第8話 悪意に満ちた後夜祭

 「明日は午前中だけ生徒だけで文化祭の続きをやって、午後から後夜祭を繰り上げてやるらしいから、連絡網、次に回してくれな。」

僕は、先ほど僕のところにかかってきた連絡網を、次の連絡先である葛城に連絡をしていた。「わかった。」と葛城の返事を聞いて僕の番は終わりだ。


今時電話での連絡網もどうかと思うが、メールなどで「見てない」などとなってしまわないように、直接話をして回していくことも緊急時には必要だと思った。


僕が騒ぎを起こしてしまって、文化祭も後夜祭も無くならないか心配していたから、今回の決定は正直ものすごく安心した。


だが、この決定が後に大きなターニングポイントとなる。この時の僕は、それを知る由は全く無かったのであるが。





 翌日、学校に行くと、下駄箱の近くにある掲示板に人だかりができていた。たまに新聞部が学園ゴシップを書いて物議を呼ぶのだが、今回もその手合いなのかな?気にはなるので、近づいてその中身を見てみる。


『スクープ! 懲戒免職の理由が不倫!相手は氷の女王!?』

信じられない見出しと共に、男に肩を抱かれ、ホテルから出てくる先輩の写真が載っている。普段はただの文字だけなのに、写真までついていて、まるで週刊誌のような出来だ。あまりの衝撃に、僕は後ずさる。


そんなはずはない。先輩は、男性が苦手だと昨日言っていたじゃないか。だけど、僕を除くすべての生徒は、そのことを知らない。上っ面のイメージしか知らない。だからこそ、捏造されたスキャンダルでも十分なインパクトだ。


「毎回告白断ってたのって、金で選んでたんじゃね?」

「妻子持ちにすり寄るとか、とんでもないビッチかよ。」

「今までかっこいいと思ってたけど、無理だわ。」

口々に先輩を罵る生徒たち。誰だ、こんなことをして何が楽しい!?


「ちょっとどいてくれ。」

頭にきた僕は、その記事をビリビリに破り捨て、その場を去った。せめてこれ以上、変な情報が出回らない事を願って。


形だけの文化祭が始まっても、校内はゴシップ記事の件でいっぱいだった。それどころか、噂はどんどん脚色され、より酷いものになっていた。トゥイッターも記事はアップされ、晒され続けている。誰かが扇動しているのは間違いない。


教室のメイド喫茶の奥のスペースは、完全に『隔離病棟』の扱いだった。そもそも、もう誰もメイド喫茶すら訪れていない。皆、遠く離れたところから噂に踊らされ、先輩の悪口を言っている。


「子供ができたって嘘ついて、離婚を迫ったらしいよ。」

「私が聞いた話だと子供で慰謝料出せって話だったけど。」


支離滅裂な噂話は、先輩にも届いていた。彼女はたった一人、制服のままずっとうつむいて耐えていた。自分を殺して作り上げた自分をあっさりと否定されていた。僕一人が真実を知っていても、この状況を変えることはできない。友達になったばかりの友達をどうすれば救うことができるのか。


「考えろ、考えろ、考えるんだ。どうすればこの状況を変えられる!?」

僕は必死になって考えるも、慌てている時の頭では閃きは出てこない。残酷に時間だけ過ぎていき、状況は悪化の一途。あっという間に11時を時計は指していた。


「後夜祭が昼にあるって、なんだか変だよねー。」

焦っている僕の耳に、大きな声で話しながら歩いていく女子の会話が聞こえた。


「後夜祭——。それだ!」

なんでもっと早く気づかなかった!これを使わない手はない!

後夜祭は強制参加イベント。全校生徒が参加するから、印象操作をするならここが勝負所になるはずだ。だが、どうする。ここまでのインパクトを覆す一手がいる。


「それに、向こうもダメ押しを仕掛けてくるはずだ。」

だからこそ、次の手は派手で、先手を取る必要がある。準備に時間も使えない。僕自身に知名度もない。この状況でできる最善手は何だ?


