幕間 第弐句 お雑煮
「こーんにちはー!
お正月の
ボクは幼馴染のみさと君に呼び出され、彼がいつも自転車に乗り帰っている家に赴いていた。
なんでも、お雑煮の具を買いすぎたのだとかなんとか……。
何年間もボクからのバレンタインチョコを嫌々受け取っていたにも関わらず、彼は年の瀬、同じコミュニティのミキさんやゆささん、
「
──だなんて、失礼しちゃう。
……だけど、実際断れないし、
彼からの"誘い"は馬鹿げていたけれど、その誘いを迷わず承ったボクは、もう一つ輪をかけて、些か以上に馬鹿げていることだろう。
『
(え……、なに、このボク以外にもとっくに誰かお呼ばれしてるの……?)
ぬか喜びをしてしまっていたような、年明けからなんとも拍子抜けした気分になっている自分に、ボクは気付かされた。
────これはこれで恥ずかしい……。
しかし、玄関の扉を開き姿を現したのは、小さな女の子だった。
加えて、目の前の
洋服を着こなしている少女の姿に呆気にとられているボクを眼前の彼女は視界に捉え、詠うように言葉を踊らせる。
「みさとかと、
「あぁ、えっと、友だち……です」
──
────そう、反射的に応えていた自分に、少しだけ嫌気が差した。
つい
たった
「なるほどの。そちの
気付けば、ボクの胸を締め付けていた息苦しさは、いつの間にか彼女の
「────
「座敷には
しかし、その上で彼女は、初対面の相手であろうと、冷えきった外気に晒される
お昼、初詣で参った神社にて配られていた"
無味無臭。それ故に、味わい得ることのできる"人の暖かさ"が、このときのボクと彼女の間には確かに在ったのだ。
ボクは彼女の招きに応じ、小さな声で「……お邪魔しまーす。」と言葉だけは漏らしながら、みさと君の家のなかに足を踏み入れた。
炬燵が置かれた部屋まで通され、少女に促されるまま、足を崩し
────あれ……?ちょっと待って。
"
…………──────じゃあ、この
あまりにも似つかわしくないものが当たり前のように在ると逆に違和感を覚えないことがある、という話は知っていたけど……。──いや、この場合そういうことじゃなくて……。
「あのぉ……、ボクは
彼女が悪事を働いているようには見えないし、みさと君のことも知っていた。だけど、不審な人物ということには変わりない。
ボクはいつでも通報できるようにスマートフォンを後ろ手に構えながら尋ねた。
────しかし、彼女は炬燵台に乗った湯呑みを手に取り、こちらの心境とは裏腹に、静かに緩やかな言葉を紡ぐ。
「わちしかえ?わちしの名なら、
「ただいまー!」
自身を"
「────帰ったか、そちとともに、出迎えるかの」
これは好機だ。
この際、みさと君から直接この娘のことを訊いてしまうのが手っ取り早い。
歩幅を
///
──玄関に、見慣れない靴が一足ある……。
いや、
おれが帰宅を
一つは、聴き慣れた
……もう一つは──────。
「あけましておめでとう……って、なに勝手にあがってんだ、
「あけましておめでとう、
声音の
「あぁ……、お前、
「「
──咄嗟に思いついた虚言を遣って嘯いてみたが、若紫と千敬が見事に声を合わせたことで、疑問符を更に増幅させてしまった……。
「わちしはそんな、
最初に食い付いてきたのは若紫の方だった。
若紫の発言により、千敬相手にも無茶苦茶面倒な話になってきている気がする────。
「え、恋仲……っ。ちょっと、みさ──三木君、それってどういうこと!?まさか、家出少女ともうそんな関係になってるわけ?!」
……それ見たことか。
「いやいや二人とも違うんだって……。というか、若紫はちょっとだけ口閉じててもらってていいか?ややこしくなるから……。それと、おれも座敷に上がらせてくれ。さすがに玄関先で問い
「それもそうね。」と溢す千敬は、"自分が優先された"とでも思っているのか、若紫より落ち着いている。
────今日作る料理が
自宅──とは違うものの、"帰る場所"と呼んで差し支えない家の座敷に、わざわざ仰々しく入らなくてはならないという事態は、正直なところ、あまり気分がいいものではなかった。
千敬が床の間を背負ったため、仕方なく、おれは台所側に腰を下ろす。そのまま炬燵に脚を突っ込むと、縁側沿いに座る若紫の
