第108話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第108話 Side:A》


一同は、魔法が使えないメル・ビスケットの構える右手に注目していた。そこからはノモスが扱う《森林生成魔法(しんりんせいせいまほう)》同様の樹木が生えており、まだ規模は小さいが、それが明らかに《魔法》だという事は、誰がどう見ても理解できた。


「メ、メル・・・!?」


ラウルが間近でその現象を見、それがどんなに珍しい現象なのかは理解できていなかったが、他の、リゲル、サンズ、ポピーは開いた口が塞がらなかった。これ程までにあからさまに驚くリゲルやサンズも珍しかった。


「おい、メル・ビスケット!意識はあるか?!」


サンズは思わず駆け寄り、肩を揺らす。すると少し俯き加減だった顔を上げ、今にも寝てしまいそうな瞼をパチクリと動かして周りを見た。


「あれ・・・?私・・・って、うわぁーーー!?」


彼女は自身の右の掌に生える小さい樹木を見て、漫画なら目が飛び出る演出さながらの驚きをしてみせた。自分でも何が起きたのか理解できていないのか、腕をブンブン振って払おうとしたり、引き抜こうとしたりしていたが、それらは無駄な行為だった。


「君のソレは後にして、今はコレをどうするか考えないと」


リゲルはみなの視線を戻す。暴れる事なく彼に拘束されたローガンは、飢えた猛獣の様に口元から涎(よだれ)と白い息を歯の隙間から漏らしていた。


「リゲル隊長、操ってる奴が倒されるか、眠りにつけば自然と解けるみたいですけど、いかがいたしましょう?」


ポピーは姿勢を正し、上官であるリゲルに指示を仰ぐ。


「・・・そうだね。何が一番手っ取り早いか、サンズ、分かる?」


突然振られ、サンズは姿勢を正した。そしてそのまま2、3秒後に口を開いた。


「・・・・・・根源を断つこと、ですか?」


「正解。だけど、それももう少しで終わるかもしれない」


『?』


一同は顔を見合わせる。リゲルがとある方向へ顔を向けると、全員がそちらを向き、その瞬間、闇夜に天高く火柱が上がった。


『!?』


「あの火柱は・・・。もしかして、ソフィア隊長・・・?」


ポピーが呟く。リゲル以外が驚く最中、彼はローガンから降りる。次第に目と呼吸が正常を取り戻し、ついにローガンはゆっくりと起き上がり頭を押さえた。


「痛た・・・。あれ、みんなどうしたんだ?」


何事もなかったように起き上がるローガンに、ポピーは一回だけ、頭をグーで殴った。


「あ痛っ!」


その様子に一息吐くサンズだが、彼はすぐさま視線をメルに戻す。見たところ変わった様子と言えば手にある小さな樹木だけだ。その他には特に異常は見られない。と、ノモスがふと、メルの額に手を当てて目を診る。そして一呼吸置いて2、3歩下がると、頭を下げた。


「申し訳ありません。私の魔力がメルさんの体内に残留してしまったようです」


「・・・それって何か体に不都合があるんですか?」


メルの不安そうな眼差しに、ノモスは唾を飲んだ。


「もう、この森から出られないかもしれません・・・」


それは、今までのどの言葉よりも、メルの胸に突き刺さった。自分が何の為に騎士団に入ったのか。一度は、魔力が体に備わっているのだと喜んだが、まさか伝説の三龍の内の一頭、ノモスの《森林生成魔法》の魔力が残留し、それが発現し、この森から出られなくなるかもしれない、という現状に、メルの頭の中は真っ白になった。


「・・・・・・冗談、ですよね・・・?」


ポピーはノモスの肩を掴む。その気迫は、言葉とは裏腹に、凄まじいものがあった。しかしそれには動じず、ポピーの手を優しく自身の手のひらで包み込むノモス。現実を突き付けるには、何も言わなくてもそれが仇となっていた。


