第111話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第111話 Side:A》
夜空にようやく白が薄っすらと映え始めた頃、体に疲れとエリューマンにより受けたダメージが足にキテいたポピーは、踏ん張りが効かなくなっていた。
「くっ・・・!」
だがしかし、疲れは彼女らだけではなく、対峙しているエリューマンにもその兆候は見られた。ラウルに焼かれた前脚が地面を踏む度に震え、最初までの覇気はない。全員が後ちょっとだ、と思っていた。
(いける・・・!)
奥歯を噛み締め、眉間にシワをよせるポピーはレイピアを右手で握り直して引き、剣身(けんしん)に左手の甲側を上にし、親指と人差し指の間に這わせて右足を引いて半身に構えた。足を肩幅よりも広めに開き、重心は下に。今まで攻めの姿勢を見せていた彼女が今度は待ちの姿勢に変わった事に気付いたローガンとダンは顔を見合わせた。
「何をやる気だ?」
「知らん!けど、何かやってくれるはずだ!」
既に疲れがピークに達しそうなダンは素気なく返したが、彼にはポピーが何をやろうとしていたのか、おおよその予想は付いていた。
(まだ完成してないんじゃ・・・?)
ダンは、【ヘラクレス山脈】に来る前、ポピーが密かに演習や任務の合間に何かを会得しようとしている姿を目撃していた。しかしただならぬ集中力で周りが見えていなさそうなその視野に、実戦ではまだまだ使えないものだと思っていた。
「ふぅぅぅぅ・・・・・・」
彼女の静かに吐く息が途切れる頃、エリューマンは踏み潰そうとポピーに向かって前脚を高々と挙げた。気付くのが一瞬遅れてフォローしようにも間に合わないタイミングだった。
(くそっ・・・!)
ダンが石礫を爆発させて目眩しをするか、ローガンが《水》の魔力を纏ったナイフを投げ付けるが先か、間に合わなくてもせめて逃げるきっかけを作ってやれないかと飛ばそうと構えるも、ポピーは不敵に笑っており、2人はその手を止めた。
(この技も、窮地で大きく成長した。今の集中状態なら・・・、いける・・・!)
彼女自身、今自分が笑いを顔に出している事は理解しておらず、どこか高揚しているだけだと思っていた。心臓の音が高鳴り、緊迫し、瞬きさえも許されない一瞬を、ポピーは捉えた。振り下ろされる両脚の隙間を、身体を舞う木の葉の様に翻し、レイピアの切先に集中させた《風》の魔力を研ぎ澄ませて下に潜り込むと、一気に上に向かってレイピアを突き出す。
「【飄(つむじかぜ)】」
落ちてくる巨躯の重みと突き出す鋭さで、何の抵抗もないんじゃないかという程すんなりレイピアの剣身をほぼ飲み込んだエリューマンの身体は、体感では2、3秒静まった。しかしポピーが力を込めると同時に、奴の体内で何かが爆発しているのか、巨躯が浮く程の衝撃が轟音とともに襲いかかった。
ドゴンッ!!!!!
