第5話 手紙とメイドと文化祭

 9月も末に差し掛かる土日、三穂野が丘高校の文化祭は土日の2日間開催だ。理由としては、「父兄の方々が来れる可能性を最大限広げるため」らしい。たった1日ではもったいないお祭りなので、僕としても大歓迎だ。


 「あら、いらっしゃい。私を待たせるなんて、貴方覚悟はできてるのかしら?」

先輩の声が女王カフェ用のパーテーションの奥から聞こえてくる。女王カフェのコンセプトは、「メイドに扮した女王様に指示される究極のセルフサービス」となっているらしい。女王カフェはメイド喫茶のさらに奥に構えており、メイド喫茶に入店した際、月島さんにまずはこう聞かれる。


「おかえりなさいませ、ご主人様。本日はどちらになさいますか?」

と、メイドか女王様をフリップで指さして選別をする。というものになっている。当初は彼女もホールに立っていたのだが、彼女に給仕してほしい人が続出したため、受付に変更をした経緯がある。モブ女子にも華を持たせねば。


月島さんの衣装も特別製で、みんな黒ベースだが、彼女だけスカイブルーの衣装だ。メイドというより、不思議の国のアリスの方が近い。ただ、メイクと髪型は本気モード。普段ではできないアイラインをばっちりキメて、さらにはアイシャドーにラメも乗せている。サイドテールにした髪にはレースのリボンがついたシュシュを使っている。


「まだ注文を決めれないなんて。時間の無駄ね。私が決めるわ。」

女王カフェからとんでもない台詞が聞こえる。お客様の選択肢は限りなく無視される仕組みになっている。ちなみに、注文までの考察時間は1分。1分以内に決めても、気まぐれな女王様が来なければ強制注文となる。


「オムライス2つ、ホットケーキ3つ追加!お願いね!」

「了解、もう少しで交代だから笑顔でお願い!怖い顔なってる!」

「わかった、ごめーん!もうちょっとだからがんばるよー。」

先輩の声に耳を傾けていたら、メイド喫茶側の女子からオーダーが入る。さて、僕も自分の役割をみんなに負けないようにしないとな。


僕はホール裏で全体の注文をまとめ、無線で調理室に注文を飛ばす。調理室とホールが離れるため、管制する担当がそれぞれの教室にいる。また、稼働する人数も多いので、5人に1人は無線をつけて状況を共有している。


月島さんと先輩の効果かわからないが、朝からほぼ満席状態が続いている。みんなの疲労も想像より早く溜まってきている。そこが心配だが、全体的にいい流れなので、このまま無事に終わるように頑張ろう。





——しかし、そうは問屋が卸さないのである。


「その手を放しなさい!」

注文のピークのお昼になる頃、先輩の声が教室に響いた。これは事前に決めていた”助けて”のサインだ。攻めた内容の出し物なので、念のために決めていたことだ。

必要がないことを祈っていたが、最悪の事態が起きたという事だ。


「みんな、予定通りに動いてくれ!」

僕の無線に、クラスのみんなが決まっていた非常対応の役割で散る。葛城は職員室へ、月島さんは入場規制、ほかの女子は今いるお客様のフォロー。僕は現地での時間稼ぎだ。応援を呼んで、確実に対処する。それが事前に決めていた行動だ。


「先輩!大丈夫ですか!?」

僕が女王カフェスペースに踏み込んだ時、先輩は若い男に腕を掴まれていた。その顔は恐怖で青白くなって、その手は震えていた。先輩に何してやがる。


「何、してるんですか。手を放してください。」

僕は手を掴んでいる男に向かって、できる限り静かな声で話しかけた。これも想定内。感情に任せてはいけない。時間を、時間を稼ぐんだ。


「おかしいでしょ?だって俺、お客様じゃん。注文勝手に決められるとかあり得ないじゃん。だから注文決めていいから、ちょっと横に座って欲しいだけ。」

来客数が増えすぎて、入店時の説明が疎かになったか、こいつに関してはそもそも聞いてないという気もする。先輩の腕を握る男の手が先輩を引っ張る。


「痛っ」

先輩の痛がる声に、僕はもう我慢ができなくなった。生徒が手を出したら問題だから、大人が来るまで我慢するように決めていたが、もう無理だった。


「やめろって、言ってんだけど。」

「あぁ?ウゼェなお前、やんのか?ガキのくせに粋がんなよ!?」

「そっくりそのままお返しします。」

「んだと!コラァ!」

ガタッと音を立て、男は立ち上がり僕の胸倉を掴んだ。先輩が自由になったのを確認して、僕は挑発を続ける。こいつの意識を僕にだけ向ける。その為に。


「やれるなら、やってみなよ。ダサいナンパ野郎が。」

「テメェは殺す!殴り殺してらやぁ!」

男に投げられるようにマウントを取られ、僕は何発か殴られる覚悟を決めていた。ここで手を出したら問題になるが、手を出さなければどうにかなる。残念だけど、僕は喧嘩が得意なわけでもない。


振り下ろす拳がスローで見える。


本当に危ない時、スローモーションになるっていうけど、本当だったんだな。あぁ、これは顔に来るな。歯をしっかり噛みしめておかないと。


左の頬に男の拳が触れるその瞬間。ゴッという音と共に衝撃と痛みが走り、口の中に血の味がする。同時にスローが解除される。再び拳を振り上げた時、僕は目を閉じた。とても何発も我慢はできそうになかった。


だが、追撃はいつまで経っても来ない。それどころか腹の上の重さも無くなっていく。あぁ、たった一発で僕、気絶したのかな?だったら恥ずかしいな。


「ウチの生徒に手ェ出すなんて、エエ度胸しとんのぉ。」

しがれた低い声がして、僕は目を開けた。目の前には逆光で黒いシルエットしか見えないが、柔道部の顧問が男をのど輪で吊るし上げていた。


助かった。体を起こしながら、入り口を見ると、息を切らした葛城がサムズアップをしていた。他のクラスメイトも心配そうにこちらを見ていた。






「失礼しました。」

男は通報で駆け付けた警察に連れられて行った。僕は職員室でみっちり話をされ、たった今解放されたところだ。当然だが、今日の文化祭は警察が来た時点で中止。せっかくのお祭りが中止な上に、唇を切った僕の顔は、元がよくないのに更にブサイクになった。ブルーな気持ちが当社比で200%増だった。


「お、伝説の勇者様の凱旋だな。」

「葛城、まさか待っててくれたのか?」

荷物置き場にしていた調理準備室に戻ると、葛城が一人だけ待っていた。2時間以上缶詰になっていたから、さすがにみんな帰っていると思ったのに。いい奴だな。


「ま、帰りたかったんだけどよ、ほれ。」

そう言って葛城はひとつの便箋を僕に放ってきた。


「女王様からだ。さて、メッセンジャーは帰るかね。今日は新作AVが届くんだ。」

そう言って、教室を出ようとする葛城が足を止める。

「誰がなんて言おうと、お前は正解の行動したんだと思うぜ、俺は。じゃあな。」

振り返ることもなく、一言だけ言って葛城は帰っていった。


『中庭でお待ちしています。   西御門 沙夜 』


たった一言、とてもきれいな字で書かれた手紙だった。

僕は自分の荷物を持って、中庭へと駆け出した。

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