第106話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第106話 Side:A》


「ローガン、何やってるの!?」


ポピーは鋭い剣幕でローガンに詰め寄ろうとするが、サンズに肩を掴まれた。


「待て、何かおかしい」


まるで蒸気機関車の様に口から噴出する白い息、紫色に光る目、既視感を覚えるその状況に、一同はゴクリと唾を飲む。辺りは山頂に灯した焚き火の灯り以外になく、彼の背中に光る星の中に溶け込む様に不気味な目に縛り付けられそうになっていた。


「これは・・・」


ノモスには何か心当たりがあるようだった。


「もしかして、アナタたち、森の奥深くまで行ったのでは・・・!?」


彼女のこめかみを流れる一筋の汗が、その深刻さを表していた。放心状態のワイアットはラウルとメルに保護されながらも、一度だけコクンと頷いた。


(まさか・・・)


サンズはここ数日の出来事の中で、考えられる答えを導き出した。


「森の多頭蛇・ヒドラ・・・か?」


ワイアットの顔がサンズの方を向いた。


(正解、だな)


「これまた厄介な事をしてくれたな」


彼は呆れた様にため息を吐くと、ローガンの方へと視線を戻す。いつ襲ってきてもおかしくない殺気、何かに怯える事を隠すかの様な荒々しい魔力に、サンズたちには緊張が走る。


(流石に部下を殺す事はできない・・・。ならば・・・)


と、サンズは両手を地面に突いた。


「【プリズンストーム】!」


ローガンの足元から風が噴出し、上空高くまで伸び、渦巻き、吹き荒ぶ。彼は風の牢獄に閉じ込められた。


「これで少しは時間が稼げるだろう」


サンズの魔力であれば、今この場にいる人物ならば打ち破れる者はノモス以外にはいないだろう、と本人も思っていた。


「・・・ん?」


が、彼の【プリズンストーム】に異変が起こった。渦巻く風に、入るはずのない亀裂が入り、ガラスの様に軋む。金属が擦れ合う様な不快な音がし始めたと思いきや、紫色の光と共に、風の牢獄は崩壊した。


「何・・・!?」


相殺、いや、それ以上の何かで打ち消されたかのように霧散させられ、サンズの顔から余裕が消えた。


「ヒドラは、自身の目を見た者の自我を消失させて操る事ができます」


ノモスが口を開き、そして続ける。


「効果時間はヒドラが起きている間だけ。本体が眠りに就けば、自然と解けます」


「そんな事言ったって・・・。いつそのヒドラが寝るか分からないじゃないですか・・・!」


ポピーはレイピアを構えるも、仲間と戦うかもしれない事態に躊躇いが生まれていた。ローガンは《水》の放出系の魔法を使う。その事は知ってはいるが、サンズの魔法を打ち破る程の魔力量が現在備わっている事に関しては全くの想定外だ。


「ノモスさんの浄化の力では取り除けないんですか・・・?」


メルが心配そうに彼女の方を見やるが、ノモスは首を横に振った。


「それができるなら既にやっています。ですが、私の精神体が拒まれて、彼の中に入れないのです・・・」


「くそ・・・他に方法はないのか・・・!?」


ラウルが拳をパシンと鳴らす。最悪の事態は避けたい。なるべくなら傷付けずに元の状態に戻したいが、ノモスは発言に抵抗を感じながらも、言わなくてはという使命感に駆られていた。


「・・・目を・・・」


『え・・・?』


「ヒドラは目を媒介にして、視神経を通して脳を操ります。ですので、他に方法と言われると・・・、物理的に目を潰す、という方法しか・・・」


『・・・・・・』


その場が凍りついた様な錯覚に陥った。目を潰すという言葉は重く、あまりにも残酷な方法に、頭を抱えたくなる。ヒドラの眠りを待つのか、ローガンの目を潰すのか、答えは2つに1つ。余り時間を掛けられない最中でサンズは答えを絞り出した。


「・・・・・・部下は傷付けられない」


ヒドラの眠りを待つ方を選び、長期戦を余儀なくされたかと思いきや、彼の言葉には続きがあった。


「俺が森へ行き、ヒドラを倒してくる。そうすれば、この術も解けるだろう」


『!?』


「それはあまりにも危険過ぎます!!」


言い終わるが先か、サンズが山頂から飛び降りるが先かの状態で全力でノモスに止められ、行き場を無くした彼の衝動は、ギリッと奥歯を噛み締めさせた。


「ならば・・・」


と、サンズは自身の腰に手を回し、拳銃の様なモノを取り出した。カチャ、と金属音が鳴った。何やらダイヤルの様なものをカチカチと回して構える。


「ま、まさかサンズ副隊長、それで目を撃ち抜くつもりじゃ・・・」


メルが慌てた様子で止めに入ろうとするが、一度ローガンに向けた拳銃を真上に構えた。そして引き金を引く。



ッパァン・・・!!!



