第110話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第110話 Side:A》
【拝啓、親父、お袋。あなた方の一人息子、ラウルは今日ーーー】
「死んでしまうかもしれませんー!!!!?」
ラウルはそう叫ぶと、間一髪で避けられたエリューマンの攻撃の圧に吹き飛ばされた。
「のわぁぁぁぁ!!!」
「何やってのよバカ!!」
吹き飛んだ先で、レイピアを構えるポピーに罵られながら打った頭を撫でると、殺気立つエリューマンの視線に気合いを入れ直す。
(ええいクソォ・・・、何か奴の体勢を崩す事ができれば・・・)
ラウルは赤色の唾を吐きながら口を拭う。先程のギャグ調の彼の雰囲気から一変、真剣な表情でエリューマンを睨む。眼球だけをギョロギョロと動かし、どこかに隙が無いかと、この訓練内で得た情報を活用するが、考える事に適さないラウルの頭はすぐにそれを諦めた。
(ダメだ・・・。俺の頭じゃ何も分かんねぇ・・・)
と、視線を左右に振ると、ようやく闇夜に慣れてきた目に、ダンが映った。
(そうだ・・・!)
「ダン!!」
その声にダンは振り向く。何かを訴える様な眼差しを向けているラウルに察して頷く。そして彼は手のひらを上に向けて無数の石礫(いしつぶて)を出現させ、エリューマンの眼前へと投げ付ける。
「これでも食らっとけ!」
パンッ!と1発手のひらを打つ。すると石礫は霧散し、エリューマンの視界を奪いながら、当の本人は背後に回ってまた先程の石礫よりも2回り程の大きさの物をいくつも出現させた。それらをエリューマンの足元や腹部の下に向かって投げ入れる。目に入った砂や、悪い視界から回復させようと身体をよじらせたり、涙を流す姿に気を良くしたダンは、今度は指をパチン、と鳴らす。
ドォン!!
爆発したかの様に石礫が破裂し、飛び散る破片が手榴弾の如くエリューマンの身体に突き刺さる。
『ブゴォ!!?』
柔らかい肉質の部位に思わぬ激痛を食らったからか、一瞬後ろ足が浮いた。ラウルはそれを見逃さなかった。
(ここだ・・・!)
「【サーマルキャノン】!!!」
合わせた手のひらの指の隙間から放たれる、直線状の熱線がエリューマンの前足を襲う。ジリジリと焼け焦げる様な匂いに鼻をやられそうになるが堪え、汗が目に入ろうとも、その放出は止めない。
「う、おぉぉぉぉぉぉぉ・・・!!!!!!」
気迫と力の入り様は一級品のそれだったが、いかんせん決定打に欠ける、と常々彼は思っていた。【サーマルキャノン】は放出し続ける事に向いていない。放出し続ければその勢いに合わせた手のひらが弾かれ、行き場を失った《火》の魔力は暴発する。
ドォォォン!!!
「おわぁぁぁっ!!!」
自身の魔力の暴発に吹き飛ばされた先にあった木に、ラウルは背中を強く打った。
「大丈夫かラウル!?」
先程から木の上で様子を見ていたローガンが気にしていた。
「そう思うんなら、お前も魔法使ったらどうなんだよ!」
その言葉に、ローガンは自分の震える手を見つめる。そして唇を少し噛む。
(俺は・・・、みんなに迷惑を掛けた・・・。それを償うには・・・・・・やるしかない!)
