第12話 風になりたい

 10月の週末。今日はいよいよ先輩とのデート当日。この日のために僕は色々とない頭を使って考えてきた。待ち合わせは10時に三穂野が丘駅。現在の時刻は9時10分。完璧な時間に僕は現地入りして、先輩の到着を心待ちにしていた。デートプラン、気に入ってくれるかな。楽しんでもらえるかな。不安と期待が交互に僕の胸を締め付ける。事前に先輩には「結構動くので、パンツスタイルで」と服装の指定をしていたが、どんな服装で来てくれるのだろうか。何もかもが楽しみで、僕はその場でそわそわしながら先輩を待つことにした。


 「あら、待たせてしまったかしら?」

時間よりもかなり早く、先輩の声がした。振り向くとそこには初めて見る先輩の私服姿があった。思わず全身を見つめてしまう。


 足元は黒のパンプスに黒いスキニーデニム。健康的な足のラインがグッとくる。トップスは白のノースリーブブラウスに、かなり細めの黒ネクタイ。胸元はラフに緩めていて、かわいらしいハートのネックレスがチラリと見える。髪は普段のストレートではなく、文化祭の時のアップ。左腕にはピンクシルバーの時計。右手には羽織るための黒ジャケットを持っている。


 「ど、どうかしら。普段はスカートの事が多いから、変じゃないかしら?」

恥ずかしそうに僕に感想を求めてくる先輩がとても可愛い。モノトーンで統一された服装は、大人っぽさがあって、先輩より先生と呼びたくなる。


 「とても綺麗で、カッコよくて、照れてる姿は可愛いです。」

誉めスキルがゼロの僕は、ありきたりの言葉でしか返せなかったが、先輩は「ありがとう」と言うと僕の手を取って歩き出した。手を引かれて歩き出す僕は、先輩の顔が耳まで赤くなっているのを見て、なんだかとても嬉しくなったのだった。


 「少し早いですけど、出発しましょうか。」

思いがけずつないだ手に力を入れながら、僕は先輩に切り出した。頷く先輩を見て、僕はバス停に向かって歩き出す。駅前にバス停はあり、僕たちが付くタイミングでちょうどよくバスが来たので、それに乗る。


 「それで、今日はどこに行くのかしら?」

バスの最後尾に僕たちは座り、先輩は待ちきれない気持ちを抑えながら僕に問いかけてきた。もう少し引っ張りたかったが、僕も早く言いたいのでここで発表する。


「今日は、まずは先輩と乗馬に行こうと思ってます。」

「え!?乗馬って、馬に乗るってこと?」

「そうですよ。もしかして馬は苦手でした?」

「そんなことはないのだけれど、予想と違いすぎて驚いたわ。でも、乗馬って結構お金かかったりするんじゃないかしら?あと、道具?とかは?」

「大丈夫です。今回は体験乗馬なので無料ですよ。もちろん、次回や通うようになればメッチャ高いですけど。道具もレンタルでもう手配してますよ。」

よかった。驚いてくれた。まずは先輩を驚かせたかったんだ。それが上手くいって僕は人心地が付いた気がした。でも、まだこれからだ。


 それからバスに揺られる事20分。僕たちは目的地である、三穂馬事公苑に到着する。駐車場に止まっている車の多くはお高いお車が多かったことは見なかったことにしたい。


「ようこそいらっしゃいました。お待ちしていましたよ。」

フロントに向かうと、支配人さんが明るく迎えてくれた。そして受付を始めてくれた。受付票に必要事項を書き込み、保険の書類にサインをしていく。乗馬の際は落馬すると割と大ケガをするため、1日加入の損害保険に入るのが体験乗馬では一般的なのだ。


