第24話 シェア・メモリーズ
ピンポーン。
玄関の呼び鈴が鳴る音がした。パタパタと母さんがスリッパの音を立てて、玄関に向かっていく。僕はその音を聞きながら、目の前の沙夜さんを見ていた。先ほどまで感じていた温度差の事を考えながら。
沙夜さんはとにかく綺麗だ。男として、こんな人が彼女で、横に並んでくれて、更には勉強も見てくれる。その上に将来の話、つまり結婚願望まで持ってくれている。昨日はキスの件もあり、舞い上がっていた部分があるが、やはり一緒にいた時間の思い出がない分、その熱が長くはもたない。気持ちが追い付かないのだ。
そんなことを考えていたら、不意に僕の部屋のドアが開いた。何事かと思ってそちらを見ると、そこには大きなリボンでポニテにしている女の子と母さんの姿がそこにあった。
「かなちゃんも来たけぇ。はい、どうぞ入りんさい。」
「やっほー。元気そうで良かった。なんだ、沙夜もいたんだ。」
母さんに促されて部屋に入りつつ、月島さんは僕には笑顔、沙夜さんにはジト目で話しながら、沙夜さんから離れつつ僕の方を向いて座った。
僕の部屋に女子が二人もいる!落ち着け、落ち着くんだ。こういった時、どんな話題がいいんだ?そうだ、まずは服を誉めろと何かに書いてあった。だから月島さんの服を観察する。
150センチ後半の彼女は、ライトグレーのふんわりニットにダークグレーのタイトスカート。足元は黒のタイツで防寒対策。バッグは小さめの赤。落ち着いた配色だが、小物がアクセントになっているし、明るめの赤のリップがよく映えている。沙夜さんは綺麗。月島さんは可愛い。そういった感じがした。
「ごめん、部屋に女の子が二人もいるのが信じられなくて、何喋ったらいいか分からないんだ。」
僕は月島さんのファッションチェックをするだけして、結局ヘタレだった。
「私の可愛さに見惚れてたの~?」
月島さんはそう言って笑いながら言ってきた。図星を突かれた僕は、苦笑いをするのが精いっぱいだった。月島さんのことは、葛城から聞いていた。あの三つ編みメガネさんが、こんなに明るくて可愛いとは思わなかった。
「それで?なんで奏がここにいるのかしら?浩介さんが困っているわ。」
「は?それこっちの台詞なんですけど?てかいつの間に名前呼びなったし。」
「あら、私たち付き合っているのだから、名前で呼ぶのも、キスしたりするのも当然の事ではないのかしら?」
「は?キス?鱚は天ぷらにして、塩で食べるのがおいしいよ。」
「貴女、わざとそう言っているのよね。別にいいのだけれど。」
沙夜さんと月島さんの間で火花が散る。この二人の接点は、葛城も知らないという事だった。まるで沙夜さんが付き合っている事やキスをしたことを自慢しているかのようだった。なんと言うか、マウント取りたい!みたいな。
「沙夜さん。そんな風に言ったら恥ずかしいよ。」
僕はこの空気に耐えかねて、沙夜さんを諫めることにした。のだが。
「ちょっと待って。浩介、何であんたも名前で呼んでるの?」
今度は僕に矛先が向いてきた。なんだ、激おこな顔をされていらっしゃいます。
「えーっと、その、昨日名前で呼びたいって沙夜さんに頼まれて、それでこういう感じになりました。はい。」
僕は激おこな顔に負けて正直に話したのだが…。
「何それ。私、そんなこと許可してない」
「なんで奏の許可がいるの。付き合っている人同士が決めたことなのに。」
「私の方が名前で呼んでもらうのは自然だもん!」
沙夜さんが間に入ることでさらにヒートアップした月島さんが、僕の前にズンズンと足音を立てて進んでくる。完全に捕食者の目だ。
「いい、浩介。今から言う事で思い出しなさい。」
おでこが当たりそうなぐらい。というか、当たってます。という距離まで月島さんは近づいてきて、『ガン飛ばし』という名の目力を使ってきた。僕はコクコクと頷いた。そうするしか生きる道はなかった。
「12年前。かくれんぼ。迷子。大きな犬。守って助けた女の子。」
「何よそれ?」
「沙夜は黙ってなさいよ。あんたには聞いてない。」
なぞかけをしてきた月島さんと沙夜さんが鍔迫り合いをしているが、僕は今出てきたワードで思い出せることを探していた。
12年前。その頃は僕が5歳ぐらいの頃だ。その当時は外遊びを夕方になるまでしたものだ。缶蹴り、鬼ごっこ、かくれんぼ、靴飛ばし。いろいろやったなぁ。その中のかくれんぼか。迷子、迷子…。あぁ、かくれんぼでズルして遊び場の外に隠れて誰にも見つけてもらえない事があったなぁ。始めはしてやったりって思っていたけど、だんだん不安になってきて。そうだ、その時に大きい野良犬に襲われたんだっけ。怖かったなぁ。確か、その時は女の子も一緒にいて、その子がギャン泣きするから冷静になれて、この子を助けなきゃって頑張ったような気がする。結局は大人に助けてもらったんだけど。そういえば、あの子とそのあと遊んでないんじゃないかなぁ。
「どう?何か思い出した?」
記憶を辿っている僕を、月島さんは覗き込んできた。
「昔、今言ったようなことになったことがあったなって。」
「それでそれで?」
食い気味に月島さんが聞いてくる。
「その時に遊んでた女の子、その後どうしてるかなって。」
そう言うと、月島さんは僕の腕に勢いよく抱き着いた。
「その女の子、私だよっ!」
とても晴れやかな笑顔でそう言い切った。少し離れた所にいる沙夜さんは「そんなまさか」と呟きながら青くなっていた。
「あの頃から、ずっとこーちゃんの事、大好きだったんだよ。」
抱き着いた腕に、顔をスリスリしながら月島さんが言ってきた。こーちゃんという呼び方は、当時の遊び友達では、その女の子だけが言っていた。そうだったのか。という気持ちに僕はなっていた。
「あぁ、だから母さんもさっき『かなちゃん』って。」
「そういうこと。おばさん、すぐに思い出したけどね。浩介と違って。」
月島さんに鼻をつままれる。痛い痛い痛い。本気でそれをしたら痛い!
「だから、私も名前で呼んで欲しい!」
何がだからなのかは分からないが、鼻がトナカイになりそうだ。
「わかった、わかったから。じゃ、かなちゃんでいい?」
「子供っぽい。別のがいい。」
怒った月島さんにさらに強く鼻をいじめられる。
「ギブギブ!それじゃ、奏でいい?」
「よろしいー。正解。」
パッと鼻から手が離されて、ようやく解放された。それでも鼻が熱を持って、赤くなっていることは間違いないだろう。
昔遊んでいた子と再会した。しかもその子はとびきり可愛い。その事に僕は、彼女である沙夜さんよりも、自然な笑顔を向けてしまっていた。もちろん、その様子を見ていた沙夜さんは、握っていた手が、爪が深く手のひらに食い込むほど強く握っていた。その姿に気付いていない僕は、すれ違いを更に重ねてしまっていたのだった。
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