第19話 人生のセーブポイント

 「母さん、ごめん。ちょっとコンビニ行ってくる。」

そう母さんに声をかけ、僕は家を出た。時間は深夜帯にもなる22時を過ぎていた。人生はいつでも選択の繰り返しで、そこには幸運を持っているかどうかも重要なのだという事を、今日の僕は身を持って感じることになる。


 コンビニまでの道のりは大したことない道だ。歩き慣れた道を、気晴らしに歩いていく。冬の12月の夜は寒くて、吐く息が白くなる。ただ、キンと冷えた空気は考え事をしていた頭にはとても気持ちがよい。先輩とのこともようやく解決の糸口を見つけることができそうだった。それが嬉しくて、ウキウキだった。


 幹線道路沿いを歩いて進んでいくと、反対側に目的のコンビニが近づいてくる。この時間になると、交通量もグッと減ってくるので、つい信号無視をしてしまう人が多いのだが、信号無視をして事故にあう人が多い事を僕は地元民として知っている。だから、面倒でも信号が変わるのを待つのだ。


 信号を待っている間も、僕はスマホを片手に大学情報を探していた。自分の未来と先輩との未来を繋げられる大学を探し、そこに入学するために。2年生の12月に志望校を全く絞り切れていない学生は、どちらかというと少数派だろう。


 信号が変わった気配がして、僕はそのまま歩きスマホで歩き出す。おっといけない、小さな段差に躓いてしまった。だが、そこは若さでカバー。バランスをすぐに取り直して、何事もなかったかのように渡りきる。


 コンビニに買い物に来たのは、少しおやつが欲しかったから。適当なチョコ製品とスナック菓子を少しだけ買って、すぐにレジへ。最近は立ち読みをできるようなコンビニは減ってしまった。コンビニも商売だし、立ち読みだけでずっと居られるのは困るだろうから、僕は買うだけ買ったらすぐに出るようにしている。



 今思えば、ここまでの選択から何かを学べば良かったのだ。無意識に選んでいる選択の結果を基に。だが、僕は勉強ができない人だったようだ。



 いつものように、コンビニでの買い物は目的買いで数分で終わらせる。そして来た道を、同じように帰っていく。来た時と同じように、信号待ちをした。来た時と同じようにスマホで大学を調べていた。


 そして、来た時と同じように信号が変わった気配がして、スマホを見つめたまま歩き出した。それが全ての間違いだった。選択ミス。バッドエンドのフラグを立てた瞬間だった。


 スマホの画面に視線を落とした僕は、左右の確認などしていなかった。気が付いた時には、眩しい真っ白なLEDヘッドライトが僕の膝に直撃して、膝を粉砕していた。スローで動く僕の視点はゆっくりと右に傾いて、直角になる手前で車のフロントガラスにぶつかった。


 グシャ。と音を立てて壊れたのは、ガラスだけではなかった。喉元からも聞こえた。首の骨がやられた。僕にぶつかった車はノーブレーキだったらしく、僕の体はそのまま宙を舞う。天地が逆さになり、地面に叩きつけられた。僕の意識は、そこで消えてなくなった。真っ暗にブラックアウトして消えてしまった。


 どれぐらい時間が経ったのかは分からないが、僕は目が覚めた。だが、そこは全く何もない場所だった。一面の白。ただ、白い世界に僕は立っていた。果てしない白の世界は、地平線も感じられない。そんな空間に僕は佇んでいた。


 しばらくして、僕の足が動き出す。いや、動いているのだ。僕の意思ではなく。さっき車にぶつかられて砕けた膝が動いている。その事にも驚きを隠せない。


 歩くこと数分ほどか。突然、一脚の椅子とテーブルが現れた。椅子がひとりでに動き、体が吸い寄せられるようにその椅子に座る。。椅子に座ると、どこからでもなく声が聞こえた。


 「おめでとう。君は今年100万人目の死者(仮)だよ。」

若い男性の声のようだが、姿は見えない。周りを見渡しても人の姿は見受けられない。それよりも僕はやっぱりという事実をこんな形で知ってしまった。


 「あ、一応君はまだ厳密に言えば死んではいない。ほら。」

そう、声の主が言う。すると、何もない白い世界に映像が映る。そこには、たくさんの機械が繋がれた姿があった。ドラマで見る、集中治療室的な感じのように見える。というか、恐らくそうだ。


 「とはいえ、このままだとあと6時間もすればこっちの人だけど。」

声の主は飄々と人の事を言ってくれる。文句の一つでも言ってやりたいが、なぜか声が出ない。それに体も動かない。


 「ここで私たちは、死者の御霊を清めて、下界したに戻しているんだけども、毎日同じことの繰り返しだと面白くなくてね。キリ番の人には、ちょっとした奇跡と一緒に私たちを楽しませてもらっている。」

声の主は、悪びれる様子もなく、続ける。


 「君だってそうだろう?まだ、死にたくはないだろう?」

それはそうだ。まだ僕は先輩と仲直りしてない。こんなところで死んでたまるか。先輩との思い出をまだまだこれから作っていくんだから。奇跡でもなんでもいい。僕はまだ生きていないといけないんだ。


 「そうか、君の大切なものはそれかい。」

ぬめっとした風が僕の体に纏わりついた。気持ちが悪かった。


 「やはり君は面白そうだ。君を助けてみよう。」

声の主がそう言うと、不意に体が重くなった。それと同時に下に引っ張られるような感覚。そして次の瞬間、僕は暗い闇に落とされていった。


 「奇跡の代償は、君の大事なものを貰っていくとしようか。これからどんな風に君が君自身を取り戻すのか、文字通りの高みの見物をさせてもらうとしよう。」


そう声の主が話していることも知らず、僕は大事な何かを失いつつ落ちていった。




 『本日22時過ぎ、酒気帯び運転で信号無視をした車と、信号を渡っていた歩行者との事故が発生いたしました。被害に遭ったのは、近くの高校に通う志賀浩介さん17歳で、現在病院に搬送されていますが、頭を強く打っており、意識不明の重体とのことです。現場は見通しのよい…』


 私がお風呂からリビングに戻ると、たまたまつけていたテレビのニュースで速報が流れていた。私の足から力が抜けて、膝から私は崩れ落ちた。もう、ひと月ほど連絡は取っていなかったが、遠巻きに顔は見ていた。その彼が、事故に遭った。しかも、意識不明の重体。


 私はひどい目眩を感じながらも、急いで携帯を探した。そしてブロックを解除して、メッセージを送った。祈るような思いだった。どうか別人であって欲しい。現実逃避の為に彼にメッセージを送り続けた。が—


 私は眠ることも出来ず、ただひたすらに祈った。けれど、普段ならすぐに付く『既読』の文字が、翌日の朝になっても一切付くことはなかった。これが現実だったのだ。

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