第17話 好きと恋と愛

 なぜ、こうなってしまったのだろう?

僕は今、不法侵入同然で入ってきた級友に看病をされ、その人に進路希望に記入したことを強く指摘されている。


 「えっと、別に奏には関係ないことだと思うけど。」

僕は思ったことをそのまま奏に伝えた。実際奏には全く関係のない話だ。最近、先輩とうまくいかない理由もこの進路希望のせいだ。別に来年決めればいい話じゃないか。


「浩介、それ本気で言ってるの?自分がここに書いていることが、どれだけ自分勝手な考えなのか。本当に分かってて言ってるの?」

奏は悲しそうな目をしながら僕のほうを向いた。そんなにおかしいことを書いているつもりはない。今、僕が思う本心を書いている。


「高校を卒業したら、就職しようと思うことはいけないことなのか?」

僕は自分が第一希望に書いていた内容を奏に問いかけてみた。すると、奏がこう問いかけ返してきた。


「理由なんて見えてるけど、一応聞く。なんで就職なの?」

僕の次の答えなど、お見通しと言わんばかりの態度だった。


「一番早く、先輩と一緒にいられる方法だし、就職なら秋口には決まることも多い。そのまま卒業前に働くこともあるらしいけどね。」

僕は、昨日の喧嘩になった時と変わらない思いを奏にぶつけた。昨日の先輩にはコテンパンにされたが、奏なら分かってくれるかもしれない。そんな甘い考えがあったのかもしれない。


「そのバカ丸出しの話、あの人にもしたの?」

奏の眼が、僕の甘い希望を無残に砕いて霧散させていく。また熱が出てきたのだろうか、寒気がしてきた。それほどまで、僕の考えは間違っていたのだろうか。


「浩介の考えの中心は『その人と一緒にいる時間』が中心よね。」

奏は椅子に座って、足を組みながらこちらに向き直して続けた。


「それで?あの人も同じ時間を過ごすことを望んでいたの?私はそうは思わないけど。あの人は後夜祭でも言ってたわよ。『お荷物にはなりたくない』ってね。浩介ってさ、この言葉の意味わかる?」


 確かに言っていた。でも、僕はお荷物だなんて思っていないし。それは事実だ。特に行きたい大学などもなかったし、なりたい職業だってない。それなら、好きな人との時間を最大限確保できる方法を取るべきだと僕は考えていた。だが、僕はそれを奏に向かって話すことができなかった。いや、話せなかった。今のこの部屋を覆う空気が、僕の浅はかな考えを真っ向から否定していた。


「仮に、よ。あの人との間に今子供ができた。そして産む気でいる。そういうことなら、就職するしかないと思う。そこには責任と愛があると思うから。」


奏はそのまま話し続ける。


「でもね、今の浩介の就職の選択は、好きな気持ちで悪戯してる小学生と同じだよ。そんなことされても全然うれしくないし、自分の存在のせいで間違った将来の選択をさせてしまった。そう私があの人の立場なら思う。」


そう言うと、奏は背中を向けてしまった。確かに、そういう考え方もあるかもしれない。いろいろな考え方に触れることは重要だと思う。けれど、僕はやはりできるだけ同じ時間を過ごせる方法をとりたい。


「そうかもしれない。でも、僕は先輩といる時間が大切で、それが一番大事なことだって思ってる。」

僕の気持ちを奏の意見を無視して伝えたところで、爆発した。


「いい加減にしなさいよ!」

奏の感情が、爆発した。


「黙って聞いていたら、『僕は僕は』って。浩介の気持ちはそんな数日で離れるものなの?そんなに我慢できないの?私は12年!12年待ってきた。その間も、もう一度会った時のためにずっと努力してきた。可愛くなろう、綺麗になろう。そうすれば、見つけてもらえる。私の思いを届けられるって。」


奏は、怒りながら泣いていた。大粒の涙を流しながら、悔しそうに続ける。


「大好きな人と一緒にいる時間が、楽しくないわけないじゃない。離れたいわけ、ないじゃない。それでも大事なことは外して欲しくないのよ。」


奏の想いは止まらない。次々に気持ちが溢れ出してくるように。


「私もあの人も、浩介のことを!一生浩介と一緒に歩いていきたい!でも、そのことを浩介は目の前のことしか見てくれていないから、不安で押しつぶされそうになる。目の前にもっと気になる存在ができたら、きっと私たちは捨てられるって。」


そう一気に奏の思いを出し切った後、奏は部屋のドアに向かって歩き出す。僕は、なんて言葉をかければいいのかわからずにいた。


ドアノブに手をかけて、奏は半身をこちらに向けた。


「本当は、今日であの人のことを諦めてもらって、私の方を向いて欲しかったけど、私が今の浩介は愛せそうにないから。」


と、哀しい目をして言ってきた。



「好きと恋と愛って全部違う意味だから。よく考えてみて。」

最後に一言、奏は言葉を残して部屋を後にした。残された僕は、自分自身のことなのに、自分の気持ちがわからなくなってきていた。いつの間にか、体調のことなど忘れるぐらいの衝撃を僕は受けていた。






『好き』

心ひかれること。気に入ること

片寄ってそのことを好むさま。物好き


『恋』

特定の人に強くひかれること。また、せつないまでに深く思いを寄せること


『愛』

性愛の対象として特定の人をいとしいと思う心。互いに相手を慕う情。


 奏が部屋を出た後、僕はまずは国語辞書を引いていた。言語としての意味の再確認から行っていた。それでも、僕の心の在り様はよくわからない。


「ただいまー。」

僕が机に向かって考え込んでいると、母さんが帰ってきたようだ。ズンズンと大きな足音を立てて、僕の部屋に一直線で向かってくる。


「何かなちゃん泣かしとんじゃ!」

バンッ!とドアを勢いよく開けた母さんは、そのまま鬼の形相で僕の胸倉を掴み上げ、睨みつけてきた。


「女の子泣かすような育て方、わたしゃしとらん。何したんか早よぅ吐け。事と次第によっちゃ、加減せんで。」

ギリギリと本気で僕のことを締め上げる母さん。完全にキマっていて、喋ることができないため、その手をタップして伝える。


「はぁ、はぁ。何もしてないよ。進路の件で何でか怒って、それで帰った。」

僕は掻い摘んで事の次第を母さんに話した。そして母さんにも進路の事を聞かれ―


「ええ加減にせぇよ!このバカ息子がぁぁ!!」

と、物理攻撃メインでフルボッコにされました。顔の原型がよく分からなくなる頃にようやく解放されました。

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