「おう、浩介。何かやらかすなら、面白いこと考えてるんだが、聞くか?」

葛城がニヤニヤしながら近づいてきた。


「面白くなんて、今はなくていい。」

「まぁ、そう言うなって。女王様の勇者様はお前しかいないんだよ。黙って俺の作戦を一度聞きやがれっての。」

そう言って、葛城は僕の肩を強引に抱いて、職員室に向かっていった。






後夜祭が昼の時間に始まった。全校生徒が参加するのだが、今回は昼の為、各教室や体育館などの屋内で行うことになった。校庭だと熱中症の危険もまだあるからだ。だが、今回の作戦はこの方が有難い。風がこっちに向いて来てる。


「はぁ、はぁ。先輩は、どこだ?」

息を切らせながら僕は先輩を探していた。携帯に電話しても出ない。教室にも先輩はいなかった。今回の作戦に先輩がいないと始まらないのだ。もしかしたら、耐え切れなくて帰ったのかもしれない。そう思って僕は外に出た。


「———見つけた。葛城、頼む。」

携帯で、葛城に一言伝えて電話を切る。外を意識したら思いついた場所。先輩に深く触れたのは、いつだってここだった。中庭に、先輩は立っていた。手にはカッターナイフを握りしめていた。


『先輩、探しましたよ。』

僕が喋ると、校内のスピーカーが全て鳴動し、僕の声を流す。これが、僕と葛城の作戦。ついでに先生たちもグルだ。学校中がざわつくのを外でも感じた。


『隣、いいですか?』

先輩は何も答えない。僕は答えを待たずに横に立った。

『あと、この危ない刃物は没収しますね』

これは、ここまで先輩を追い詰めた犯人と根も葉もない噂を流した全員に対して。


『今から、僕の独り言聞いてください。』

今度は、先輩に向かって。まっすぐに。ほんの少しでも、嘘が入れば彼女を救うことはできないはずだから。


『今朝の張り紙を見た時、僕はとても悲しかったんです。先輩のことが誤解されたことが、本当に。でも、それ以上に悔しかった。先輩から友達になってくれて、その友達が泣かされているのに、何もできなくて。』

先輩の肩を持ち、僕の方に向かせる。先輩の目は光を失い、焦点はどこにもあっていない。心が壊されていた。

『だから、必死に考えた。考えていく中で気づいたんだ。沙夜はただの友達じゃなかったんだ。』

先輩の、沙夜の肩が少しだけ動いた。

『それで思ったんだ。他の誰にどう思われたっていい。もし、沙夜が死にたいって言うなら、僕も死んだっていい。』


沙夜を僕は抱きしめて

『僕はずっと沙夜を信じ続ける。だから、僕の特別な人——彼女になってくれませんか。』

と、沙夜に伝えた。


校舎を見上げると、とんでもない量のギャラリーが窓からこちらを見ていた。後夜祭名物『公開告白』の現場を目撃者となるために。


少し手順は飛ばしたが、沙夜が特別なのは、ここまで行動しようと思う時点で僕は全く疑っていなかった。


『私なんかでいいの…?』

抱きしめていたから、胸元のピンマイクが沙夜の声を拾ってしまった。


『自分で言うのもおかしいけど、私って面倒だと思う。これぐらいの事で死にたくなるような面倒な女なの。それにわたし、もうすぐ卒業するのよ。好きって伝えたら、離れられなくなる。だから、わたし、荷物に、なりたく、なぃ。』

胸の中で、沙夜の嗚咽が聞こえる。僕は沙夜の頭を撫でながら

『かっこいい女王様も、今みたいな泣き虫も、全部沙夜だから。卒業してからのことは、この後ゆっくり考えようよ。まだ時間はあるよ。』

ぎゅっと抱きしめて。落ち着くのを待った。


しばらくして、沙夜が僕から離れた。そして—。

『交際の申し出、謹んでお受けいたします』

泣いて真っ赤になった目でこちらを見つめて承諾してくれた。


ここが、僕らのスタートラインとなった。


余談だが、今回の放送設備ジャックは教員との調整段階から告白シーンまで動画サイトにアップをして、学校ぐるみのおふざけでした。と、謝罪動画まで作ってトゥイッターの火消しに利用されたのは、また別の話で語られる予定だ。

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