若紫は、「すまぬ。」と短く言葉を漏らし、それと同時に足を正す。
おれの右足首には千敬の華奢な脚が無造作に乗せられている。だが……、悪びれる様子が見受けられない辺り、こいつは間違いなくわざと重ねている。────あとで千敬の分の雑煮の餅だけ減らしてやろうか。
「……って、ちょっと待て」
「弁護人、私語は謹んでください」
「……やっぱりお前、それがやりたかっただけだろ。この
「弁護人、言葉を慎みなさい」
なりきってやがる……。なら、おれにだって申しようがある。
「裁判長。貴殿の美しい
「うぐ……、三木君から堅苦しい言葉を貰うのは、これはこれでなんか嫌だな。わかったよもう。裁判ごっこはこれにて閉廷ー」
────……これは閉廷というより、単に裁判長が勝手に裁判を放棄しただけのように見えるのだが、おれだけだろうか。
しかも
「それでー?一体この
「────千敬殿」
ずっと口を閉ざしていた若紫が、淡々と言葉を発した。
「これ以上、みさとのやつを
「────な……っ」
若紫の言葉に小さく声を溢した千敬の頬は、どんどん紅潮していっている。
「千敬殿の、みさとへ
更に顔を赤らめる
*****
「そちからすれば、わちしの恋路は、邪魔であるはず……。それでいて、
わちしは、嫌われる覚悟を胸中に抱きながらも事実を伝えた。
目の前に座している
──しかしこの
結果、初対面の恋敵二人だけが、この茶の間に残され、現在こうして顔を見合わせている……。
さりとて、
「──ボク、若紫ちゃんを邪魔だなんて思わないよ?ボクがずっと得られなかった
雑煮の準備のため、そそくさと席を外したみさとには、決して見せたことすらないであろう、彼女の精一杯の微笑みが、わちしの恋心を
「──ねぇ。キミは将来、みさと君となにをしたい?この世界に息づいた
「それは……」
「叶うなら……、いつしか
少しばかり、
──直後。
わちしの視界に座していた
「そ、そちはなにを……っ?!」
──遠い昔に置いてきた
「なりたい自分が
髪に指を通し、優しくわちしを撫でる
「ボクはいま、こうしてキミに触れている。キミの存在を、拍動を、ボクはこの身で感じてる。──キミがここにいることは、決して
わちしを抱き寄せる
長らく
きてれつ極まる、
「──そちの
──わちしが千敬へ言葉を紡ぎ返すと同時に、雑煮の入った鍋を手に、みさとが茶の間へ姿を現した。
「──てっきり修羅場になってるかと思ったんだが……、おれの杞憂だったか?」
「心配性だねぇ、相変わらず。」と声をかける千敬の表情からは、最初にここへ訪れたときの
「うん。もう、──平気だよ。たったいま、若紫ちゃんとも、
「へぇ、そりゃよかった。千敬って、ずっと画用紙かコンピュータと
「えっへへ……っ。」と千敬が仄かに口角を上げて切り返したせいか、みさとは千敬の心意に気付いておらぬようだ。
──千敬から『
(千敬殿……。わちしの前で、
源氏様より深い愛をこの身に受けながらも、同時に、他の
加え、
故にわちしは──。
「千敬殿、わちしがそなたの『友』ならば、飯を食らうも、同じ
──こうして、緩やかに心の
「
元を
だが、わちしの存在を認め、友としてくれた千敬には、みさとに負けずとも劣らぬ恩がある。
それに、
千敬のもとにわちしの言葉が届くと、数秒の間を開け返事が寄越された。
「あっはは……、若紫ちゃんにはボクの心を全部見透かされてるみたいだね。──うん、ありがと。お雑煮食べたら、一緒にちょっとお昼寝しよっか……!」
「それは良い!
声高らかに、新たに芽吹いた『友愛』に歓喜するわちしたちを
「人様の手料理を寝る前の座興にしやがって……、全く」
そう口にしながらも、みさとの表情から微笑みが絶えることはない。
「ではでは皆さん、お手を合わせてご一緒に──。せーのっ」
「「「いただきます!!!」」」
普段は合わせぬ具材を合わせた料理であれど、個々の旨味を引き出すことができるなら、飯を分かち合う親しき者が隣に座っているのなら、美味も絆も深みが出ると
足摺りて たな知らぬもの 頬張るも ころもまとうて 食えど飽かぬも 千菅ちづる @Fhisca
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