第26話 勝負服
「お母さん。私が着られそうな振袖ってあるかしら?」
私は浩介さんの家から、自分の家に帰るとすぐにお母さんに聞いてみた。成人式には用意すると言っていたから、今はないかもしれないけれど。
「あら、おかえり。振袖?あぁ、例の彼のために着てあげたいのね。」
そう言うと、お母さんはスマホを片手に少し困った顔をしていた。やっぱり普通の家の我が家には振袖なんてないのね。困ったなぁ、浩介に『振袖で行くわ。』って言っちゃった。約束を破る女なんて嫌われるに違いない。
「もしもし?えぇ、私よ。私。ちょっと頼みたい事があるんだけど。」
お母さんがどこかに電話をしている。なんだか詐欺の電話の口上に聞こえるのは、私の気のせいだと思う。
「えぇ、急に頼んで悪かったわね。もちろん、2年後も頼むつもりよ。」
電話口に向かって、色々と話していたお母さんがお礼を言って電話を切る。それから私に向かって親指を立てながら満面の笑みで振り返ってきた。
「まぁ、何とかしたわよ。当日は何時集合?初詣行くんでしょ?」
「え?時間は多分10時ぐらいかしら。」
「うっわ。一番混むころね。それなら当日の朝は5時には美容院行くわよ。」
「そんな早くに!?」
「当り前よ。大事な娘を売り込むのよ?仕込むに決まってるじゃない。」
「仕込むって…。せめて着飾るとか言いようがあると思うのだけれど。」
「あ、そっちの仕込みはダメよ。アラフォーでお祖母ちゃんとか、私嫌よ。」
興奮して鼻息の荒くなったお母さんのテンションに娘ながらついていけない。軽くセクハラまでしてくるからタチが悪いわ。でも、振袖の準備もそうだけど、美容院まで手配してくれたことは素直にうれしい。私は後から送られてきたレンタルの振袖の画像を見ながら、期待に胸を躍らせながら年末を過ごしたのだった。
一方、奏は。
「えっと、マネージャーいる?仕事の話がしたいの。」
私は浩介の家を出た直後に、事務所へ連絡をしていた。もちろん、年明けの初詣のことだ。クリスマスデートができないことになり、泣く泣く妥協した初詣だが、余計な虫が2匹もついてくる。これを引きはがす必要があった。
「はいはい。どうしたの?こっちは急に仕事に穴を開けたバカの尻ぬぐいでクソ忙しいんだけど。」
開口一番、私への恨み節を炸裂させるマネージャー。それもそうだ。浩介が事故に遭ってから、私は全ての仕事をキャンセルして、病院に通っていたからだ。だが、その状況すら、私は利用することを考えた。
「ごめんなさい。無理を言って。でも、落ち着いたから持ち込みの仕事をお願いしたいの。と言っても、なかなか際どいスケジュールだけど。」
「聞くのはタダだから聞いてあげる。何思い付いたの?」
ウチのマネージャーは口は悪いが、商魂も逞しい。なので、基本的に仕事の話はすべて聞いてから判断してくれる。今回の件は、できれば事務所を動かして仕掛けたい内容なのだ。
「来年の元旦に学校の友達と初詣に行くんだけど、その時ちょうど男女2組集まるの。だから、そこで成人式と卒業式シーズンに向けた写真を撮れたらいいなって思ったの。もちろん、振袖だけじゃメーカーも黙ってないだろうから、洋服も絡めたパターンをいくつか撮る格好で。」
一気に説明したが、要するに撮影と称して浩介を独占する作戦だ。しかも、通常の誌面に対して、振袖は毛色が違いすぎる。仕事の提案としては正直、ナシという結論になるのが普通の返答だろう。
「何?その自分の都合に合わせて仕事持ち込む姿勢は。あんたが言ってた例の子が噛んでるの?それでも全くウケる気配をミジンコレベルで感じないけど。」
そう、私が仕事でワガママを言うのは、浩介が絡んだ時だけなのだ。それが私の契約のオプション。私は元々誰に見られる必要もない。浩介の目に留まることが目的で事務所に入っているだけなのだから。
「ま、そういうとこ。あぁ、でもみんなが好きそうな巨乳美人も来るわよ。」
「よし、やる。その子は
「一応、そうだよ。てか変わり身早い。」
「そういう子はいくらいても困らないからね。まぁ、傷むのも早いけど。」
「うわ、ひど。生ごみ扱いとか。」
「それはあんたが今言ったことでしょ。わかってて売ったくせに。」
「さぁ?私は関係ないし。」
胸の大きい子はそれなりに使える。裏接待にも、過激路線で小銭を稼いだりにも。そういった暗い部分を私はこの数年で嫌というほど味わってきた。もともと邪魔な存在だから、沙夜のことも気兼ねなく放り込む。あとはスカウトの仕事。
「そうと決まれば、撮影の段取りを組みますか。初詣は何時から?」
「10時から。そのあたりは任せてもいい?入りの時間だけ後で教えて。」
「持ち込んだくせに細部は丸投げって。あんた本当にいい性格してるわ。」
マネージャーに当て擦りを受けつつ、私はそれを無視して電話を切った。あとは年末を進捗の確認をしながら過ごすだけ。あの人の腕だけは私は信じている。
その頃、僕は。
「だからマジで頼むって!」
「なんでリア充のトライアングルに、俺が入っていく必要があるんだよ?俺は年末年始は『煩悩を超えろ!109タイトルAV連続視聴』の予定なんだぞ。」
「いや、そんな量のAV持ってないだろ…。」
僕は勢いで行くことにした初詣の相方を口説くことに必死だった。葛城は二人なら問題はなかったが、沙夜さんと奏が来ることは断固として拒否していた。
「見向きもされない空気の扱いを受けるモブの配役の気持ちを考えろ。」
「頼むよ!ライブチャットで使えるプリペイドカード買ってやるから!」
「よし行こう!集合は何時だ?昼からは新春イベントもあるからな。」
葛城、お前が最近ハマっているそこは、18禁なんだからな。まぁ、だからクレジットカードのない葛城は現金購入しかないプリペイドカードで参加している。要するに金で葛城を雇うことにしたのだ。ここまで綺麗に手のひら返しできるのがすごいと思う。
「んで?女子二人は振袖だろ?」
「そうだと思う。奏はどうするかわからないけど。」
「多分、振袖で来る。と思うぞ。」
「そうなの?」
「元旦とか成人式の日は、だいたいのラブホには着付けできるスタッフがいるから安心だけど、一応確認してから入れよ。」
「そのアドバイス、いらないから。」
葛城の的外れのアドバイスにため息をつく。
「今のは冗談として、実際問題慣れない服に足元だ。あまり歩き回るなよ。」
最後のアドバイスは使えそうだ。葛城にしては的を得ている。僕はスマホがないので、家のパソコンで振袖の女の子のエスコートの仕方を調べながら年末を過ごすのだった。
それぞれの思惑が交差する。
初詣まで あと12時間となっていた。
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