4 柳下の少女

 城跡まで、歩いて二時間ほど。

 夜が深まっていた。

 心地よい疲労と共に僕は地面に横たわる。

 城跡には松があった。桜があった。そして、柳があった。

 何れも、巨木だ。

 そして、老木だ。

 かつては、ここは城だった。そんなことを、思わせないほど木々が生い茂っていた。

 城跡といっても、朽ち果ててもう読めない案内板だけしか残っていない。

 上を見ると、星の海の真ん中に満月が浮かんでいた。

 荒城の月、とはこういったものなのか。そう思った。

 その時だった。


「ほう、ここに人が来るとはな」


 自分以外の声がした。

 この町にいるのは自分だけのはずだ。だというのに、何故声がしたのか。僕はわからず声の方を見る。

「ふむ、何故そうも驚く?」

 不思議な格好をした少女がいた。

 ボロボロの麻の服だった。時代劇のようだった。

 ああ、なるほど……彼女は懐古者なのだろう。

 懐古者とは、この不老不死が当たり前の世の中に現れた人々だ。

 昭和の中ごろに発生したヒッピーのような、自然回帰を謳った人々。それが、懐古者という人々だ。不老不死に疲れた人たちが隠者の如く生きる。今を生きる仙人。

「それにしても僥倖だ。まさか、逃れることができるとはな」

 逃れる? 何を言っているのだろうか?

「ふむふむ、ところで聞くのだが、ここがどこかわかるか?」

 どこか……此処は、もうすでに名前を失った町だ。もう覚えてない。

「ここは、名無しの街だなぁ」

 すると、少女はキョトンとした顔をする。

「ぬ? この日ノ本に名無しの場所など、あるはずがないだろう!?」

 ……日ノ本、これはまた大仰なことを言う。

「大都市以外もう人も居ないってされて、土地の名前は廃止されたじゃないか」

 そう言うと、少女の眼がまるで黒曜石のようにぎょろりと剥かれる。

「此処が深山の奥だと? このうつけめ、このあたりは守護様のおひざ元だろうが!」

 まずいぞ、致命的に話が合わない。守護ってなんだ!?

「……守護様の領地ではないのか。いったい此処はどこなんだ?」

 ……この子、懐古者じゃない?

 そう思って、彼女に近づいた時だった。

「え?」

 僕は、気が付いてしまった。

 柳の下にいる彼女には……


 両の脚がない。



          続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る