第107話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第107話 Side:A》


「・・・全く、部下を傷つける事なく無力化するなんて、無茶苦茶な難題を押し付けてくれるな」


サンズは多頭蛇・ヒドラに文句を言いながら構える。しかし、状況と、心の持ち様は違った。彼の放った信号弾に反応して返した誰かが、こちらに向かってきている。その間保ち堪えることができれば何とかなるかもしれない。そう思っていたからだ。


「サンズ副隊長、私も加勢します」


横に並んだのはポピーだった。彼女の武器はレイピア。だが、今はそれを持たず、素手で半身に構えた。


「・・・簡単な事じゃないぞ?」


「承知してます。ですけど、私にも責任があります」


「そうか。・・・分かった」


2人は目で合図すると、サンズは後ろにいる他の隊員とノモスに向けて口を開いた。


「私たちでやる。他の人たちは下がっていてくれ」


コクリと頷く者や、言葉を聞くや否や物陰に隠れる者と様々だったが、ノモスだけはその場に残って正座した。


「ノモスさん・・・?」


メルが心配そうに名前を呼ぶと、彼女は微笑んだ。


「彼らなら大丈夫でしょう。私はここで見届けさせてもらいます」


小さく唸るローガンの口元からは、まるで飢えた獣の様に白い息が漏れている。そして垂れる涎(よだれ)。身体が緊張しているのか、強張りながらも指先からも荒々しい野生を帯びた殺意が剥き出しになっており、サンズもポピーも、一瞬たりとも気を抜けない状況だった。

ローガンからは目を離さず、均衡状態が1分になろうとしたその時、僅かに動いたローガンの隙を突き、サンズは彼の足元に左手を向けながら右側へ飛び出した。それを見、ポピーも逆サイドへ飛び出す。


「【ブレス】!」


サンズの放った【ブレス】は、細く、普段の攻撃に使う様な威力ではなかったが、その代わりに、指定の場所に着弾させるコントロールは、比にならない程の精度だった。手のひらから出る直径10センチ程の風の渦は、ローガンの顔面目掛けて直線的な軌道で勢い良く進む。彼が防御体勢で左腕を出したところで、サンズは突き出している左手の人差し指と中指をクンッと下に下げる動作をすると、【ブレス】の動きが同期した。風の渦がローガンの足元へ着弾し、目眩しの様に土煙と礫(つぶて)が巻き上がる。


『!?』


ローガンは思わず顔を覆うように腕をクロスさせ、その目眩しから逃れようと後方に飛び退くが、その背後には既にポピーが回り込んでいた。


「はぁあ!!」


後ろから首根っこを掴み、岩肌に向かって投げ付ける。男顔負けの投げっぷりに、一同は感心を超えて開いた口が塞がらなかった。先程『無傷』で、という発言からは考えられない程、彼らは攻撃の手を止めない。サンズに至っては、自らの魔力を上回るモノがローガンの中に現状ある事から、全力であることには変わりなかった。


「【グロリアスブラスト】!!」


今度は右手から、直径5mはあろうかという巨大な暴風を凝縮した荒れ狂う球体を自身の上へ掲げながら跳び上がり、岩肌に投げ付けられたローガン目掛けてその腕を振り下ろす。その容赦のない攻撃に、一同は呆気に取られていた。


「な、ななな、何でサンズ副隊長もポピー先輩もあんな本気なの!?」


メルは隣にいるラウルの肩をグワングワンと揺らす。あまりの揺らし具合に酔ったのか、目を回しながらラウルは口を開いた。


「さ、さっき副隊長の魔法が破られただろ・・・?それで2人とも全力なんじゃないのか?!」


あ、そっか、とすんなり納得した様子のメルは揺らす手を離した。安堵の溜め息を吐くラウルだが、気になるのはそっちじゃなかった。気を失ったローガンを肩に担ぎ、自身は何の被害も無かったワイアットだ。茫然自失といったところだが、外傷も無く、何かを見て怯えているだけに見えていた。


「おい、ワイアット」


「・・・・・・」


反応はまだ薄い、いや、無いに等しいが、僅かに体をピクッと反応させた。と、彼は恐る恐るとラウルの方を見た。目は泳ぎ、呼吸も心なしか、浅く、速い。明らかな異常な状態に、ノモスはワイアットの目をジッと見つめ、ゴクリと唾を飲んだ。


