第10話 こーちゃんのおよめさん

 気が付けば、私は大好きな男の子から引き離されていた。一緒の時間を過ごして、いつの日か彼のお嫁さんになるという夢は、パパとママのくだらない喧嘩によって、名前が変わってしまうことで砕かれた。


 私はママと一緒に引っ越した。大好きだった「こーちゃん」にお別れも言えないまま。離れたくない。行きたくない。と駄々をこねる私をママは力づくで車に乗せ、逃げるようにこの街を出て行った。


 それからも、わたしはこーちゃんとの思いでを度々思い出していた。その頃の私は、男の子のようなショートカットで、外遊びばかりして真っ黒に日焼けをしていた。今の私からは想像もできないやんちゃ姫だったことを覚えている。

こーちゃんが大好きになったのは、みんなでかくれんぼをしている時に、ふたりで遊び場よりも少し離れたところに隠れていた時だった。


「グルルルル…。」

幼い私たちよりも大きな野良犬に私たちは出会ってしまったのだ。私は怖くて泣きだしてしまい、その場から動けなくなっていた。こーちゃんは自分も怖くて泣きそうなのに、私の前に両手を広げて立ってくれた。


「かなちゃんは、ぼくがまもるんだ!」

そう、言ってくれた。それがすごくかっこよくて、大人が助けてくれてから二人でいつまでも泣いていた。その日から、私の夢は「こーちゃんのお嫁さん」になることの一択になっている。もう、12年も昔の話だ。


 私は諦めなかった。誰よりも早く大人になろうと心掛けた。綺麗な人になって、こーちゃん、浩介を喜ばせたい。小学生、中学生と自己採点ではかなりの美少女に成長したつもりだ。メイクは中学生の頃から一式そろえて、夜のメンテナンスもフル装備だ。夜遊びなんて厳禁。お肌の大敵だ。


 中学生になると、スマホを手に入れることができた。そこから、SNSを通じて、浩介の事を調べていった。幸い、浩介の周りに発信好きの人がいて、浩介が受験先の願書を持っている写真を見つけた。私は別の学校の願書を出していたが、三穂野が丘高校の一般入試に即日切り替えを行った。


 高校入試を終え、入学式の前に私はスカウトされた。ウザいから断っていた時に「彼氏とかすごくみんな喜ぶから」という言葉に反応して読モに。そこで業界人と知り合ったり、芸能界の闇を肌で感じて、生き方を学んだ。綺麗事で夢はかなわない。という事を。


 高校に入ると、私は三つ編みにビン底メガネという姿にした。10年の浩介の変化と周りの状況を見極めるため。最終的に私が正妻になることは決定事項だけど、将来の夫の趣味嗜好は確実に押さえたい。そうやって1年生の時間を過ごした。


 浩介は、あまり変わっていなかった。普段は無気力そうでも、ここぞというところでは行動力も胆力もある。頼りになる人のままだった。当然、その魅力に気付くメスどもが出てくるのだが、私はあらゆる手段でそのメスどもを駆逐した。


 盗聴、脅迫、いじめの扇動などなど。全ては私の旦那様の貞操を守るため。読モとしてある程度の人気が出てきたことも手伝い、駒の数には困らない。


 そんな2年生の夏に、浩介はヤツ、西御門 沙夜と出会ってしまった。今までの軟弱なメスと違い、ヤツは手強い。それまで異性に積極的ではなかった浩介が、ヤツに手を握られてただけで舞い上がっていた。その非常事態に、私は変身を解いた。私だけを見て欲しい。その思いで。


 それでもヤツの侵攻を止めることは難しかった。正体をバラしてから集まってくるのは、にわかファンのメスとごみ屑以下の男どもだけ。お前たちには用はないのに。でも、ここは我慢。懐柔して、こちらの兵隊にするの。


 夕暮れの中庭で、ヤツの告白めいた話を聞く。マズいわ。私の正妻の座が危うい。こうなったら、手段を選んでいられない。私はスマホを取り出し、手駒の新聞部と仕事の付き合いのある人物に連絡を入れ、例の記事を作らせる。同時にその内容をネットにばらまく細工をファンのオタクどもに指示を入れる。


 それぞれ簡単に動くものだ。新聞部は『撮影現場連れていく』仕事組は『今度きわどい衣装でもいいから』オタクは『今度一緒にお茶してあげる』でホイホイ動くのだから。でも、結果は失敗に終わった。


 私がちょっかいをかけた結果、それが今のところ、それが燃料になって浩介たちを盛り上げてしまっている。これではまずい。だから、私は修羅の道を選ぶ。私の夢のため、浩介を幸せにするため。浩介を幸せにできるのは私だけ。


 私は次のカードを切ることにした。まずは盗聴器を浩介のカバンにセット。電池式だから3日もてばいい方。次は、葛城あたりをダシに使って、スマホのリモート操作アプリを偽ゲーム仕様にしてインストールさせる。これで今まで見えなかった浩介のライーンが見えるし、送信もできるから、ヤツに対しての一手になる。


 「うふふ。あなたたちがイチャつけるのは、もう長くないのよ。さぁ、舞台から降りてくださいな。」

私の戦いの第2ラウンドが、始まる。

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