第109話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第109話 Side:A》


「ところで、どうして隊長たちはこちらまで来たんですか?というか、怪我は大丈夫なんです?」


サンズとリゲル、ノモス、メルの4人は暗い森の中を、途中で起こした松明を手に、リゲルが連れてきた他の隊員たちと合流しようと歩いていた。道中、ノモスの正体が緑龍だという事も明かしたが、リゲルはそこまでのリアクションは見せなかった。


「異世界の『科学』ってやつは凄いんだよ、サンズ」


ここまで上機嫌なリゲルは珍しく、鼻でフフン、と笑いながら口角を上げた。


「ここへ来たのは、追加物資を届けるため。最初に持参した物はもうじき尽きると思って、有志を募って運んできたんだ」


そしていつも通りの彼に戻り、半ば安心と残念さがサンズの中に生まれ、気を引き締める。


「異世界の『科学』、ですか。それって、研究機関に出入りしている、ミヤビ・ジャガーノートの事ですか?」


「あぁ。今はデネブと共に行方不明となっているが、どこで何をしているやら」


サンズはそれを聞き、小さく溜め息を鼻から吐く。側から見れば、ただ呼吸しただけに見える。暗い森を歩く集中力と、周りを気にしながらの注意力に気を使う中では、あまり考えずに言葉を発してしまいそうだ。


「恋仲になり、どこかで安住していればまだマシなんですが・・・。ジュラスに捕まっていなければ良いですね」


リゲルがこうも賛辞を贈る技術を持つミヤビと、アラグリッド王国の技術者であるデネブが囚われようもんなら、それだけで一大事である。サンズは杞憂だと思いながらも、最悪の事を想定していた。それにはノモスが反応した。


「アナタ方の国とジュラス王国の戦いは、つい先日終わったはずでは?」


部外者が軽んじて首を突っ込んで良い内容ではないが、彼女は当事者の様に口を挟んだ。人里離れたこのヘラクレス山脈の森の中にまでも届いているということは、何かしら情報を得る手段があるのか、はたまた緑龍の力の1つなのかは分からない。が、どこからか見ていたような口振りのノモスに、リゲルは怪訝な顔をしながら答えた。


「・・・それは、アナタに言う必要はありません」


「それは、失礼しました」


スン、と身を引いた彼女とリゲルの間に微妙な空気が流れる中、メルが話題を変えようと一歩前に出る。


「え、えーと・・・、そういえば、ノモスさん、私がこのまま森に住む、というお話なんですが・・・」


彼女は前に出たものの、すぐにまた下がった。空気を変えようとしたメルの行動に少し大人気ない事をした、と反省したのか、ノモスは1つ咳払いをして口を開いた。


「言葉通りの意味ですが、アナタが【森林生成魔法】を操れるようになり、且つ、然るべき場や信用の置ける人物の前以外の使用を禁じ、それが守れるようならば、今まで通りの生活に戻しても良いと思ってます」


淡々と述べたが、メルにはそれでも、また元の騎士団での生活に戻れる、と目を輝かせた。しかし、ノモスはそんな彼女に釘を刺す。


「ですが、そう生半可な気持ちでは扱うのは難しい魔法であり、アナタの人生をそのままその訓練に費やしてしまうかもしれないという事だけは、覚えておいてください」


「・・・はい!」


胸の前で拳を握るメルに覚悟を感じたのか、ノモスはフフッと笑いながら彼女の顔から目を逸らす。と、森の奥の方に松明の様な灯りが揺れているのが目に入った。リゲルはそれがすぐに一緒に来た騎士団の連中だと気付き、声を上げようとするが、何か様子がおかしい事にも瞬時に気付く。それは地鳴りの様にも聞こえる巨大な足音と揺れだった。


「追われてる」


『え・・・?』


サンズとメルが口を揃えると、ノモスが小さく呟く。


「エリューマン・・・」


気配を察知したのか、揺れる松明の後ろを、同じく少し揺れる2つの横並びの紫色の光。そして照らされて露わになる体躯、殺意。緩んでいた緊張の系が再びピンと張る。足を止めてゴクリと唾を飲むサンズとメルだが、リゲルはそのまま向かって行こうとしていた。