「・・・まさか、・・・本当に・・・?」


冷や汗が背中を伝う妙な感覚に襲われた彼女の口から信じられない言葉が溢れた。


「【呪い】は・・・、まだ生きてる・・・?!」


ワイアットは口をつぐんだまま小さく頷いた。事の深刻さを理解できていないその場にいるメルとラウルは顔を見合わせた。


「ノモスさん、【呪い】がまだ生きてる、とは・・・?」


メルの言葉に、ノモスは返す事なく目を見開き、手のひらで口を覆う様にして硬直していた。それを見たラウルにも、只事では無いという緊張感と焦りが徐々に生まれ、手に汗を感じる様になっていた。


「メル」


「・・・はい?」


「俺たちは、一体何と戦ってるんだ・・・?」


「えっ・・・」


その言葉は、彼が自分に聞かせたように呟かれた。『一体何と戦ってるんだ』。次々と意味深な言葉ばかりが並んでいく事に、メルの頭には不安がよぎる。が、その不安は、なるべく傷付けないようにしているが全力で取り押さえようとしているサンズたちの戦いの音に振り返る。



ドォン!!!!!!!



爆発音にも似た轟音に、再度砂煙が舞う。アラグリッド王国騎士団の戦闘は、いつも激しく、活気が溢れるものだが、今回の戦闘においては、少し違った。命のやり取りという点では同じだが、所作1つ違えば、魂をも乗っ取られかねない緊迫感に、サンズもポピーも、瞬き1つするのにも緊張していた。が、今の轟音と砂煙をきっかけに、一気に緊迫感への集中力が解かれてしまった。その砂煙の中から吹き飛ばされてきたのはサンズだ。


「がはっ・・・!!!」


勢いよく後ろにある岩山にぶつかり、背中を打ったのか一瞬呼吸が止まる。操られたローガンは本能的にその隙を見逃すはずがなく、彼に襲い掛かろうと、生身の人間ではあり得ない程に跳び上がった。


「・・・くそっ・・・!」


『危ない・・・!!』


メルが心配そうに叫ぶ。思わず目を背け、祈る様に手を組んだ。流石に避け切る事ができないと悟ったのか、サンズは奥歯を噛み締めて衝撃に備えた。が、彼はふと森側に、仄かに光りながらこちらに近付いて来る何かを視界に捉えた。それは今までに何度も見た事があり、幾度も危機を救ってくれた、鋭く、疾く、優しい『頼れる存在』。サンズは自然と口角が緩んだ。と同時に疑問を口にする。


「・・・何で、隊長が・・・?」


その光が先に届くか、操られたローガンの攻撃が先か。それは一瞬の出来事だったが、答えはすぐに分かることになる。



ドォン!!!



再びの轟音。幾度と見た舞い上がる粉塵にも見慣れた光景だが、それが晴れるまでの沈黙には何度体験しても慣れはしない。それが晴れるや否や、ローガンを後ろ手に地面に押さえ込む、遊撃部隊長のリゲル・サンドウィッチがいた。隊服に付いた砂埃を払いながら彼が口を開く。


「信号弾」


「・・・え・・・?」


「応援要請の信号弾、撃ったでしょ。サンズ」


「は、はい、まさか、リゲル隊長が来てくれるとは思ってもいなかったですが・・・


リゲルの登場に驚きを隠せない隊員たち。しかし、リゲルは違う事に、静かだが、驚きという感情が一番当てはまる表情をしていた。


「・・・それは何?」


と、リゲルがローガンを押さえ込んでいない方の腕をそちらに向けて指をさす。その方向には、ノモス、ワイアット、ラウル、メルがいた。


「帰投時に報告しようとしていたのですが、彼女はノモスと言い、この森の管理者で・・・

「違う、その後ろだ」


と、一同はリゲルが言った『ノモスの後ろ』に注目した。


「・・・お前・・・、どうした、その手にある物は・・・」


そこには、小さいながらも、まるでノモスの様に手から樹木を生やしてサンズを助けようとしたのか、構えて静止しているメルが居た。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第108話 Side:A》へ続く。

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