第112話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第112話 Side:A》
『そういえば、何でお前は騎士団に入ろうとしたんだよ?』
それはとある男が、ラウルと飯屋で話していた時の事だった。
「ん?あー・・・、親の為だよ」
『親の為?』
「親父とおふくろは、俺の事心配しすぎなんだよ。仕事に就かずにフラフラと出歩いてばかりだったからな。勝手に騎士団の試験に応募してたんだよ」
男は、ふーん、と、自分で聞いたのに興味がなさそうに目の前のパスタをフォークでクルクルと巻いていた。
『それにしては、最近お前頑張ってんじゃん』
「そうか?」
『あぁ、遊撃部隊だけじゃなく、他の隊にまで名前が広がってるみたいだぞ?』
ラウルは眉間にシワを寄せる。それが彼にとって良いことなのか悪いことなのかは、表情からは両方とも取れ、次に発した言葉はどっちも否定するようだった。
「・・・そうなのか」
自分の名前が広まる事を望んでないのか、彼は飲んでいたスープに目を落とし、片肘を突いた。スープが濁って見え、今まさに自分の心を映しているようにも思えた。
(頑張ってる、か・・・)
グルグルとその濁りを取るようにスープをかき回し、一気に胃に流し込む。
「俺よりも頑張ってる奴は山程いる。死に物狂いでな。まだ、俺はその域じゃない気がする」
何かを悟る振りで、ラウルはその時はその場を立った。
(今の俺は、頑張ってんのかよ・・・?!なぁ俺!!)
両手で保持する《火》の魔力は、次第に熱さと光量を増し、まるでそこに太陽でもあるかのように辺りに影を作り出した。夜に慣れた目は眩み、それがただならぬ魔力量と密集度だという事は、一目見なくても分かるレベルだった。
(これが今の俺ができる最大の『頑張り』だ・・・。もう、親の為だけじゃねぇ・・・!)
「これで終わらせてやる。みんなで朝日を拝むぞ!!」
汗で目を開けるのも精一杯の様子でエリューマンを睨み付ける姿は、ここにいる誰よりも勇ましく見えた。その魔力を真っ向勝負で受けようと、エリューマンも体をラウルに向け、頭を低く、突進の構えを取った。その後ろでは木に寄りかかって息を荒くし、頭から血を流して意識が朦朧(もうろう)としているポピーと、それを介抱するメルがいる。何としてでも奴の意識から彼女たちを外さねば、と威勢よく叫んだが、どこに当てれば効果的かなど考えもしていなかった。だが、引く気はない。ラウルは、重い一歩を踏み出した。
「う、お、ぉぉぉおおおおおお・・・!!!」
それに反応するように魔力が全開になる。
『ブゴォォォォォォォ!!!!!』
エリューマンが雄叫びを上げ、後ろ足で地面を蹴り、文字通り殺意に満ちた突進でラウルに襲い掛かる。と同時に、彼は今にも暴発寸前まで溜めていた《火》の魔力を解放した。
「ぅうおおおおおおおおおりぁああああああああああああああああ!!!!!」
じゅうじゅうと焼け焦げる匂いと、静けさ纏う空気を割く轟音に、思わず鼻と耳を押さえたくなる。が、誰もその行動を取ろうとしなかった。全員の5感がラウルの技に魅了され、動く事ができずにおり、見届けなくてはならないという使命感にも駆られていた。
「これで終わりだぁぁぁぁぁ!!!」
とさらに魔力を放出し、振り抜こうとするが、それは突然訪れた。その場の全員が何故か何の疑いも無く、何の要因も考えなかった事だが、何の前触れも無く、ラウルの体に異変をもたらした。
「・・・ラウルさん!?」
メルが声を上げた瞬間、アレだけの存在感を出していた彼の《火》の魔力は霧散し、勢いのまま後ろにのけ反った。スローモーションにも思えるような時間の流れに、誰もが目を疑った。
「魔力切れ、か・・・!」
そう言って焦ったように再び飛び出そうとするサンズの袖を鷲掴みにしたリゲルは、言葉に出さなくてもその気迫から彼をその場から動かさなかった。
「何故・・・!?」
「まぁ、見てなよ」
リゲルは余裕そうだった。倒れ込んだラウルを押し潰そうと前脚を上げたエリューマンの文字通り眼前を、ローガンがナイフに《水》の魔力を込めて放つ【斬裂水糸(ざんれつすいし)】が通り過ぎ、先の木に突き刺さる。
「止まれぇ!!」
漁業のように引っ掛かるが、糸鋸状に振動する水糸がザリザリと不快な音を立てながらもお構いなしに食い込む。後ろ脚だけで立ちながらも力任せにエリューマンは暴れ、ローガンも引っ掛かった水糸を離す間もなく吹き飛ばされてしまった。
「がはっ・・・!!!」
今度こそ終わりだ、と奴はラウルに向けて威圧する。『その程度か」と言いたげなそのオーラに、彼はぐうの音も出ずに魔力切れによる脱力感と戦うも、地面を押す力もなく天を仰いだ。
(クソ・・・。ここまでか・・・・・・)
既に傷だらけで心身共に疲れ果て、魔力もない。もうラウルにできる事は何もなかった。ポピーも、ダンも、戦えそうにない。後は見守ってくれてるリゲルとサンズが何とかしてくれるだろう、と目を瞑ったその時だった。横から暖かい魔力を感じ、思わず目を開ける。
「【ブレイズボム】!!」
今までのどの彼の放ったソレとは比にならない程の大きさの魔力に、本人も驚いていたが、声にならず、ただエリューマンに一矢報いてやろうと必死だった。
ドォン!!!!!
