5 死なぬ命と死んだ命と
「……ならば私はあの時死んだのか」
結局、あわてた僕の醜態を彼女はキョトンと見た後、事情を理解したようだ。
「えっと、あの時って?」
事情が理解できない僕は、情けない声で彼女に問いかける。
「ん? 何、私が住んでいる村が滅んでな、守護様の御膝元に逃げようとしたのだが……どうやら眠っている間に死んだようだ」
そう、言った。
幽霊だ。
人類が不老不死になり、技術は細石が巌になるまで長く進歩し続け、はるかに進んだ時代の科学でも霊というものは説明できなかった。
霊というものは物語の存在とだけ思い込んでいた。
誰も霊という存在を恐らく信じていなかったと思う。
それが目の前にいる。
「お前たちも因果な存在だな。私は死んだあとこのようになったのに、お前たちは死なんのか」
彼女に、説明するついでに僕たちの状態を、不老不死になって、生きることに倦んでいることを伝えるとそういった。
「人間とはままならん」
じっと僕を憐れむような、それでいて羨むような目線で見ながら、彼女はそういった。
なぜか、自分の鬱屈な心を見透かされているようで嫌だった。
「あの時代、皆平和に生きたかった。ただ安穏と暮らしたかった。誰もが生老病死の四苦を畏れ、それらがなくなることを夢見ていた」
星を見ながら、彼女は言う。
「が、それは叶わぬ願い。老いたものは死ぬ、生きれなかったものも死ぬ。そんな苦しみをは当たり前に見ていた。」
彼女の言葉の一つ一つが心に刺さる。
生きるのに飽いていて、倦んでいて、どうしようもなくもやもやとしていた僕の心が、何か得体のしれない、清らかで透明な刃に刺されているような気分だった。
「それを手に入れたら、今度は生きることに飽く、か。何とも贅沢よの」
「ああ、そうかもな」
ああ、なんだろうこの気持ちは。沸々と、妙な感情が湧いてくるのだ。
だけど、その沸き立つ気持ちの意味が理解できずに、どことなくもやもやとする。
「……確かに、君から見ると罰当たりだな」
そう思ってしまう。思ってしまうのだが、なぜだろう、やはり心の中が靄に包まれたように重い。
「そうだな。正直、戦のない世というだけでうらやましい。だが、それもまた人の輝きを失わせるのかもしれぬな」
幽霊である彼女は、そういった。
悲しそうに。
「はは……。町には活気はない。人はゾンビの方がましな状態……僕もただ不安だから、こうやって刹那の星空を見ている」
「刹那の星空? 面白い表現だな」
空を見あげて、彼女はそう呟いた。
「星は永遠だろう? 古の時代からそれは変わらん。星ほど不変なものはない」
「違う、星空は刹那だ。僕たちには星空こそが刹那で、僕たちの命こそが永遠なんだ」
すると、彼女はからからと笑った。
「たわけ。星が変化するもんか。将軍様が幕府を作る前から、ずーっと星空は変わらん。私たちが死んでも、私たちのつぎの人間が死んでも。」
ああ、そうか――彼女はきっと知らないんだ。
いや、きっとじゃない。絶対に、知らないんだ。
「違う、星空は変わるんだ。ほら、あそこを見てごらん」
僕は指をさす。
指の先にあるのは、嘗てベテルギウスが輝いていた場所。今はもうベテルギウスの死体しか残っていない場所。
「あそこに、何があるんだ?」
ふっと、僕は考える。そういえば、ベテルギウスなんてことを言っても彼女にはわからない。
「平家星、あそこには嘗て平家星っていう星があった」
平家星、それはベテルギウスを表す日本の古い名前だ。
「平家星……ああ、あの赤色の星か……」
そういうと、彼女はじっと星を見る。
「本当だ……なくなっている」
そうだろう、ベテルギウスはもうなくなったのだ。ばん、とはじけて星空から消えてしまったのだ。
「成程、こんなこともあるなら星空は刹那か…。お前たちからすれば、確かに生命は永遠だ」
彼女は笑う。
「全く、死ぬのも悪くない。全く違う、面白い」
すっと上を見て、彼女はぱたりと横たわった。
横たわるときに、草が靡くことはなかった。
重量がないものは動けない。
それが、彼女が霊であるということを、僕に強く意識せた。
「ほら、横になれ」
彼女は、そういいながら重さのない腕で隣の地面をたたく。
なんで、と聞こうとしたら、彼女が口を開いた。
「教えてくれ、星を」
それは、心の底からの願いのように聞こえた。
「……ああ、いいよ」
真摯な思いがにじみ出ていたから、僕もまたそれにこたえようと思ったのだ。
「あれが、昔の北極星。もう、あの星が北で固定されることはない――」
今では別の星が北極星だ。
長い年月は、北天のピンを変えてしまったのだ。
「ああ、そうか。もうあの星を、北の導とすることはできなくなったのか――」
こうして、長い星語りが始まった。
続く
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