第113話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第113話 Side:A》
鳥のさえずりで、アイザック・オールトンは雨風が凌そうな横穴から目を覚ました。それは沼地に棲むステュムパーリーの声では無い事に安心はしたが、既に日が昇っている事には少し残念そうに眉を寄せる。
「・・・後2日、か・・・」
疲労と魔力の温存の為に仮眠を取ろうとしたところ、こんな時間まで寝入ってしまったようだった。頭はスッキリしている事から、熟睡はできていた。
(後1羽・・・)
この湿地帯での訓練で、最終週を終えるまでに1人5羽討伐するという課題に、アイザックは残り1羽というところまできていた。もう、顔や衣服が泥で汚れる事にも慣れ、むしろこの何とも言えない密着感が心地良くも感じるようになっていた。
(みんなは後どれぐらいなんだ?もう終わった奴もいるのか?)
そんな事を思いながら、歩みを進める。足裏が少し浸かる程の水位の沼地をザブザブと進み、茂みに身を隠す。この訓練が始まってから随分と悪くなった目付きでギョロギョロと辺りを見回す。顔を動かさずに眼球だけ動かす仕草は、まるで獲物を探す獰猛な野獣のようだった。
「・・・いないか。にしても腹減ったな・・・」
自分の周りにステュムパーリーがいない事に、安堵なのか落胆なのか、溜め息を1つ吐き、腹が鳴る。と、後ろからの女性の声に振り返る。
「・・・ん、アイザック?」
そこにはシャウラがいた。同じくところどころ泥に塗(まみ)れ、普段物静かな彼女からは想像つきにくい魔力の荒くれ方をしていた。右手に《火》の魔力を宿したままという事は、先程まで戦闘をしていたのか、それとも常に警戒しているだけなのか。
「どうだ、そっちは?」
「・・・さっき終わったところ」
「そうか。お疲れ」
「・・・うん」
どうやら前者だった彼女は、仲間の存在を認識すると魔力を解いた。そして一息吐くと、おぼつかない足取りでフローラ・ブルドッグがいる拠点へ帰ろうとしているシャウラの疲弊している背中を見送ろうとすると、ふいに彼女は振り向いた。
「どうした?」
「・・・さっき、あっちでレグルスを見掛けた」
「レグルス・・・?何でアイツがここに?」
「・・・分からない。・・・けど、1人でステュムパーリーを倒してた」
その言葉に、アイザックの目付きが変わった。同時に、武者震いが起き、口角を上げ、鳥肌も立った。
「ほぉ・・・?」
まだ年下だと、子供だと侮っていた自分を恥じたい気持ちもあったが、彼は素直にその強さを認めていた。自分たちが苦労して倒せるようになったステュムパーリーを、下調べも無しに倒せる戦闘力を有している事に驚きもあった。
(成長期、じゃあ済まないな)
フッと笑うと、アイザックは泥に足を取られながらもシャウラが指し示した方へと歩いて行った。
(・・・よいしょ、っと。私も戻ろう)
アイザックの背中を見送ると、彼女も再び重い足取りで拠点へ戻って行った。
5分も経たない内に、レグルスの背中が見えた。彼の周りには既に4羽のステュムパーリーが倒れており、一息吐いている様子だった。
「おーい、レグルスー!」
アイザックはそんな背中に声を掛ける。するとレグルスは振り返り、安心したように溜め息を大きく吐いた。
「アイザックさん・・・。良かった、ここに入ってから誰とも知り合いに会わないもんだから、不安だったんですよ・・・」
「あれ?さっきシャウラが・・・」
「シャウラさんですか・・・?いえ、会ってないですけど・・・」
と、ふとアイザックは彼女の言葉を思い出す。『・・・さっき、あっちでレグルスを見掛けた』。
(話した、とは言ってなかったか)
「いや、何でもないんだ」
頭をポリポリ掻くと、彼は周りのステュムパーリーに触れた。
「これ、お前が全部やったのか?」
「ええ、見つかったら襲ってきましたので・・・。魔獣ですよね・・・?」
本当に前情報も何も無しに倒していた事にもはや驚きを超えて呆れる程だった。
「しかし、この短時間でどうやって4羽も倒したんだ?俺たちの課題は、コイツを最終週に1人で5羽倒す事なんだが」
レグルスはその目に掛かる前髪の隙間から瞳を覗かせて答えた。
「あ、ええと・・・。こっち目掛けて突進してくるので、頭を狙って魔法を撃っていたら、倒しちゃったんですよね・・・」
「確かレグルスの魔法って、《土》の放出系だったよな?しかもバカでかい岩の塊を飛ばす」
