第3話
もしかしなくても、ストレートにものを言わなければならないのだろうかとジーンが気が付き始めたのは五回目のオーダーを変更したときである。
奴隷商人というのはどういった奴隷を求めているのか見抜くものだとジーンは聞いていたから、言わなくていいのはラッキーだなと思っていたんだけどなと少し落胆する。
ストレートに顔がいい人がいいですと言うのはかなり、いやものすごく恥ずかしい。これからある種のハーレム、逆ハーレムを作ろうとしているがやろうとしていることは最低だがそれでも顔がいい男女をだせ!と言うのはやはりちょっと、いやかなり抵抗がある。
「ジーン様、テストをしませんか?」
「…は?」
「それでは今から幾つか質問をさせていただきます。真剣に考えなくて結構です。思いついたらおこたえください。ではジーン様お付き合いしたい男性に必要な条件、三つあげてください。」
え、え?何これ。こ、答えるけれども。待ってほしい。なんでテスト?いや答えるけれども。
「や、優しいことと、趣味を許容してくれる人と、清潔感があること…?」
「ふむ、なるほど。ではジーン様、その条件にぴったりな方が二人あらわれてしまいました。その場合もう一つ条件をあげるとしたらどういたしますか?」
「ええ…あ〜…う〜ん、身長が高い方…?」
「なるほど。もう少し、お付き合いくださいね。」
リュウによる尋問(?)は三十分くらい続いただろうか。ジーンは質問というより、心理テストに近い気がしたが必要なことだと信じ込んで答え続けた。
絶対、絶対にその質問いらないのでは?というような質問も途中で入っていたが、そういうのは適当に誤魔化した。だってリュウは質問に答えろとは言ったが嘘はつくなとは言ってはいなかったからである。それに真剣に考えなくてもいいと言っていた。屁理屈もいいところだが、誤魔化した回答について今のところ何も言われてないし、いいことにした。
何個、いや何十個とリュウが出してくる質問を返答しただろうか。四つ目までは数えたがそこから先、数えることをやめた。長時間この館にいるせいかこの高そうな、二十一世紀であったもので例えるとペルシャ絨毯みたいな絨毯の柄も覚えてしまった。差し色で使われている金糸がとても綺麗だ。
「はい、ジーン様ご協力ありがとうございました。有意義なお時間ありがとうございます。感謝いたします。」
「ああ、いえ…あの、それで何かわかりましたか?」
「ええ、ジーン様がご協力してくださったおかげで、大方把握いたしました。それではご案内いたしますね。」
ご案内?よくわからないがジーンはリュウについて行く。廊下にでていくつもの部屋を通り過ぎ、階段を下って、下って、どんどん下へと向かう。あんなに明るく感じていたのにいつのまにか暗く、その上雰囲気が悪い。この館、どうなっているんだろう。
というか、これは、ヤバいのでは??
「あ、あの…」
「はい、到着いたしました。手前から数えて二番目の扉です。」
「え?あの…」
「少し気性が荒いのですが、ジーン様のお目に叶うかと。あ、そうそうこちらをお掛けになるとよいかと。それではご武運を!」
ちょっと待ってご武運って何?!と叫ぼうとするがあれよこれよと部屋に放り込まれていた。それでいいのか、奴隷は商品だろうに、冒険者を放り込んで危ないと思わないのだろうか。信頼されているのだろうか。
考えることを放棄したのは肌に突き刺さるような殺気をスルーし続けることが難しくなったからだ。少しでも動けば殺す、夥しい憎悪の塊がこの空間を蹂躙していた。
「あ、ああ…」
憎悪の根源がそこにいた。息を荒くして、赤い目をギラギラと光らせ、憎い、憎いと眼光炯々として、ジーンを貫く。
今にも飛びついて喉元を掻き切ろうとしているのがわかった。それを彼の首と腕に繋がれた鎖が辛うじて防いでいる。その鎖もギチギチと嫌な音を立てて今にも壊れそうだった。彼の周りの壁の色が赤黒く変色しているのはきっと血を流したということだろう。
下に下がれば下がるほど扱いにくい奴隷が収容されているということで間違いなさそうだ。ワケありでも、いい。ただ嫌悪されてるとなると楽園にいれるの、キツいのではないだろうか。だけど、ううん。
「殺ス…ッ!!殺すコロす殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス殺すコろす殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスこロス殺す殺す殺すころス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス殺スコろす…ッ!!!!!
「……」
いや、こえーよ。顔がいいし声もいいからなまじ迫力あって怖い。何この子どうしてそんなザ憎しみの塊の化身なの?もうちょっと優しくして?モンスターも怖いけど人型の憎悪は複雑に絡み合っているせいかダイレクトにくる分もっとこわい。失禁しちゃう人がいるのわかる。しないけども。
髪の毛は痛みに痛みきって、ふけまみれ。身体は掻き毟ったのだろうか、指先の色は赤黒く、首元を傷つけないように首輪は首を覆い尽くし、身体の至る所には引っ掻いた傷痕がそこら中にあった。ああ、脇腹はミミズ腫れしている。
「フーーーー!!!フーッ!!!」
「………」
無理では?心の八割がそう囁いている。やめてしまえ、危ない、死んでしまう。そっとしておけ。どうせあと少しの命だ。この子じゃなくても探せば顔のいい子はいる。
そうだ。
そうだ。そうだ。そうなんだ。
この子、顔がとてつもなく、いいのだ。なら決まってる。憎まれている、顔がいい子に殺されるのならば本望じゃないか。顔がいい子に囲われる前に死ぬのは少し、ううんものすごく残念だけれども。国宝が一つ増えたと思えばいいじゃないか。ならもう、決まってる。ジーンは硬く握りしめた手を、あの日された様に目の前の少年に差し出した。
「私、とてつもなく恐ろしい魔女。唐突で申し訳ないんだけど、あなたには私の専属奴隷になってもらうわ。」
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