第4話 女王様メイド、爆誕

 登校日に決まった『メイド喫茶』だが、当然のように他のクラスと競合を起こしてしまった。職員会議で選考方法について決定が行われ、これも定番の各担任によるくじ引きで2クラスまで絞り、2クラス合同で催すことになった。


 「よーしお前ら、俺を称えろ。くじで勝ってきたぞー。月島のメイド姿は俺のものだからな、気合い入れて準備しろよー。」

職員会議は放課後の夕方に行われるため、その翌朝のHRで我らが担任様高らかに勝利宣言を行った。セクハラと言われる限りなく黒の本音をダダ漏れにしつつ。


「じゃあ、せんせーのためにオムライスにハート書いてあげるね!」


月島さんは先生のセクハラを更にいじるように、手でハートを作って教壇に飛ばしていた。猫かぶりの頃はあんなに静かだったのに、本物はとても賑やかな性格だった。クラスの雰囲気がグッと明るくなって、まるで太陽みたいだな。と思った。


「あと、合同の相手は3年の女王様がいるトコだ。3年進学コース組だぞ。」

合同開催の相手クラスの発表に浮かれていた教室の空気が一変する。


「マジ?『氷の女王』とメイド喫茶とか、違う出店になるんじゃない?」

「いや、メイド服着るって決まったわけでもないじゃん。」

「裏方に『氷の女王』がいたら、私泣かされるかもしれないじゃない。」

「メイド喫茶じゃなくて、足踏み喫茶にしてほしいッ…。」

おい待て、足踏み喫茶って何だ。それ言ったの葛城だろ絶対。それにこの空気、何か嫌だな。まるで先輩が悪者で悪の象徴みたいな言い方じゃないか。普段の告白の『撃破』シーンがよほど印象的なんだろうけど。本当は花が好きな女の子なのに。


「んー。そんなことないと思うけどなぁ。私。だって、『女王様』に接客されるなんて、絶対あり得ないし。文化祭って『非日常』を楽しむものじゃないのかな?」


嫌な空気を感じたのは、月島さんも同じだったのか。あるいは、ただ単純な好奇心だったのか。だが、その一言がまたしてもクラスの空気を一変させる。


「そう言われてみれば、そうかも。」

「衣装少し変化つけたら、違いが出やすくなるんじゃない?」

ざわざわとしながらも前向きな方向に変わっていく。月島さんの言葉の強さみたいなものがあるのかな。妙に納得していたら、ツンツン、と背中をつつく感触がしたので振り返ってみた。


「ね、こんな感じでよかったかな?」

小声で月島さんが話しかけてくる。どうして同意を求めてくるんだろうか。


「あぁ、よかったんじゃないか?」

「よかった。志賀君、なんか怖い顔してたから。」

僕の答えに、月島さんは安心したような顔をして、椅子に座りなおしていた。僕、そんな顔してたのかな。というか、後ろから顔なんて見えないと思うけど。





 そして文化祭の準備が始まった。今回、2クラス合同という規模になり、総計60人の大所帯で挑むメイド喫茶は、調理室の貸し出しくじにも勝利し、火を使ったメニューも可能となった。僕はフロアと厨房の繋ぎの『センター』の役割となっていた。そして、今は2クラスの男子が全員廊下待機中。教室の中からはきゃあきゃあと黄色い声が聞こえてくる。メイド服のサイズ合わせ中なのだ。


「わ、西御門さんって、結構おっきいんだー。えいっ。」

「ちょっ、待って。今はこれを着るんでしょう?そんなところ、もう!」


「おい、これってもしかしなくてもガッツリいってるよな。」

葛城を筆頭に男子全てが組体操のようにきれいに並んで、壁や窓に耳をつけている。目を閉じ、心の第三の目を開眼させようとする者も。当然、僕も耳はすましています。だって、男の子ですから。


「え、ええっ!ちょっと待って、私聞いてない!こんな服だなんて聞いてない!」

「タイツ?って、ええっ!こんなの履けるわけないわ!靴だって…。」

「なんでみんな同じなのに、私と月島さんだけ別なのよ…。」

「大丈夫大丈夫!先輩って素材がいいから、男どもはこの後貧血で倒れますよ。」


先輩の驚く声って初めて聞いたな。最後の方は半泣きだったけど…。先輩は特別製って衣装組が話していたのは聞いていたけど、振り幅が本当に振り切っているんだろうな。心配な反面、すごく見たい。ごめん、先輩。僕は紳士じゃないんです。


「いいわよー。男ども、もう入って。」

クラスの女子が、ドアからひょいと顔だけ出して、入室許可が出た。


『ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』

見事な男子のハーモニー。口を大きく開けて、ポカンとしてしまっている。魂が口からどろ~んって出てる。もちろん、右にならって僕もだ。これは、イケナイお店に来てしまったのではないか。


みんな同じ一般的なエプロンドレスにカチューシャ、ロングスカート、白タイツにローファーの中、一人だけ異彩を放つ先輩。


エプロンドレスの胸元は大きく開かれ、先ほど話題になっていたお山が谷間を主張していて、黒のタイトミニスカートの下は目の細かい網タイツ、そして一人だけヒール高10cmはありそうなピンヒール。いつもはストレートの髪型はアップにされていて、両耳のあたりからわずかな毛束で胸の前に流していた。普段見えないうなじの破壊力は計り知れない。


「あら、私の美貌に見惚れるのは構わないけれど、女性を見る視線じゃないわね。顔を洗って出直してきなさい。」

顔を真っ赤にしながら、恐らくそう設定されたのであろう台詞を口にする。もし、いつもの『氷の女王』状態で話していたら、新しい扉が開いてしまう人も出てくることを簡単に想像できる内容だった。あ、葛城の足元が真っ赤な海になってる。


この後聞いた話だが、やはり先輩だけ女王カフェになるらしい。ネタバレを防ぐために、当人にしか内容は教えていないらしい。


「む~~。」

先輩がふててます。ごめんなさい、先輩。普段見たことがない顔なので、怒ってるのにすごく可愛いです。


(もっといろいろな先輩の顔見てみたいな)

そう思いながら、失血死させてはまずいので、葛城を保健室に運んで行った。

文化祭本番まで、あと1週間となってきていた。

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