夜空を黄色の花火のような光が綺麗に辺りを照らす。しかしそれは2、3秒で消え、再び静寂が訪れた。ポピーが呟く。


「これって・・・信号弾・・・?」


操られているローガンも、突然の音と光に動きを止めた。


「黄色、ということは、応援要請・・・」


ダンは思い出したかのようにポピーと目を合わせる。各部隊長や、副隊長の上位任務着任時には携帯させられる、赤、黄、緑、白、黒の4種類の光と煙を放つ信号弾入りの拳銃。赤色は緊急事態につき作戦中止、黄色は応援要請、緑色は作戦終了・帰投、白色はそれに対して「YES」、黒色は「NO」を意味している。近くで2部隊以上が関わる任務はそこまで多くないので白色と黒色はそこまで必要ないと思われがちだったが、念の為、と調査機関の方で開発に付け加えられたのだ。信号弾を撃って、戦闘中ならばすぐに返す事は少ないが、手が空いている部隊ならば返事は早い。


「・・・どうだ・・・!?」


身構えるサンズ。他の隊員たちやノモスも星空を注視している。しかし、この数秒での反応はなく、彼の奥歯に力が入る。


(ダメか・・・)


と諦め掛けたその時だった。



ッパァン!!



全員が音の鳴る方へ振り返る。光に照らされた煙の色は白色。どの地帯にいる誰かまでは特定できないが、反応があり、しかもそれに応えてくれた事に、サンズたちの心には僅かに余裕が生まれた。


「・・・誰かが来てくれるまでここを保たすぞ!!」


『はい!!』


サンズ、ポピー、ラウル、ダン、メル、ノモスは身構えた。

彼の放った信号弾は、あらゆるところで目撃されていた。隣接している森林地帯、荒廃地帯。少し離れてはいるが目視できない範囲ではない湿地帯。寒冷地帯からは、彼の信号弾の光はかろうじて見えるだろうが、音と色は確認できない場所にある。火山洞窟地帯に関しては、もはや外界とほぼ遮断された場所にあるためにこの事態を知る由もない。反応したのは耳の良い人物か、目の良い人物。信号弾の色からして緊急性の高い事は間違いないのは、この色が示す意味を知っていなければ反応できないだろう。


「アレは、信号弾・・・。黄色は確か・・・『応援要請』。隊長!」


男性隊員の呼び掛けに、隊長と呼ばれた人物は頷き、腰元に提げている拳銃を手に取り、ダイヤルをいじって空に向かって撃ち上げる。



ッパァン!!



光と共に白色の煙が夜空を彩る。彼らがいる場所はまだ山岳地帯のサンズたちからは離れたところにいる。到着までは時間が掛かりそうだ。


「森を突き抜けて行きますか?」


男性隊員の案に、コクリと頷く。撃ち終わった信号弾入りの拳銃を腰元にしまい、灯りの元で地図を開く。目測にしておよそ5km。地図をしまうと、隊長と呼ばれた人物はその方向を凝視した。


(全力で行けば2、3分か・・・)


と、足に力を溜める。


「え・・・、まさか隊長、直行ですか!?」


「うん」


徐々に発光し始め、辺りは裾がなびく程度の風が吹き続けた。


「ダメですよ!まだお医者様が全力はダメだと・・・」


「でも、それだと間に合わないから」


少年の声は、それだけ言うと夜空に向かって飛び立ち、大きな木の頭部分を跳び伝い、忍者の様に長距離を高速移動していった。


「あーあ、行っちゃったよ・・・、リゲル隊長・・・」


残された隊員達は呆然としていた。そしてその中には、コウキの同期であるレグルスの姿もあった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第107話 Side:A》へ続く。

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