「はい、それじゃあレンタルの装具を着けていこうか。お嬢さんはこっちで女性スタッフが手伝うから、来てくれるかい?」

奥から女性の方が来られ、先輩は連れていかれた。支配人がグッと僕に寄って小声で話し出した。


「いやぁ、キミから聞いた彼女のサイズ。あれ盛った数字だと思ってたんだけど。本当だったねぇ。絶対逃がすんじゃないぞ。ありゃ特上だわ。」

先輩を見て、テンションが上がった支配人はさらにヒートアップしていく。


「あと、キミから頼まれていた餌の件?あれ準備しとくわ。ガキどもなんてポニーで十分さ。たっぷり用意しておくから、しっぽりしてきてくれよ。」

そう言いつつ、しっかり手を動かしてくれていた支配人の手によって、ベストとチャップスを装着された僕は、馬場に出て、先輩を待った。


「ちょっとこれ、息苦しいのね。」

先輩は僕より少し遅れて、若干息苦しそうに馬場に現れた。足元はレンタルブーツに履き替えていて、二人そろって黒い乗馬用ヘルメットをかぶって完成だ。


「は~い。それじゃ今日の相棒を連れてきたよ~。」

何とも間の抜けた声を出しながらインストラクターの人が馬を連れてきた。馬をこんなに間近に見るのは、生まれて初めての経験だ。とても大きい。けれどもつぶらな瞳は可愛いとも思えるが、この馬体の雄大さは一種の恐怖を覚える。


「それじゃあぁ、お嬢さんはぁ、踏み台使って乗りましょうぉ。」

わざとか?わざとなんだろ?このインストラクターの喋りは。僕の心のツッコミは全く気にせず、先輩は踏み台に乗り、馬の鞍に乗る。そしてすぐに感嘆の声を上げていた。


「わ、わ!高い!すごい!こんな景色見たことない!あれ?バランスが上手くとれない…、あぁ、どうしよう。」

「太腿で馬を挟む気持ちで乗って~。この子は大人しいから大丈夫~。」

インストラクターさんの指示に従って、馬はじっとしてくれているので、徐々に先輩も感覚がつかめて姿勢を維持できるようになっていた。


「じゃ、彼は当然踏み台なしよね~。あぶみもジョッキー仕様にしておいたから~。」

絶対支配人の差し金だが、僕も男だ。やってやろうじゃないか。いつの間にかもう一人増えていたスタッフの手を足場にジャンプをするように左足を鐙にかけ、右足をスタッフに押し上げて勢いをもらう。そうしてカッコよく騎乗ができた。またがってすぐに、馬の首を平手で叩く。多少強いぐらいで丁度いいと実は先に教わっていたのだ。


「へぇ、そんな風に乗れるのね。カッコいいとこもあるじゃない。」

ありがとうございます。支配人。僕、支配人の所に来てよかったです!心の中で支配人にお礼を言って、体験乗馬がスタートした。体験乗馬は引馬、常足なみあし速足はやあしと徐々にステップアップしていくことが目標だ。


 始めはおっかなびっくりだった先輩と僕もそれぞれにコーチングしてもらい、徐々に馬を動かすスピードが速くなってくる。視点が高さ3メートルほどになる中、馬で切る風はとても気持ちがいい。左右の方向転換もできるようになった僕は先輩に並走するように近づいて声をかけた。


「先輩、今の感想をください。」

「風が気持ちいいわ。全身が揺さぶられて、ちょっとしんどいけれど、この快感はちょっと癖になりそうよ。」

「よかった。写真撮ってもらえるんで、あとで撮ってもらいましょう。」


そう言っていると、インストラクターにちょいちょいと手招きされた。僕は手綱を繰り、インストラクターの近くに移動した。

「ねぇ、あなた筋がよさそうだから、キャンター(駆け足)やってみない~?」

そう言って、さらに体寄せて。

「普通の歩様よりも数段カッコいいから。彼女に見せつけてやりなさい。」


そして、僕は広い馬場に移動をして、教えてもらったように馬に合図を出す。ドドドッ、ドドドッ、と力強い足音を立てて、僕を乗せてスピードに乗る。急な坂道を自転車で下るよりスピードが出ている。何より、振動がものすごい。手綱を頼りにバランスを取れば、馬は止まる。なので腹筋、背筋と脚の筋肉だけでバランスとショックの吸収をしなければいけない。乗馬を模したダイエット家電があったが、あれのコンセプトがここにあった。これはとれもしんどい!


「いいなぁ。私もあんなカッコよく走りたいわ。」

必死な僕は、先輩の熱い視線を感じる余裕もなく走り抜けた。こうして、乗馬体験はみなさんの協力で成功して終了したのだった。

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