第13話 楽しい時間は予定が狂うもので

 「よかったよぉ~。上手くキャンターも出来たじゃないぃ。」

ぐっ!とサムズアップをしてくれるインストラクター。だが僕は腹筋と背筋が限界を超えていて、リアクションを取ることもできないでいた。


 「二人が初々しいから、みんなアツくなったようだな。お詫びに、予定にない食事はどうだろう?もちろん、俺がご馳走したいんだが。」

疲れてフラフラの僕に、支配人がこう言いながら近づいてきた。時計を見ると、予定の1時間を大幅に超えて、もう12時になろうとしていた。今は動く気にもなれないので、先輩の方をチラリと見る。「任せる」という目だと思ったので、ご厚意を受け取ることにする。が、一応まずは断ろうと思う。


「その、なんだか申し訳ないです。時間までオーバーしていますし。」

「気にしないで構わない。それにだ。」

支配人は僕の肩を抱き、耳元で小声で話を続けた。

「お前、そんな疲れた顔じゃ、この後彼女が楽しめないだろうが。デートなんだろ?いいから黙って食え。これで『はい、終わり』じゃないんだろ?」

そう言って終わると、支配人は僕の背中を「ガハハ」と言いながらバシバシ叩いてきた。支配人もこの状況を楽しんでいるようなので、このままお言葉に甘えることになった。


「こんなによくしていただいて、本当にいいのかしら。」

クラブハウスのレストランで、食事を頂いて、今は食後のお茶まで頂いている。僕はコーヒー。先輩は紅茶をそれぞれ飲んでいる。とても落ち着いた時間を過ごしていた。


「まぁ、新しいプランを思いついたからそのお礼だと言っていましたし。」

支配人は「カップル向けのショットプランも面白いな。」と言いながら本気でデートコース入りを考えているようだったし。結構安い料金で遊ばせてくれるようなことを言っていた。


「それじゃあ、そろそろ次の場所に行きましょう。」

先輩のカップが空になったことを確認して、次のイベントに向かうことにした。頷く先輩の手をさり気なく握って、レストランを後にする。


 次に向かうのは馬房だ。ここで次は馬ににんじんを与えることができる。本当は小学生の遠足組が来ている予定だったのだが…。すまないキッズ達。相手がポニーになってしまった子供たちに心の中で詫びた。


「おお!来たか。待っていたよ。」

馬房につくと、支配人が女性の方と一緒にいた。あ、この女性はさっき先輩に道具をつけてくれた人だ。挨拶をしながら、僕たちは二人の元に行く。馬房の近くは、やはり動物らしい空気が漂っていた。こればかりは仕方がない事だ。


「されじゃ、さっき頑張ってくれたこの子達に、ご褒美をあげてください。」

女性の方が、バケツに入ったにんじんを手渡してくれる。結構な量が入っていて、バケツはかなり重い。これを軽々と持っている女性の細腕に僕は驚いた。


「ご褒美をあげるときの注意点は、ある程度のところで手を離すことです。怖がってずっと餌を持っていると、1馬力で噛まれますから。痛いですよ。」

そう言って一本にんじんを持って馬の顔の前に出す。ボリボリと小気味いい音を立てて、馬がにんじんを食べていく。半分ほど食べたところで少し押し込むようにしながら手を放していた。


「とまぁ、こんな感じです。それじゃ、やってみましょう。」

女性の声に従って、僕はにんじんを手に取ってみた。すると馬の首がにゅーっと伸びてくる。そんなに好きなのか。早く食べたくて必死に伸びてくる様子が面白い。口元ににんじんを出すと、ボリボリと食べていく。おお、振動がすごい。


「ふふ、そんなに慌てて食べなくても。まるで誰かさんにそっくりね。」

先輩の方を見ると、先輩は既に手慣れた様子でにんじんを食べさせると、手を放したときに馬の鼻筋や首を撫でていた。いいな、お前。僕はまだ撫でてもらった事はないんだけど。馬にジェラシーを感じる僕は、器が小さいのかもしれない。


こうして、ワイワイと騒ぎながら僕たちは餌やりに夢中になっていた。


「こうしてあの二人を見ていると、昔を思い出すわ。」

「あぁ、俺もそう思っていた。昔の俺たちみたいだな。」

「ちょっと、もう。何急に甘えてきているの。あの子たちに見られるわ。」

支配人たちが僕たちを見て盛り上がっている、その時。


「!!い、痛たたたたっ!」

ちょっと馬に対して背中を向けたら、肩を1馬力で噛まれたのだ。すごいパワー。すぐに駆け寄ってきた支配人夫妻によって、1馬力の圧力から解放される。


「あら、この子が構ってほしいって甘噛みするなんて珍しい。さっきのは「届かない所が痒いから掻いて欲しい」っていうことよ。」

そう言って、ブラシを取ってきた。後で聞いた話だが、これは馬同士で普通にすることで、悪気はないらしい。ちなみにさっきので甘噛みらしい。ものすごく痛かったのに。




「今日はありがとうございました。すごく楽しかったです。」

時刻は16時を少し過ぎたころ。当初の予定では12時過ぎには出ている予定だったが、予想以上にいろいろと体験させてもらえて、充実した時間を過ごした。


「また、遊びに来て。」と言葉を頂いて、僕たちは三穂馬事公苑を後にした。


「今日は、予定が随分変わっちゃいましたけど、どうでした?」

帰りのバスの中で、僕は先輩に尋ねていた。


「ええ、とても楽しかったわ。貴方ってば、カッコいいと思ったら、急に噛まれたりして。普段見れない貴方を沢山見れたから、私は大満足よ。」

「よかったです。当初の予定だと、もう一つ行きたいところがあったんですが。」

「そうねぇ、でもごめんなさい。今日これ以上楽しくなると私、帰りたくなくなりそう。だから、今日はこれで帰りましょう。」


「帰りたくない」という言葉にドキッとしたものの、駅に着く頃は17時。高校生の初デートで夜まで引っ張りまわすのは、ご両親の心象もきっとよくない。そう思った僕は、先輩の言葉に従った。駅まで移動して、電車を見送ってから帰途に就いたのだった。


 一方、その頃—。


「ちょっと、あの子。もう8回も延長しているけど…。」

「あれじゃない?待ち合わせでずっと待ってますとか?」

「何よそれ、メゾン復刻じゃない。」

「待ち人が来ても、修羅場の予感しかしないわ。」


浩介が行く予定だった猫カフェに、奏の姿があった。そう、本来のスケジュールなら、ここに13時~14時には浩介と沙夜は来ていたはずであった。けれど待ち人は何時まで経っても来ない。


「キャー、どの子も可愛すぎて、私帰れない~。」

12時過ぎからすでに5時間近くになる。先回りして、後から来た浩介たちに絡んで、デートの妨害と自分自身が楽しむために潜入したのだが、結果は見ての通り。気合を入れてきた服は猫の毛だらけ。さらには、延長を重ねる度、店員のヒソヒソ声が大きくなるのを奏は歯ぎしりをしながら耐えていた。


「なんで来ないのよ。おかしいわ。浩介が嘘のメモを作るとも思えないし。」


残念な奏はそのまま、「帰った瞬間に来たら嫌。」と閉店まで居座り、店員達にメゾンさんと呼ばれていたことは、今後も語られないエピソードとなった。

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