エリューマンが浮き、ポピーはその隙に押し潰されない様に素早く戻った。地響きと共に地面が揺れ、何も知らない人からすれば地震か地滑りでも起きたのではないかと疑う程だろう。
「・・・はぁ、・・・はぁ・・・。・・・ふぅ・・・・・・」
深い呼吸で荒い息を整え、ポピーはその場に両膝を突いてへたり込んだ。何とか立ち上がろうとするも、プルプルと震える足では力が入らず、思わずダンが支えに入った。
「おっと、大丈夫か?」
「・・・何とか、ね」
「あの技ってもしかして」
「そう、ソフィア隊長の【焔乃断斬(ほむらのたちきり)】を少し真似させてもらった。もちろん、隊長自ら指導の元だ」
荒かった呼吸が正常に戻った事に安心したダンは、もう終わったかのように口元を緩めた。が、しかし、こちらを見ていたローガンの目線が彼らの後ろを捉え、声にならない恐怖を体の震えで表していた。
「お、おい・・・、後ろ・・・!」
指さす方を2人が振り返ると同時に、ダンとポピーは、まるで丸太が勢いよくぶつかったような衝撃が襲った。まともに受けたポピーの左腕は折れ、肋骨(あばらぼね)にも数本ダメージが入っていた。ダンも無傷ではなく、吹き飛んだ先で頭を打ったのか、よろよろと立ち上がるもすぐに倒れてしまった。
ポピーはかろうじて意識はあったものの、折れた腕や痛む脇腹を庇うが、目の前を覆う大きな影に顔をしかめる。エリューマンにとって、致命傷に近いダメージを負わせた彼女は、ここで消しておきたい人間の1人だろう。本能だけではなく、知性を持つ奴からの殺気は、対峙している者を震え上がらせた。
「・・・っ!!!」
もう一度同じ攻撃が来たら、間違いなく死ぬ。今まで何度も戦闘を行なってきたが、これ程までに「死」という存在を目の当たりにしたのは初めてだった。そう思うとポピーの目からは予期もしない涙が溢れ、悔しさと恐怖が入り混じり、戦意を喪失してしまった。それを見ていたサンズは、飛び出そうと右手に魔力を纏った。が、それをリゲルは止めた。
「アイツらを信じるんだろ?なら、お前は出るべきではない」
「・・・しかし・・・」
サンズが珍しく隊長であるリゲルの言葉に反した行動を取ろうとした最中、メルが代わりに飛び出した。
「お、おい・・・!」
サンズの言葉を無視し、彼女はエリューマンの後ろで右手を前に突き出して構えた。山頂では偶然と言って良いほどのタイミングで発現した《森林生成魔法》だが、今のメルでは恐らく発動はまだ無理だろう。その事は彼女自身重々承知ではあるが、居ても立っても居られない状態だったのは確かだった。
「・・・メ、メル・・・・・・」
ポピーが大木を背にし、頭から流れる血を拭いながらメルを確認する。
「エリューマン・・・!!こっちを向きなさい!!」
戦えるわけでもないが、彼女は何か自分でもできる事がないかと考える間もなく体が勝手に飛び出していた。構える右手は震え、ゴクリと唾を飲む。親元に居た頃の『狩り』とは違う命のやり取りに、一挙手一投足に懸かっている重みは計り知れない。エリューマンもメルの声にチラリと振り返る素振りはするものの、彼女からは何の殺気も魔力も感じられないと分かるとすぐにポピーの方を向いて鼻息を荒く、今にも突進しそうになっていた。
「・・・・・・っ!!!」
唇を噛み締めるが、これもまた事実。メルには今、奴を脅かすものが何も備わっていないことを分からせられてしまった。
「・・・出ろ!出なさい!!《森林生成魔法》!!!さっき一度出たじゃない!!・・・何で今出ないのよ・・・!」
彼女の泣き叫びも虚しく、エリューマンにとっては雑音に過ぎなかった。それを見ていたノモスも、顔を少し俯かせていた。ここまでか、とサンズも奥歯を噛み締めながら状況を見守っていると、リゲルが口を開いた。
「・・・来るぞ」
それが何なのかは、言わずとも分かった。エリューマンがポピーたちに最後の攻撃を仕掛けようと前脚で地面を何度も蹴り、突進を繰り出そうとしたその時だった。
「待ぁたぁせぇたぁなああああああああああああああ!!!!!」
その声に、全員が振り向く。汗まみれで構えを一切解かずに魔力の保持を続けていたラウルが、荒々しく猛る、影が大きく見える程の光を放つ《火》の魔力を両手に、エリューマンを睨みつけていた。その顔は自信に溢れ、ハッタリでもなく、この一撃で倒すと言っているようにも見えた。
「ラウルさん・・・」
安心したのか、その場にへたり込むメル。エリューマンも、そちらに気を取られているのかポピーへの殺意を一旦削ぎ、ラウルへと、いや、彼の宿している魔力に向け始めた。
「これで終わらせてやる。みんなで朝日を拝むぞ!!」
ラウルの自己暗示とも取れる鼓舞が森の中にこだました。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第112話 Side:A》へ続く。
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