第15話 母にアホとバカと言葉攻めされてます

 「あんたアホじゃろ。ずぶ濡れなって帰って、そのままおるとか。」

朦朧とする意識の中、僕の母親は地元言葉を全開に呆れているように聞こえた。ただ、どこか遠くで話しているようにしか聞こえない。


 「アホですよ。どうせ。」

僕は絞り出すように答えると、部屋の明かりで目が痛いので、目を閉じた。ピピピと電子音を立てて、体温計が検温が終わったことを告げる。げ、38.5度もありやがる。キツイわけだ。


「あらま。結構熱出てるんじゃね。でもまぁ、そんだけ減らず口叩けるんじゃけぇ、母さん仕事行くわ。あ、学校は休みんさいよ。」

口調は方言の問題で荒いように感じてしまうが、普通に心配はしてくれていた。起き上がる気力もないので、言われなくても無断欠席するつもりだった。母はさくっと担任に「バカなのに風邪ひいたバカ息子」とライーンを送って欠席の連絡をしていた。事実なので、今日の所はスルーすることにした。


 「大方、女絡みなんじゃろ?死んだ魚の目で帰ってきて。ま、考える時間は沢山あるんじゃし、しっかり悩みんさい。ご飯はおかゆとかさっきコンビニで買っといたから。あんたもう高校生なんじゃし、多少しんどくても自分でしんさい。」

それじゃねー。と手をヒラヒラさせて出て行く母。まぁ、バリバリに働いているし、こればっかりは仕方ない。一応、課長らしいし。よく分からないけど、役職持ちって休めないらしいし。


 こうして僕は、一人で過ごす風邪生活を始めた。なぜこうなったかはまぁ、すごーく、すごーーく簡単な話。昨日の先輩の話のあと、僕は先輩に言われたことがショックでどれぐらいかはわからないがずっと雨に打たれていた。そして家に帰って、そのまま座っていたら朝になっていて、そして今に至る。


 「とりあえず、何か食おう。」

のそのそとベッドから這い出て、リビングに向かい、レトルトのおかゆをレンジに放り込んだ。それを待つ間もしんどくて、僕は机に突っ伏した。



 同時刻、三穂野が丘高校。


 浩介が風邪で休みということがHRで明らかになる。私の目の前にいつもあった背中がない。浩介がいない学校なんて、いても仕方がないのに。それだったら、仕事でもしてた方がよっぽど生産的だと私は思う。


 「今日は進路希望調査の締め切りだからなー。とりあえず肩肘張らずに思うまま書いて出せよー。ざっくり方向を決めるのが今の趣旨だからな。」

担任が業務連絡をしている。進路希望ねぇ。浩介のを見て、それをトレースするつもりだったしなぁ。その浩介もいないし、どうしよかなぁ。って、そうよ、その手があるじゃない。HRが終わったら作戦開始ミッション・スタートね。


 「せんせー、私今日お昼から撮影あるの忘れちゃってた。ごめんねっ。」

HRが終わると、私は担任にすり寄って、『仕事』を理由に早退をする手筈を整える。仕事は事務所のマネージャーに管理を任せているが、もちろん根回し済。先生が問い合わせをしても「連絡漏れで申し訳ございません。」と完璧な返答を前にしては、先生も不審には思わなかったらしい。すんなりと早退許可がでた。


 「みんなごめんねー。明日のノートよろしくっ!」

私は、みんなにウインクをしながら、午前の授業が終わると教室を出た。39度ぐらいの熱があるって先生言ってたし、たぶんそれじゃ動けないから何も食べて無いだろう。浩介の家に行く途中に少し材料を買って行こうかな。


 「まぁ、ここは定番どころかなぁ。」

浩介の家に突撃をする前に、立ち寄ったスーパーで私は果物をいくつかと簡単な雑炊などの材料を買っていた。調味料とかは借りるとして、うん。こんなものね。私はかごの中身を見ながらレジに並ぼうとした。


 「あら?もしかしてかなちゃん?」

レジに並ぼうとしていた私を、お店の女性が呼び止めてきた。


「えっ?わたしですか?」

自分で自分を指さしながら、一応警戒のポーズ。


「そうそう、あなた。宮國みやくみ…今は月島さんか。のとこのお嬢さんでしょ?」

と、女性はあごに指を置き、思い出すようにしながら私に言ってきた。宮國とは私の昔の苗字だ。私のその名前を知っている人は今となってはあまりいないはずなのに。そう訝しがっていると。


「あー、余所行きで喋るけぇわからんかったんじゃろ?覚えとるかなぁ、浩介と昔よく遊んでくれとったじゃろ?」

急に話し方が変わった女性を私は思い出した。この人、浩介のお母さんだ。よく見ると、名札に『志賀』と書かれている。もっと早く気付こうよ、私。


「すみません。急に声をかけていただいて、驚いてしまっていて。」

「ええんよ。猫被ったおばさんの事なんて忘れてても。」

「いや、そんなことは思ってないですから。」

しまった。初手をミスったわ。浩介のお母さんなんて、超重要物件じゃない。こんな所で会うなんて思っていなかったから、油断してた。


 「それで、ちょっと聞きたいんじゃけど。」

そう言って、浩介のお母さんは私に耳打ちをしてきた。


「あんた、なんでこんな時間にスーパーで買い物なんてしとん?しかも制服じゃし。それにそのかごの中身、もしかして?」

あ~~~~!しまった。サボって突撃することがまさかの親バレ。不真面目な女がが近づいてくるなんて、お母さんにしたら嫌に違いない。


「あの、そうです。今日は私用でもともと早退の予定があって。かごの中身は、その、うちの母の具合も少し悪くて。」

私は、咄嗟に自分の母に向けた食材とウソをついた。


「てっきりかなちゃんがあのバカと付き合ってて、看病に来たんじゃ。って思ってたんじゃけど。ちゃうんかぁ。」

お母さんが盛大に勘違いをしてくれている。お母さんはそのまま喋りだす。こういう年代の方々は往々にしておしゃべりだから、勝手に情報を吐き出してくれる。


「ここ最近。9月ぐらい?からあのバカの部屋から気持ち悪い声が聞こえてくるんよぉ。妙にウキウキしとんよ。これは女できたなぁ。いきなり孫は困るわって。そう思ってたんじゃけど。あ、それが昨日ずぶ濡れになって帰ってきてな。そのまま体育座りで一晩おったけぇ、風邪ひいて寝込んでるんじゃけど—。」

そこまでお母さんが言って、はたと我に返る。


「って、かなちゃんが彼女だったら全部知ってる事じゃな。」

「いえ、全部初耳ですけど—」


「私が看病してきますから、黙って部屋の鍵を貸してください。」

私は、お母さんの言葉の影にあの女の影を感じた。あの女のせいで浩介が寝込んだなら、許せない。直接浩介を問いただすために、私はキョトンとしているお母さんから鍵を受け取り、足早に浩介の家に向かった。毎日クーグルマップで見つめていた家に向かって—。

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