「隊長?!」


サンズの呼び掛けにも答えずにズンズン進むその歩みは徐々に速くなり、ついには走り出す。その目はキリッと何かを捉えており、揺らぐ松明の後ろに照準を合わせる。高めの木の枝に乗り渡り、軽快に間合いを詰めていく姿はさながら忍者の様で、見ていた3人の目を釘付けにした。そして一瞬薄緑色に発光したかと思えば、それが弾丸の如く一筋の道を描く。


「【閃風刃(せんぷうじん)】」


ツインダガーを構えて錐揉み回転しながら対象を斬り刻む、サンズが副隊長になる前から見てきた技だ。初めて見た時よりも、精度も、鋭さも段違いだった。残された3人も思わず走り出した。


『ブゴォ・・・!!!』


目測で50m程向こうで衝撃音がしたかと思えば、数秒後にサンズ達が追い付いた。


「おい、大丈夫か?」


追われていた隊員達に声を掛ける彼は、誰がどう見ても『できた器』だった。リゲルはその様子を見、確信したように口角を上げると、エリューマンの姿が完全に現れた。彼と比べるとその大きさは何度でも畏縮してしまいそうになるが、リゲルは緊張どころか、逆に体の力が抜けている様だった。


「・・・安心した」


「え・・・?」


それが何に対してなのかはその場に居る全員には理解できなかったが、反応したのはサンズだった。するとリゲルは、右前足を突いて体勢を崩されたエリューマンに視線を戻し、ツインダガーを起用に手のひらでクルクル回す。逆手に持ち替え、刃をエリューマンに向けて構える。ジワジワと発光が強まり、一気に間合いを詰めようとしたその瞬間だった。


『待ってください!!』


女性の声に振り向くと、そこにはポピーたちが息荒く全員集合していた。


「お前ら・・・」


ポピー、ラウル、ワイアット、ローガン、そしていつの間にやら居なくなっていたダンの姿までもあった。彼はポピーに首根っこを掴まれての登場だ。


「エリューマンの討伐、私たちにやらせてください!!」


ダンの首根っこを離すと、彼女は勇ましくリゲルとサンズに進言する。それはもう、無謀な挑戦とは言い難く、今の彼女らには、やり遂げるだろうという期待もしていた。その真剣な眼差しと気迫に、リゲルもサンズも、はたまた緑龍のノモスでさえも、呑まれてしまいそうになっていた。まだサンズやアレス、フローラには程遠いが、一時的に『その器』までになっていることに彼らは驚きが隠しきれなかったようだった。


「・・・それならば、俺たちも援護に

「私たちだけでやらせてもらえませんか!!」


サンズの言葉に被せるように、ポピーは叫ぶ。いつエリューマンが隙を突いて襲ってくるかもしれないこの状況に、彼女はこれでもかと引率の言う事を聞かない。


「・・・・・・」


見つめる目に迷いなどない事を確認すると、サンズは溜め息を吐く。


「やれやれ、とんだ問題児たちの引率を任されたもんだ。・・・ここで仕留めろ。お前らに任せるぞ」


『はい!!!』


響く程の声に、寝ていた動物たちは目を覚ましてガサガサと草木を掻き分けその場から逃げ出した。サンズとリゲルはノモスとメルがいる場所まで下がると、リゲルが小さく笑った。


「・・・隊長?」


サンズはそれが不思議に思えた。


「『任せる』か。少し前のサンズなら、そんな部下を信頼した言葉、絶対出てこなかったよ。・・・お前も成長したんだね」


その言葉に涙が出そうになる彼は、グッと堪えるも目尻に少し浮かぶ。口をへの字に曲げ、今までのどのサンズの表情よりも感情が露わになり、思わず彼は顔を背ける。


「・・・ありがたき・・・お言葉・・・・・・!」


わざとか、と思わせる程に肩を震わせるサンズを横目に、今、突撃部隊所属のポピー率いる騎士団とエリューマンの最終対決が始まろうとしていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第110話 Side:A》へ続く。

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