第3話 太陽は僕の後ろでかくれんぼ

 西御門先輩と花壇で出会ってから、特にこれといった変化もなく、あっという間にテスト期間は終了した。今日は終業式前の答案返却の時間、だったのだが…。


「今回のテストは全員酷いなぁ。という事で今から席替えな。」

と、担任の謎ギレで発生した学期末席替え。本来、席替えとは学校ではかなり重要なイベントとして扱われるのだが、今回は様子が異なる。


「今から答案返すけど、番号順じゃねーから。得点順に返すから、席1つ飛ばしにして得点順に並び替えな。どっちの端からスタートするかぐらいは選ばせてやる。これが嫌なら次回は気張れよ。」

つまり成績不振者の前後はその人よりも成績がいい人がいるから、協力して成績を上げろ。という事が趣旨らしい。


『横暴!職権乱用!パワハラ!スットコドッコイ!』

クラス中から巻き起こるクレームにも動じず、担任は淡々と答案を返却していく。いや、よく考えたらスットコドッコイってさすがにダメじゃないか?


 そして、答案が返却されて席替えが完了した。

僕の成績は、今回は中のやや上程度で窓際の席となった。僕の前には葛城がいる。エロ関連では教祖級の知識と行動力があるが、保険体育以外の教科は全くダメなんだよな。こいつ。

 今回の席替えシステムだと、成績上位者と中の下、中の上と不振者が集まる構図になる。それぞれの学力レベルを一つ上に持ってくることが目的なのかもしれない。確かに、教えてもらうにしても、教えるにしてもあまりにレベルが離れるとどちらにとっても負担が大きい。そういう意味では、この席替えはありなのかもしれないと思った。


 改めて、僕の前後を見回す。正面は葛城。後ろには、分厚いメガネに最近では珍しい三つ編みが特徴的な女の子がまるで気配を消すように座っている。

彼女の名前は月島つきしま かなで。クラス内の派閥にも属さない彼女は多くの時間をスマホをいじって過ごしている。膝まであるスカートにメガネに三つ編みと一見するとデキる文学少女のビジュアルなのだが。


(僕の後ろってことは、そういう事なんだよな。)

ビジュアルと正反対の勉強できないポジションにいるから、人は見かけで判断してはいけないのだと思う。

 ちなみに、1クラス30人とゆとりがある編成のため、左右が大きく開くから、あまり左右の人と授業中にアクションを取ることはない。肩を叩くにも、まるで柔軟体操をするような動きでめいいっぱい伸びないと届かないからだ。そんな動きをすると当然先生方に指摘されてしまうのだ。


 「月島さん、これからよろしくね。」

ご近所さんへの引っ越しの挨拶をすると、月島さんはペコリと会釈をして、すぐに視線を落としてしまった。その視線の先にはスマホ。

(なんだ、この指の動きのスピードは!)

机の下に手を入れながら、超高速でフリックをしていく。動きに淀みがない。まるで喋るようなスピードで文字入力が行われ、送信。そしてスタンプ、文章、送信。凄まじいスピードで展開されていくスマホ上の会話に僕はただただ驚く。こういった事に驚くっていう事も先入観で見ているってことなんだなぁと僕は反省した。


 「文句の山もあるだろうが、悔しかったら夏休みで取り返して来い。2学期の実力考査で学年平均をクラスで超えたら、好きなようにしてやるよ。」

担任の挑発にクラスメイトはざわつく。やる気になる者、冷めている者、夏休みという単語に反応する者、など。


 「あと、毎年の事だが、夏休みの登校日で文化祭の内容決めるからな。速攻で決めて帰りたいならしっかり考えとけよー。」

そう言って、担任は教室を後にした。そして何事もなく、数日後に終業式を行い、僕たちは待ちに待った夏休みに突入した。




 8月上旬、夏休みなのになぜか学校に行かされる登校日。セミが鳴き、アスファルトからは陽炎が揺らぐ灼熱の通学路を越え、ようやく教室にたどり着くと僕の席の周りに女子たちが集合していた。

「おいーっす。浩介、災難だな。お前の席はないぞ。」

「こりゃ一体何の騒ぎなんだ?葛城。」

「心配すんな。俺も理解が追い付いてない。まさか有名人とはね。ほれ、お前の後ろの席の奴、よく見てみろよ。」

 葛城に言われて、後ろの席—月島の席を見ると、大きなリボンがあしらわれたシュシュでポニーテールにした美少女が一人。その人を中心に女子が集まっていた。


「あ、志賀君。おはよー。」

目が合った美少女になぜか挨拶された。

「おはようございます?」

とりあえず挨拶し返したが、疑問形になってしまった。こんな人クラスにいなかったよな?転校生とか?状況が飲めない僕に葛城が肩を叩きながら言った。


「あれ、月島だよ。心配すんな。俺も10分前までお前と同じだった。」

「いや嘘だろ。メガネもないし、髪型違うし、制服だってさ…。」

「えー、志賀君は見た目で判断しないって噂だったのに。あの氷の女王に話しかけてトロ顔にさせてた勇者って私聞いたよ。」

気が付くと、月島?さんが僕と葛城の前に来ていた。


(うわ、かわいい…。)

真っ白な肌に薄めのメイクをしていて、ポニーテールから覗く首筋は妙な色気があって、膝上ちょいに上げられたスカートからは健康的な太腿が見えていた。

「志賀って、読モの『奏』ちゃん知らないの!?」

月島さんを取り巻いていた女子の一人が声を上げた。毒も?いや、月島さんの可愛さはある意味で毒の要素もあるけど。

「いや、ごめん。存じ上げません。」

「そっか。私もまだまだだったかー。」

正直に答えた僕に、月島さんはバツが悪そうに笑いながら話してくれた。彼女は1年生の頃から読者モデルとして、雑誌などで活躍していて、学校では身バレしないように地味なスタイルをしていたらしい。最近はある程度知名度も上がってきたため、この度解禁!という運びになったらしい。


「お前らー。騒ぐのは大概にして、席に着けー。」

いつの間にか来ていた担任の声で、ぞろぞろとそれぞれの席に皆戻っていく。月島さんのカミングアウトは当然、今日一番の話題の中心だった。登校日に決めるとなっていた文化祭の出し物は『メイド服かわいいから着たい』という月島さんの一言で、秒でメイド喫茶に決まったのは必然だった。さぁ、次は文化祭だな。

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