第9話 はいはい、ご馳走さま。
昨日の後夜祭から、僕は先輩と付き合い始めた。夏休み前から接点を持って、こういった関係になるまでの過程は、少し変わっていたけれど、僕は絶賛リア充の仲間入りを噛みしめている。
『今日も一緒に学校に行きましょう。』
『わかりました。いつもの所で待ち合わせでいいですか?』
『ええ、お願い。』
ライーンでこうして連絡を取り合うのも、もはや日常の一コマ。先輩は電車通学、僕は徒歩通学だから、学校の最寄り駅である、三穂野が丘駅を待ち合わせ場所にしてした。そこから二人で登校をしている。以前送ることを断られたのは、電車通学だからだったらしい。
駅の近くのコンビニ前で先輩を待つ。いつもの電車なら7時45分着のはず。今は7時07分。さすがに早く来すぎかな。でも、先輩を待たせたくはないし、この待っている時間も幸せな気分になるから不思議である。大切な人ができると、こうも人間変わるものなのか。
「あー、勇者じゃん。今日もお出迎え?ちゃんと草履暖めときなさいよー。」
「いや、それだと秀吉と信長でBL?なにそれご馳走じゃない。」
同じ制服を着た学生に見つかる度、僕は『勇者』と言われる。今も女子二人にイジられていたところだ。乙女の嗜みに関しては触れないでおこう。闇が深そう。
なぜ勇者なのか。それはすべて葛城の作った動画のせいで、タイトルが『女王を救え!勇者の告白』だからだ。「女王様に合う単語は勇者しかあり得ないから。」と葛城はドヤ顔で言っていた。
「ごめんなさい。待たせてしまったかしら。」
「いえ、来たばかりです。電車の時間に合わせて来ていますから。」
気が付けば、先輩来る時間になっていた。今日もキレカワ具合が抜群な僕の先輩で彼女な人が僕の横にいる。おい、そこのコンビニ店員。デカい声で「ずっと待ってたくせに」とか言うんじゃない。
「それじゃ、行きましょうか。」
「はい、先輩。」
長い髪をなびかせて歩き出す先輩の横に並んで、僕も歩き出した。学校まではこのまま一本道。時間にして10分少々。10月に入って、少し涼しくなってきた朝の風がとても気持ちいい。
「それじゃ、ここで一旦お別れね。昼休みに迎えに行くわ。」
「毎回来なくても、僕が先輩の所に行きますよ?」
「ダメよ。普段の貴方を私が見れないじゃない。」
「そういうものですか?」
「えぇ、私にとってすごく重要なこと。だから大人しく待ってなさい。」
10分はあっという間で、エントランスでお昼の予定を立てて、僕たちはそれぞれの教室に向かって歩き出した。
「よう、今日も同伴出勤かよ。見せつけるなぁ。」
「お前のおかげだよ。感謝してる。」
「そうかそうか、じゃ、予習にはこのAVがいいんじゃないか?」
『お姉さんに任せて ドキドキ童貞喪失』と書かれたパッケージを僕のカバンに押し込もうとする葛城。朝の廊下でなんてもの出してきているんだ。
「まぁ、うまくいっているようで何よりだけど、どこまでいった?」
「お前、毎日それしか聞くことないのかよ。何もない。いいだろ?俺たちのペースで進めていけば。」
「わかってねぇー。何もわかってねぇぜ浩介。向こうは待ってるに決まってるじゃねぇか。自分からグイグイ来そうに見える奴ほど、女は待ってるもんだ。」
「だから、それは。」
「じゃぁ、聞くぞ。お前らデートしたんか?」
葛城の言葉に僕の足が止まる。言われてみれば、毎日登下校を一緒にして、お昼を一緒に食べて、放課後は一緒に花壇の世話はしている。だが、それだけだ。恋人らしいイベントはまだ何もしていない。
「お前、そんなんじゃ飽きられて捨てられるぞ?」
葛城の言葉に、これほどまで恐怖を感じたことはなかった。
1限の数学の授業中。葛城の言葉に集中力をすべて持っていかれた僕は、昼休みまで待てないので、先輩にライーンを送ることにした。
『今度の週末、空いてますか?』
机の下にスマホを置いて、送信っと。すると、
『空いてる』
『すごい空いてる。』
『どこか行けるぐらい空いてる。』
と、秒で3つ返信が来た。早い、早すぎる。これは葛城が言っていた通り、「待っていた」のか。ずっとスマホを見つめるぐらい待っていたのだろうか。
『デートに行きませんか?』
デートという単語を打ち込むだけで、自分の心臓の音がうるさくなる。指が脈打つたびに震える。高まる気持ちを指に乗せて、送信。
『行く!』
秒よりも早く、先輩からの返信。これは絶対入力して待ってたな。
『すごく楽しみ。』
『わかりました。今回は僕に任せてください。』
授業中にも関わらず、画面越しに恋人トーク。あぁ、数学なんて加減乗除ができれば生きていけるんだから、この時間を先輩と使いたい。などと悶えていると、スマホに新着表示が出た。
『こうすけ、だいしゅき』
ズキューン。なんですか、先輩。いつもの先輩はどこにお隠れになったのですか?こんなにカワイイ一面まで持っていたんですか!?
『僕も大好きです。授業中にライーンするのにハマりそうです。』
既にハマっているのだが、そこはプライドがあるので、文字にはせず、送信。
『それはダメよ。私は推薦が決まっているけれど、貴方は今が重要なのだから。嬉しいけれど、授業中の連絡は禁止ね。』
急に先輩に戻ってしまいました。今度はかっこよすぎです。あぁ、表情筋が緩んで戻らなくなってしまいそう。早く昼休みにならないかな。早く先輩に会いたい。
ニヤニヤし続けていたら、後ろからメモを丸めた紙が飛んできた。
『授業中に惚気てんじゃないわよ。』と書かれていた。周りを不快にしてはいけない。それがまた、この間のような嫌がらせになっては本末転倒だ。ノートの端を破り、『すまん、助かった。』と書いて丸めて投げ返す。先輩にも言われたし、真面目に授業を受けて、先輩の卒業後の事も考えないと。僕は机に向かいなおした。
投げ返されたメモを見て、私はため息を一つ出す。
「本当、何でも燃料にするのね。」
私は自分のスマホに目を落とす。後夜祭はあと少しまで追い込んだのに、まさかの逆転負け。しかも、本当は私がする予定だった公開告白も持っていかれた。その結果、私の目の前で一番見たくない惚気を見せられる始末。
「ご馳走さま。気持ち悪くて吐き気がするわ。」
今朝の駅での浩介と泥棒猫の笑顔の写真がスマホには映っている。私は忌々しい泥棒猫に爪を立てた。だが、スマホの中の相手には傷一つなかった。
「浩介の隣は私のものなの。早く退場してもらわないと—。」
私も、次のカードを切る番ね。待っていなさい。西御門 沙夜。私のとっておきを見せてあげるわ。
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