「それもそうだろう、この世界を創った魔法の1つだ。それを敵国の中で使用してみろ、魔法を扱う戦闘に慣れていないコイツは、すぐ捕まって実験台だ」


サンズは溜め息を1つ吐いた。


「それに、今知ってるのはここに居る人間だけだ。騎士団内でも大騒ぎになりかねん」


そう言いながら肩に乗った砂埃をパッパッと払うと、彼は背中を向ける。


「サンズ副隊長、どちらへ?」


「リゲル隊長が連れてきた他の隊員たちを迎えに行ってくる。夜の森は、エリューマン以外にも危険があるからな」


ラウルの問いにそのまま背中を向けたまま答えると、ノモスが駆け寄る。


「この森の危険は私が一番知ってます。同行してもよろしいですよね?」


流石は森の管理者と言うべきか何と言うべきか、彼女はすぐさま切り替えた。そしてメルに1つ視線を送ると、気の毒そうな眼差しに変わり、また気の毒そうに口を開く。


「メルさん・・・、これからは、アナタもここの危機を学んでいかなければなりません。アナタも同行してください。・・・メルさん?」


「・・・え、あ、は、はい・・・!」


自分の名前を呼ばれた事さえも気が付かない程にショックを覚えたメルは、返事はしたものの、そこに気持ちは無かったように見えた。

その3人の背中を見送ると、ポピーとラウルは肩を落とし、ローガンとワイアットは気が抜けた様に脱力した。


「・・・済んだから聞けるけど、結局お前らに何が起きたんだ?」


ラウルはへたり込む2人に半ば呆れながら問い掛ける。するとローガンとワイアットは顔を見合わせると、ワイアットが重たい口をようやく開いた。


「・・・・・・ノモスさんが言った通り、俺たちはヒドラらしきモノと、森の中で対峙した・・・」


彼は、らしきモノ、と濁した。


「だが、俺たちがそこに着いた頃には、既にソフィア隊長と、森林地帯で訓練している団員たちの手によって、8本の首の内6本が切り落とされていたんだ・・・」


ワイアットの表情がより暗くなり、ポピーとラウルは顔を見合わせる。ローガンは、その時の事を思い出したのか、急に強張り、震える腕を押さえつけた。


「だが・・・、あそこにいたのは・・・ソフィア隊長だったけど、ソフィア隊長ではなかった・・・」


再び顔を見合わせるポピーとラウル。今度は頭の上にハテナマークが浮かんでいた。呑気に話を聞く2人に、ようやく口が動く様になったワイアットは、顔に手のひらを当てた。


「失礼ながら、正に怪物と呼ぶにふさわしい程の気迫に、俺たちはあてられた。魔力もさることながら、身体能力、死を恐れない姿に魅入っていると、ヒドラが俺に気付き・・・」


そこから先は、言わなくても、2人は理解できた。


「・・・ローガンがお前を庇った、か」


ラウルの言葉に、ワイアットは静かに頷いた。そこからは、2人がどのようにしてその場を切り抜けたのかを淡々と説明された。燃える刀を鬼神の如く振り回すソフィアと、森林地帯に割り当てられた隊員たちに背中を任せながら、気を失っているのか分からない状態のローガンを肩に担ぎ、やっとこさこの山岳地帯のキャンプまで辿り着いた、というわけだった。


「何だかなぁ・・・。こんなんで大丈夫か?」


と、ラウルは足を投げ出し、夜空を眺める。


「大丈夫、というと?」


ポピーが腕を組み、ワイアットとローガンは、申し訳なさそうに顔を伏せる。


「俺たちは、何の為にここに来た?合同訓練は辞退もできたはずだ。それなのに、今ここにいるということは、みんな強くなりたいから。このままじゃ、ダメだと思うんだ」


一点の曇りのないその目は、決意の表れだった。そして、仰向けのまま続けた。


「だから、誰が悪いとか良いとか、そんなの関係ない。ワイアットもローガンも行き過ぎたところはあったけど、それを挽回するぐらいの活躍をこれからしていけば良いんじゃないの?」


ラウルの言葉は、2人の心に深く突き刺さる。特にワイアットは目尻に涙を浮かべ歯を食いしばるなど、心境の変化が凄まじかった。ローガンも反省したかのように目を瞑り、何かを悟った様に頷いた。


「・・・さぁ、2人も改心した様子だし、サンズ副隊長たちが戻って来るまでに、色々と支度でもしておきましょうか」


と寝袋や鍋を準備しようとしたポピーがラウルの方を見ると、そのままスヤスヤと安らかな寝息を立てる彼を見つけて思わず叫んだ。


「今寝るな!」


彼女のツッコミは、闇夜にこだました。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第109話 Side:A》へ続く。

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