辺りには短く鋭い轟音が響き、ラウルの時と同様、周囲には鼻を刺す焼け焦げた臭いと煙が充満した。エリューマンは直立したまま2、3秒静止し、煙が晴れる前にゆっくりと奴は仰向けに倒れ込んだ。
ズズゥン・・・・・・
地面を揺らす程の衝撃に膝をつくワイアット。固唾を呑んで再び奴が立ち上がらないかと見続けていたが、エリューマンはそのまま沈黙した。
「・・・やった・・・。やったぁ・・・・・・」
喜びと疲れから脱力し、ワイアットも仰向けに倒れ込んだ。その様子を見てリゲルは安堵の溜め息を吐き、サンズは少し俯きながらメガネを上げた。
そこから彼らが目覚めるまで数時間、メルとノモスは傷付いたポピーとダンの治療を、疲れ果てて寝入ってしまったラウルとローガンとワイアットの3人をリゲルとサンズで木陰に運び、束の間の休息となった。朝日を浴びて、ラウルたちが目を覚ました。
「ん・・・、眩しい・・・。あれ、エリューマンは・・・?」
寝ぼけているのか、平和そうに頭を掻きながらむくりと起き上がったラウルは辺りを見渡した。
「トドメはワイアットが刺したが、これは全員の勝利だ」
サンズが事の一部始終を話すと、ラウルはワイアットと目を合わし、笑った。
「一時はどうなるかと思ったが、勝てて良かったな。・・・さて」
とサンズは立ち上がった。少し歩き、開けたところで止まって彼らの方向を見る。
「整列!!」
突然の指示に、体が自然と動く。どんなに疲れていようと、傷を負っていようと、彼らは騎士団の人間。上官の指示には敏感だった。
『はっ!』
それに応えて横一列に、左からポピー、ワイアット、ダン、ラウル、ローガン、メルの順に並んだ。凛々しいその顔付きは、この《ヘラクレス山脈》に入る前とは文字通り別人だった。
「山岳地帯に君臨する個体名『エリューマン』を討伐した事により、サンズ・ビーフシチュー班のヘラクレス山脈での演習、及び訓練はこれにて終了とする。お前たち、よく頑張った」
その言葉に、並んだ数名は目が潤んでいるように見えた。彼らが敬礼で応えると、サンズは続けた。
「メル・ビスケット」
「・・・はいっ・・・」
呼ばれたメルは、ついに来た、と軽く唇を噛み、緊張した。服の裾をギュッと握り、ここでお別れだと思うと、目尻に薄らと涙が浮かぶ。サンズから別れの言葉が出るかと思っていたが、良い意味で裏切られた。
「・・・え?」
メルの頭に、優しく、温かい手が乗る。慣れない手つきで彼女の頭を撫でながら、サンズは感謝を述べた。
「ありがとう、メル・ビスケット。お前のおかげで俺は成長できた。隊長と相談して、除隊扱いにはせず、籍は残しておいてもらうようにする。お前も成長して、いつかまた戻ってこい」
思わぬ言葉に一瞬耳を疑ったが、確かに『また戻ってこい』と言われた事は聞き取れた。離れた手にハッとして顔を上げると、そこにはいつになく優しい表情のサンズがいた。
「ノモスさん、お願いします」
「はい」
そこからバトンタッチされたノモスに手を引かれ、メルは名残惜しそうに森の中へと歩いて行ったが、途中、ノモスの手を振り解き、サンズたちへ向かって叫んだ。
『ありがどうございまじだぁ!!いっでぎまぁす!!!』
感情が崩壊したように、顔がくしゃくしゃになろうともお構いなしに泣き叫ぶ様子に、もらい泣きしてしまう者もいた。そんな中、メルは大きく手を振り、森の中へと消えていった。
「・・・行っちゃいましたね」
ポピーは右手で目尻を拭うと、明るく振る舞った。
「・・・あぁ。さぁ、俺たちも帰るぞ」
『はい!!』
彼らの声はメルにも届きそうな程に大きく、背中を押すように彼女の方向を向いて発せられた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第113話 Side:A》へ続く。
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