アイザックは手で表した。レグルスの得意とする魔法は、岩を出現させて標的に向けて飛ばす【ロックキャノン】。いくら敵が向かってくるからと言っても、スピードで勝るであろうステュムパーリーに当てられるかどうか怪しいところだった。しかしレグルスは、そんなアイザックの言葉を良い意味で裏切った。
「僕も、王国に残っている間に隊長に色々教えてもらっていたんです・・・。『お前の魔法は一辺倒だ、もっと幅を広げると良い』って・・・」
「それで、ステュムパーリーを倒したのは新技、って事か」
不器用に笑うレグルスの顔が答えだというのは、言うまでもなかった。
「しかし一撃で、しかも避けられないっていうのはどんな魔法なんだ?」
「あぁ・・・、それはですね・・・。・・・!!」
と説明しようとすると、遥か上空に都合よくステュムパーリーが旋回しているのが見えた。
「来るか!?」
見上げるとすぐに、奴は彼らの真上から、錐揉み回転しながら滑空してきた。一瞬で最高速度に達したスピードに、数秒も無い時間で何ができるのかと、アイザックも身構える。と、レグルスはおもむろに、まるでライフルでも構えているかの様に、左手をピストルの形に、右手でトリガーを握る形を取った。左目を瞑り、右目で奴を視界に捉えると、右手の指がトリガーを引く。
「【ライオネット・スナイプ】!!」
凝縮し、射出された《土》の魔力は先の尖った弾丸を模しており、放たれた衝撃で噴煙が舞い、その反動で、体重の軽いレグルスがぬかるむ柔らかい地面に少しだけ深い足跡を残す。ステュムパーリー以上の回転数で空気を切り裂き、そして貫く。余りにも一瞬の出来事にアイザックは何が起きたのか理解できなかったが、落ちてきたステュムパーリーを見て納得がいった。
「一撃で頭ぶち抜いたのか」
コクリと頷くレグルス。しかし連発はできないのか、肩で息をしていた。相当な集中力と魔力を一回の射出で消耗するその魔法は、乱戦では使えない。それは本人も気付いているだろうが、これだけの威力が一撃で与えられるのならば、恐らく、近距離ではなく、遠距離で本領を発揮するタイプだろう。
「すげぇな・・・って、おい、後ろ!!」
アイザックは視界に捉えた。レグルスの死角から高速で降下してきているステュムパーリーを。レグルスは反応が遅れて体勢を崩してしまうが、アイザックが自身の両足に《風》の魔力を込めていた。
(間に合え・・・!!)
足に力を入れて跳び上がろうとしたその瞬間、《水》の魔力を帯びたボウガンの矢が複数飛んできた。それらは真横からステュムパーリーの頭、羽根、胴体を貫き、沈黙させた。勢いだけが残り、奴はアイザックとレグルスの足元に墜落した。
『やりぃー!これでおっわりー!』
聞き慣れた元気な女性の声の主は、鼻歌混じりに丘の上からその姿を現した。
「カペラか」
ガキ大将バリに鼻下を右人差し指で擦って泥のヒゲを作りながら、彼女は丘の先端の隆起している部分に片足を乗せ、左手は腰に当てていた。逆光でシルエットになってはいるが、一目でカペラだと分かった。
「あれ、アイザック・・・とレグルス?何でここにいんの?」
その丘を滑り降りながら問うと、彼は答えた。
「追加物資を持って数日前にここに到着したんですけど、なかなか誰にも会わずにさっきようやく会えたんですよね・・・」
レグルスはアイザックを見た。何だそういう事か、とアイザックも一息吐くと、ある事に気が付いた。
「って、その物資はどこにあるんだ?」
レグルスはその言葉に目が点になり、自分の肩や周りを、まるで漫画でも見ているかのような仕草でポンポンと触りながら探すが、そこには何もない。そして彼は純粋そうな顔で口を開いた。
「・・・戦闘している間に、どこかに落としたようです・・・。あの中には水や食料、清潔なタオルが入ってたんですが・・・」
「食料!?」
「清潔なタオル!?」
2人の目の色が変わるのが見て取れた。
「おい何してんだ早く探すぞ!!」
「そうよ、こんな汚いままでは居られないわ!!」
レグルスの情報も何も無しに、アイザックとカペラは、この数日の疲れなど吹き飛ばす勢いでレグルスの落とした追加物資の入ったカバンを探しに走り回り始めた。
『うおおおおおおおお!!!』
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第114話 Side:A》へ続く。
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