第25話 エラー・85E

 「ちょっと飲み物とか取ってきますね。」

僕は部屋の空気に耐えられなくなって、一度落ち着くためにリビングへ向かうことにした。奏に抱き着かれた腕を解放してもらい、部屋を出た。


「浩介さんは、私の彼氏なのだけれど。何しているのかしら?」

「焦ってキスして気を引こうとする、自称彼女の事なんて知らないわ。」

「なんですって。奏はただのストーカーじゃない。」

「意味わかんない。子供の頃から好きな人が変わっていないだけよ。」


 僕の与り知らぬ所で、女性陣は火花を散らしていたらしい。それではどうやら落ち着かなかったらしく、激しさを増していったようだ。何も知らない僕は、二人の事をもっと真剣に考えないといけないな。と思いながら、紅茶とお茶菓子を持って部屋に戻った。


「お待たせ。飲み物持って、おぅふ!」


 ドアを開けた僕の目に飛び込んで来たのは、沙夜さんと奏がキャットファイトをしていた光景だった。奏が沙夜さんに覆いかぶさっていた。かなり激しくやりあっていたのか、奏のニットがずれて、鎖骨と一緒にピンクのブラの紐が見えていた。下にいる沙夜さんも上着がめくれてくびれたウエストと、少しずれたスカートからは腰骨と薄紫色の下着が見えていた。すぐに目を逸らしたが、僕の脳内メモリーにVR対応データとして即保存された。


 「ちょっと、一体どうしたの?」

僕は二人の方を見ないようにしながら、二人に問いかけた。そこでようやく二人も僕が戻ってきたことに気付き、自分たちの衣服の乱れにも気づいてくれた。ご褒美の時間が終わってしまった。


「えぇっと。そう、冬休みになって食べることが多いから、ダイエットに良い運動の話をしてて。ちょっと実践するつもりが、熱くなったみたい。ね、沙夜?」

「え?えぇ、そうね。冬休みはクリスマスにお正月と女の子には辛いのよ。」


二人とも、思いっきり取っ組み合いだったよね。と言いかけたが、背中がゾゾゾっとしたのでその言葉を飲み込んだ。沙夜さんと奏はそれぞれに乾いた笑いをしながらお互いに目配せをしている。何が理由かはほとんど分かっているんだけど。


 おそらく先ほどの奏とのやり取りが原因の一つだと思う。手をつなぐだけで浮気と定義する女性もいるらしい。沙夜さんがそれかどうかはまだ分からないけど。それに、明らかに奏も好意を持ってくれている。少し前の僕はこのことを知っていたのだろうか?スマホが生き残っていたら、過去データを見たりできたのだが、残念なことにスマホは粉砕。再起不能となっている。


 「そういう事なら仕方ないけど、二人が喧嘩とかしてるのかと思った。」

僕はいやらしい返しをして、二人の牽制をした。ウソの主張を受け入れられ、さらに事実から逸らすような言葉に前にした時、ウソをついている人は必ず食い気味に来る。そしてボロを出すものだ。


「あら、浩介さんは私がウソツキって言うのかしら?」

「うわぁ。自分の彼女疑うとか、正気?」


僕のドやった考えは、二人の協力戦線により、返り討ちとなりました。これじゃ、僕が悪いみたいな感じなっている。


「まぁ、喧嘩じゃないならそれでいいです。沙夜さんは大事な彼女だし、奏は大事な昔馴染みだし。ケガとかあったら嫌だから。」

この二人に口で勝てる気が一瞬でしなくなった僕は、ヘタレ日本代表レベルの置きにいった言葉でこの場を収めようとした。


「よくない。浩介に疑われて、私は傷ついたもん。」

奏が抗議をしてきた。疑われるようなことして、何を言っているんだか。


「いやいや、僕は心配しただけだよ?」

「だから私には『いしゃりょー』を請求する権利があります!」

「いや、話聞こうよ。奏。」


僕の話を無視して、奏は一人で鼻息を荒くしていく。沙夜さんはフォローを諦め、もう勝手にして。とゲッソリとしていた。


「なので、浩介には明日のクリスマスに私とデートしてもらいます!」


奏が大きな声で宣言をした。僕と沙夜さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でフリーズを起こす。


 ナニイッテイルンデスカ?理解不能な言語と認識。エラー、エラー。エラーコード85Eを参照して、異常を取り除いてください。異常が復旧しない場合は保守担当者に連絡をしてください。


「あ、浩介が壊れた。おもしろーい!あ、そういえば85のEって沙夜の…。」

「いきなり貴女何言いだすのよ!」

「別にいいじゃない。牛みたいで。」

「はぁ。貴女そんなこと言ってて悲しくならないのかしら?」


 あまりに突然のデートのお誘いに僕の頭はクラッシュしていたようで、その時に口走った事が、思わぬ方向に飛び火していく。そうか、沙夜さんはEなんだ…。具体的な記号を聞くと、ついついそちらに目がいってしまうのは年頃男子の性。


「気になってしまうのは分かるけど、そこは紳士に徹して欲しいものね。」

沙夜さんは顔を赤らめながら、両腕で胸元を隠すような仕草をしつつ僕を窘める。


「そんなことよりも、私とのデート!」

僕と沙夜さんの間に奏が割り込んでくる。どうあってもデートまではもっていきたいらしい。しかし、困ったな。クリスマスデートなんて、状況的にはカップルがするものと思っていた。本人たちはともかく、外野から見てそう映ると非常に厄介なことになる。街には確実に学校の連中がいる。


「そう言えば浩介さん?先生から年内は自宅療養と言われてなかったかしら?」

沙夜さんも同じことを思っていたのか、助け船を出してくれた。実際には先生からは何の節制もなし。フリーダムなのだが、ここはこの流れに乗ろう。


「そうでしたね。年明けの初詣とかからはいいんですけど、一応葛城と約束しているので、みんなで集まっていくのはどうでしょう?」


実際には約束をしていないが、葛城ならすぐに約束できるだろうとタカを括り、僕は男女2名ずつの4名での初詣を提案する。


「いいわね。浩介さんと初詣。振袖で行くわ。」

「いや、私は二人で行きたいんだけど。葛城君とか邪魔だし。沙夜も。」

「嫌がるのもおまけみたいに言わないでもらえるかしら。」

「先約の葛城をないがしろにするなら、僕は葛城と行きますよ。」


嫌がる奏もこう言うとさすがに黙ってくれたので、今回は奇妙な4人で初詣に行くことで落ち着いた。年内に僕がスマホを買いなおすまでは、二人とも家には来ない事でまとまった。


外には雪がちらつき始めていた。今年ももう、終わろうとしていた。

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