば、奏がそれに割り込んでまた撮り、そして入れ替わる。そういった状況をしばらく繰り返して、神社の方に怒られるまでこの混沌カオスは続いたのだった。一瞬だが葛城の事を狙ってたよな。あのオネエカメラマン。心の中で合掌をする。葛城はある時からずっと、両手を尻に当てて、何かから身を守っていた。


「あ~、今日は楽しかった!」

奏が大きく伸びをしながら楽しそうに言う。


「俺は生きた心地がしなかったぞ。」

「葛城は狙われてたもんな。主に尻的な意味で。」

「言うな。それ以上。」

僕も疲れはしたが、初笑いはできた。それに、この二人の今日の姿を写真にしておけるのは嬉しいとも思っていた。


「私たちが悪ふざけをしたせいで、随分迷惑をかけてしまったわね。」

「大丈夫よ。周りも楽しんでたから。気づいてなかった?」

「まぁ、あの人にみんな目がいくもの。すごい人ね。」

沙夜さんは、ほかの参拝客に迷惑をかけたことを心配していたが、奏はそうではないようだった。実際には、オネエの彼(彼女)の存在に注目が集まっていた。みんなしきりに彼(彼女)の事を写真や動画で撮っていた。


「ボーイにだけ。特別な写真をいれているワ。」

と言って渡された今日の写真の中には、僕が脱がされて着替えをしている時の写真が入っていた。そしてそれは、血走った目をした奏に奪われてしまった。新年早々に、いろいろな人に迷惑をかけてしまったが、久々に大きな声で笑った気がする一日だった。


みんな、今年もよろしくお願いします。

そう心の中で呟いて、僕らは帰途についた。

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