意を決し、ローガンは腰に付けた革製の小さな鞘から刃渡り10cmにも満たないナイフを取り出した。リゲルの様に手のひらの上でクルクルと自分の手足の様に操る事は出来ないが、彼はソレを力を抜き気味に右手に持ち、魔力を込める。ローガンの魔法は《水》の付与系。込められた水の魔力はナイフ全体に行き渡り、右手首の辺りまで覆う。攻撃性の低い彼の魔法形態で、下で暴れ回るエリューマン、下で奮闘する仲間たちに自分が出来ることは、これぐらいだった。
「お前ら!!少し奴の動きを止める!その間に体勢を立て直せ!!」
ローガンがそう叫ぶと、ナイフをエリューマンの近くの木の真ん中程に力一杯に投げ、スコンッと良い音が鳴り、刃が全部幹に突き刺さった。右手とナイフの間には水の糸状の物で繋がっている。
「へっ、ついにやる気出したか」
「遅いのよ」
ダンが笑いながらその場から2、3歩引き、ポピーは呆れた様に鼻から息を吐きながらレイピアに《風》の魔力を込め直す。遅れを取った、と拳を握るワイアットが見上げる中、ローガンは木から飛び降り、刺さったナイフを支点に遠心力を利用して自分の通り道との間にエリューマンを合わせる。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
滑空する姿はさながらターザンの様だった。
「【斬裂水糸(ざんれつすいし)】!!」
糸鋸状に振動させた水糸は、硬いエリューマンの毛皮を裂きながらローガンの動きに合わせて通り過ぎる。が、奴の天を穿つ程の牙の硬度には負けるのか、引っ掛かり、巻きつく様に彼はエリューマンに乗ってしまった。
「うおっ!?」
「ローガン!・・・くそ・・・、俺だって!!」
ワイアットが自身の手のひらに《火》の魔力を放出し、球体に保持する。
「【ブレイズボム】・・・!」
最初にエリューマンに放った時の【ブレイズボム】よりもひと回り小さく、弱々しくも見えた。それは突風が吹けば霧散してしまいそうな程だった。
「くっ・・・」
魔法は自分の心と体の状態に左右される。今のワイアットの心の状態は最悪とも言える。こめかみから流れる汗と、食いしばる歯がそれを物語っており、今の彼は別の何かと戦っているようだった。
「・・・・・・」
それを口を半開きで見ているラウルは何を思うのか、視線は消え掛かる【ブレイズボム】を保持する手のひらだった。
(何で魔力を固定できるんだ・・・?あの手の形か・・・?)
ラウルは自分の両手を、ワイアットと同じ形にしてみる。少し真ん中を窪ませ、指先を広げてその中に集めるイメージ。荒かった呼吸を穏やかにするために静かに深呼吸をし、脳に酸素を送り、熱かった頭を冷やす。すると、まだワイアットの様に完璧に保持とは言わないが、小さな火種が手のひらの中でグルグルと纏まり始めた。しかし少しでもそのバランスを崩してしまえばまた暴発しかねないシビアな状況に、ラウルは集中を重ねながらその火種を持った両手を、潰さない様に合わせる。
(これなら・・・イケるのか・・・?)
ニヤリと笑う彼に、ポピーもつられて自然に口角が上がる。
「ラウル!私たちがチャンスを作る!お前はそれまでに『ソレ』をまともな状態にしろ!!」
彼女は、ラウルの試みに何かを感じたのか大事な場面を任せようとしていた。そして改めてローガンの【斬裂水糸】が絡まり、ロデオ状態になったエリューマンを視界の中に入れて駆け出す。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
冷静だが、体は熱い。いつも以上に動きが軽快なポピーは、縦横無尽にその体の軽さを活かして木々の間をすり抜けて《風》の魔力を付与させたレイピアで攻撃を仕掛けまくっていた。その様子を、精神状態が安定していないワイアットは、汗をダラダラと流しながら、途切れ途切れながらに、誰に言っているのか分からない声量で謝っていた。
「すま、ねぇ・・・。す・・・まね・・・ぇ・・・・・・」
震える声、肩から察するに、流れているのは汗だけではない。今ここにいる自分が情けなく思えているのか、自責の念か、彼はついに膝から崩れ落ちた。
「・・・ワイアット。安心しろ」
その声に、彼は顔を上げる。ぐじゃぐじゃになった顔には、その全てが表れていた。視線の先には、今にも集中が切れて倒れてしまいそうな程に力んでいるラウルの姿があった。
「・・・ラウル?」
「お前の技術・・・、意志、少し貰うからな・・・。それで勝てば、お前も勝ちだ・・・。待ってろ、俺らで勝つぞ・・・!」
ゴクリと唾を思わず飲み込んでしまいそうな気迫に、彼の心は、ほんの少しだが軽くなった気がした。そしてワイアットの手に保持された球体の《火》の魔力は次第に消えていった。完全に消えるとほぼ同じタイミングで、今度はラウルが両手で保持する《火》の魔力の光が徐々に大きくなっていった。
「・・・頼んだ」
とワイアットが俯くと、ラウルが声を張り上げた。
「応っ!!!!!!」
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第111話 Side:A》へ続く。
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