第7話 重い話よ。覚悟なさい
「とりあえず、そこに座りましょう。」
先輩に促され、以前1学期の頃に先輩と話したベンチに僕と先輩は座った。
特に会話もなく、じっと座っていた。
「ごめんなさい。私のせいで貴方に迷惑をかけたわね。」
長い沈黙の後、先輩の右手が僕の頬に添えられてから、先輩が謝ってきた。先輩に触れられたところが、先ほどまでの痛みとは違う熱を持つ。
「僕の方こそ、事前に気付けなくすみませんでした。それに、騒ぎにしてしまって文化祭を中止させてしまいましたし。」
恥ずかしくなった僕は花壇の花を見つめながら答えた。実際、早くあの男に気付けなかったし、何より騒ぎを大きくしてしまったことを悔やんでいたから。
「私はとても嬉しかったわ。貴方が駆けつけてくれて。護ろうとしてくれて。」
先輩の口調はいつもと同じようで、それでも優しさが含まれていて、僕はくすぐったい思いを、どうにかして顔に出さないように必死だった。
「ほら、見て。貴方が頑張ってくれて、私の腕には何の痕も残ってない。」
そう言うと、先輩は掴まれていた腕の部分を見せてくれた。本当だ、特に何も気になるようなところは見受けられない。僕の後悔が少しだけ和らぐような気持ちになった。
「先輩、ものすごく怖い思いしたはずなのに、いつも通りなんですね。もっとこう、泣きじゃくってるかと思って、大急ぎで来たんですけど。」
先輩の感謝を素直に受け止められない小心者の僕は、意地の悪い返しを先輩にしてしまった。心配してくれた人に対してあまりに失礼な言葉で。
「そうね。泣いていたわ。」
泣いていた——。その事実を聞くと、照れ隠しでいった言葉が重く乗りかかる。やっぱり先輩は心に傷は残っていたんだ。暗くなる僕の顔を見て、先輩はベンチから立ち上がった。
「貴方にだけ、聞いて欲しいことがあるのだけれど、聞いてもらえるかしら。」
先輩の目に決意のようなものを感じて、僕はその目力に従って頷いた。
ありがとう。と、先輩の目が言うように視線がやわらかいものになった。
「これから言う事は、学校の誰も知らない事。両親も知らない事よ。重い話だから、しっかり覚悟して聞きなさい。」
先輩の目が、また険しいものになる。ぎゅっと握った手は、わずかに震えているように見えた。きっと、先輩にとって覚悟がいる話なのだろう。僕は、姿勢を正して先輩の話の続きを待った。
「私はね、本当はとても臆病なのよ。男子は何を考えているか分からなくて、女子は話に同調しないといけないから疲れるの。」
僕は頷いて先輩の話を聞く。
「だから私は、高校に入ってからは今の性格を”造った”のよ。近寄れない雰囲気をこちらから作れば、そう簡単には私の中には踏み込めなくなるから。」
先輩はまっすぐ僕を見て続ける。
「本当のわたしをずっと心の奥に閉じ込めて、私は『氷の女王』になったのよ。」
先輩は、ふぅ。と一息置いてまた続けた。
「そうして私はわたしを守ってきたのに、最近、本当のわたしに触れてきた人がいて、少し戸惑っているの。その人は、やりすぎなぐらい雑草抜いたり、私が孤立しているのを嫌ったり、絡まれた相手にわざわざ喧嘩を売って殴られるような、どうしようもない人なのよ。」
最後は、一気にまくしたてるように先輩は言った。どう聞いてもそれは僕の事だった。僕が、先輩に認められていたなんて。
「私は、この気持ちに戸惑ってはいるけれども、嬉しく思っているわ。だから、貴方がよければ、なのだけれど、私の『対等な友達』になってくれないかしら。」
驚いた。まさか先輩に友達になってくれと言われるなんて。本当に恥ずかしかったのだろうか、夕日に照らされた顔は夕日以外でも赤くなっているようだった。
「それで、返事はどうなのかしら?」
今度は伏し目がちに、先輩は返事を待っていた。もちろん答えは決まっている。
「もちろんです。僕と友達になっていただけませんか。お嬢様。」
僕もベンチを立ち、片膝をついて手を差し出した。まっすぐ見つめて友達になりましょう。というのは恥ずかしかったから、つい逃げてしまった。先輩、僕も臆病者なので、心配いりませんよ。
「はい。謹んでお受けいたします。」
先輩はスカートの裾を摘まみ上げ、ダンスの誘いを受けた淑女のようにお辞儀をした後、僕の手をそっと握ってくれた。先輩の手を握ったのはこれで2回目だが、今回も一生の思い出になりそうだ。
「それで、どんなダンスで私をリードしてくれるのかしら?」
「盆踊りか阿波踊りですかね。」
「貴方にはムードってものがないのかしら。」
さっそく調子が戻ってきた先輩に、僕は葛城に返すような言葉を投げ返して笑っていた。先輩にとっては、友達1人作ることも、きっと告白するような決意がいるんだろうと思った。
「でも、全然重い話じゃなかったですよね?」
ひとしきり笑った後、僕は先輩に問いかけた。人付き合いが苦手で、今の性格を造ったことには驚いたが、正直重いとは思わなかった。
「はぁ、貴方って乙女心が全く分からない人なのね。」
先輩に呆れられてしまった。あるんだ、先輩にも。乙女要素。
「いや、一般的に重い話なら、両親がいないとか、先生と付き合ってますとか。」
「人の両親を勝手に殺さないでくれるかしら。怒るわよ。」
本当に気に障ったらしい、目がマジだ。女王モードの目だ。
「すみません。今のは言葉のあやで。」
身の危険を察知して、すぐに謝罪。その場でジャパニーズ土下座を披露する。
「やめてもらえるかしら。そういうの。あと、私は誰ともお付き合いとかしていないわ。貴方もそんなことは知っているでしょう?」
先輩はため息をつきながら、僕の手を取って立たせてくれた。そして、
「誰ともお付き合いなんてしていないのだから。」
大事なことなのだろうか、そう言って、念を押してきた。
「知ってますよ。先輩がフリーだってことは。あ、連絡先交換しませんか?」
「え?えぇ、いいわよ。教えてあげるわ。感謝なさい。」
カミングアウトのおかげで演技だどわかっていると、どうしても吹き出してしまいそうになる。ただ、そこは秘密を共有した友達だから我慢をする。こうして、男まみれの連絡先に『西御門 沙夜』の連絡先が追加された。
「それじゃ帰りましょうか、遅くなりましたし。今日の事があるので、よければ送っていきましょうか?」
「それは結構よ。そういうのは、恋人になさい。」
別に他意はないのだが、先輩に断られてしまった。
「それじゃ、校門までは一緒でも問題ないですよね?」
そう言って、僕らは校門に向かい、それぞれの家に帰っていった。
「なによ、あれ…。完全に告白じゃない…。」
花壇の影に隠れていた、レースのリボンが蠢く。
「それに、女王は演技?これはいいことを聞いたわね。」
リボンが独り言を続ける。
「浩介は、絶対に渡さないんだから——。」
そう言い残し、レースのリボンは暗闇に消えていったのだった。
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