第20話 奇跡とその代償

 重い。体が鉛のように重い。

僕は、自分の体の重さに目を覚ました。


 ゆっくりと、目を開けた。真っ白な天井だった。そして口元と鼻に違和感を覚えた。視線だけ下に向けると、緑色の人工呼吸器のマスクが付けられていた。左右を見ると、見たこともない機械が並んでいて、リズムよく電子音を立てていた。


 頭の中に靄がかかったようになっていて、うまく僕の思考は働かない。こんな風に頭が働かないのはの経験で、僕は考えることを止めて再び眠ることにした。


眠りに落ちると、僕は夢を見た。


 「あぁ、君か。まだこちらが見えるとは。驚いたよ。出戻ってくるのは、私も初めての経験だな。」

真っ白な部屋に、一人のヒトが立っていた。床も、壁も、天井も真っ白な空間だった。若い男性の声に聞こえるが、顔も見えない。人型の何か、がそこにいた。


 「ここで見たこと聞いたことは、どうせすぐに忘れるわ。」

ドアも何もないこの部屋に、同じよな人型の姿がもう一つ現れる。今度は若い女性の声がだった。2つの人型を言い表すのは難しいので、ひとまず男と女と僕は勝手に定義した。


 「いつも言っているでしょ。魂は入荷したらすぐ洗濯機に入れてって。」

女はまるで洗濯物を扱うように、僕の方を指さすようにして言ってきた。まぁ、指なんてなくて、腕がこっちに向いているような。魂って、入荷するんだ。それも驚きだが、なんだか、いろいろと信仰の土台を壊している気がする。


 「そうやって気まぐれでちょっかい出すから、いつも後片付け大変なのよ。」

女はプリプリと怒っているが、男はまるで気に留めていないように答える。


 「じゃ、君はあの子につながっている糸が気にならないのかい?私はとても興味があって、この先を見てみたいと思ってしまったのだよ。」

男はそう言って僕の方を向いた。その顔は何もなかった。表情すらない、ただの影のような存在がこちらを向いていた。


 「それは、まぁ。分からなくもないわ。でも、出荷の数が合わないのよ。どう帳尻を合わせるつもりなの?それが分かるまで、この子はリリースさせない。」

女はプリプリとまた怒って男を問い詰めていた。だが、男の方は何も気にしていない。


 「足りない分は、適当に理由付けて欠品で納品してよ。最近はそう簡単に下の子供たちは再生産をしないのだから。どうせ数が余る。」

男は女の話など興味が無いようで、ずっとこちらを向いていた。顔のない体でも、不思議と視線は感じ取ることができた。男の興味は、僕に向いているのだと。


 「君はこの後、今のやり取りとかは全部忘れてしまうけど、君には普通の魂よりも太く美しいえにしの糸が絡みついている。だからまだ君はこちらを通って、人生のやり直しはさせない。」


 そういうと、男は手を挙げた。


 ガコン。と音がして白い床に黒い線が走り、徐々にその黒が大きくなった。その黒の上にいた僕は、体が下に引っ張られる感覚がして―。


 暗闇に足から落ちていったのだった。


 長いウォータースライダーに乗っているようだった。右に向いたり、左に向いたり、ひっくり返ったり。速い川の流れに飲み込まれた木の葉のように、僕は暗闇を流れていった。


 やがて、光が見えてきた。光る出口に足から滑り込むように突っ込んで―。


 僕の目は、カッと開いた。眩しさに目が眩む。徐々に光に慣れてきてた。そうして見えてきたのは、真っ白な天井だった。そして、鼻に違和感を覚えた。視線だけ下に向けると、緑色のチューブが付けられていた。左右を見ると、よく知っている母さんと葛城とが僕のことをのぞき込んでいた。


あれ?どうして僕はそもそもこんな状況になっているのだろう?部屋のベッドでもないし、母さんの目は真っ赤に腫れあがっている。葛城も心配そうにしている。あとの女の子二人も目が赤くなっている。誰だろう、この二人。


 美少女のうちの一人は、腰までありそうな黒髪ロングに、切れ長の目と同年代では目を引く大きさの胸元をもった人だった。女王様って感じがする、綺麗な人だ。


 もう一人は大きなリボンのシュシュを使って、ポニーテールにした、薄めのメイクがいかにも女子高生!という感じがする。とても可愛い子だと思った。女王様に比べると、少し控えめだが十分なサイズ感の胸元なのも可愛らしい。


 「焦ったぜ、浩介。お前全然目を覚まさないからよ。」

葛城が僕の方を見て、心配そうに話しかけてきた。どうやら、僕は何かの理由で倒れたか何かしたのかもしれない。


 「あぁ、ごめん?僕自身どうしてこうなったかわかってないのと―」

そこまで言って気づいたことがある。どうしてみんな長袖なんて着ているのか?今は夏休み前の7月だというのに。日焼け対策にしては厚着すぎる。


 「なんでみんな長袖なの?夏なのに。あと、そちらのお二人は?」

僕がそう続けた途端、場が凍り付いた。特に、女子二名から血の気が引いていく。僕は何かとんでもない地雷でも踏んでしまったのだろうか。


 「おいおい、落ち着けって!今日は12月20日。もうじきクリスマスだぜ?」

葛城に肩を叩かれる。そんなはずはない。僕は昨日もテスト勉強をしていたのだから。夏休みも過ごしていないし、文化祭だってやってない。そんな状態でクリスマス?葛城のやつ、ドッキリ下手だな。信じない僕に母さんが携帯を見せてくる。


 「しっかり見な。今日は本当に12月20日。あんたは車に轢かれて、2週間近く意識が戻らんかったんよ。」

母さんの携帯には、しっかりと『12月20日』と表示されていた。母さんはわざわざ時計をいじってまで、こんなドッキリはしない。だから、それは本当なのかもしれない。でも、信じられない。


 「ねぇ、浩介。同じクラスなのに、私のこと覚えてないって、嘘…だよね。」

ポニーテールの子が恐る恐る聞いてきた。そもそもこんなに可愛い子がいたら、毎日がハッピー過ぎて、学校に行きたくなるじゃないか。だが、残念ながら僕はこの子を知らない。だから僕は首を振って否定した。


 「お、おい!浩介どうした?お前の席の後ろじゃねーか!?」

慌てた葛城が身振り手振りでジェスチャーしながら言ってくる。何言ってんだコイツ。エロの見過ぎでイカれたか?


 「じゃ、お前の自慢の彼女を忘れることはないだろう!?」

葛城が指さす先には、黒髪ロングの女の子。あ、でもこの子は見たことがあるかもしれない。確か上級生で、連続で告白断っている人。


「確か、上級生で告白断りまくっている人だよな?そんな人が僕の彼女?そんなわけないじゃないか。頭大丈夫か?葛城。」

「頭がおかしくなってるのはお前だ浩介!どうした。全校放送使って告白したのも忘れたとか言わせんからな!」


 興奮した葛城がいろいろと言っていたが、次の僕の一言で静まり返る。


 「そんな恥ずかしいことするわけないじゃないか。馬鹿にすんな。」


 水を打ったような静けさという状況を僕は初めて経験した。




   ここからが本当の


      わたしたちの3人の


          物語の始まりの瞬間だった―

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