第105話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第105話 Side:A》
メル達は、森の中を歩いていた。先導するのはサンズを除いて一番先輩のレイピアに《風》の付与魔法を使う女性隊員で、その後ろに隊列を作り、右を見る者、左を見る者と分かれている。何か気付く事があればすぐさま報告し、戦闘に入れる様にと彼女が考えたことだった。そして、一度離れて戻ってきてから浮かない顔をしているメルを、彼女は心配していた。
「メル、どうしたの・・・?」
「ポピーさん・・・」
今にも泣き出しそうな顔に、ポピーと呼ばれた女性隊員は思わずメルを抱き締める。すると、それを見た他の隊員たちも近寄り、末っ子のようにメルをあやす。
「大丈夫か、メル?」
「ラウルさん・・・」
そう呼ばれたのは《火》の放出系で、【サーマルキャノン】を使った男性隊員だ。戦闘時のイケイケの状態からは想像も付かない程、優しい兄さん風が吹いている。
「一体どうしたの?」
ポピーが彼女の目尻に浮かんだ涙をそっと指で拭き取ると、メルは先程自身が聞いた事を話した。その最中、ポピーやラウル、他の隊員たちは、最初こそウンウン、と聞いていたものの、話が終わりに近付くと共に真剣な顔になり、話し終えると全員が黙ってしまっていた。
「・・・確かに、ノモスさんがそう言ったんだな・・・?」
ラウルがメルに確かめると、彼女はポピーの胸に顔を埋めながらコクリと頷いた。
「あの人、一体何言ってんだ!?この状況で言う意味わかんねぇよ!」
拳をパシン、と鳴らしたのは《土》の放出魔法で逃げ足の速い男性隊員だ。彼はノモスの予見は半信半疑だった。いくら伝説の三龍の内の一頭だからと言って、それが存在し、相対しただけでも奇跡と呼ぶに相応しい確率だ。その張本人からの予見なんて、当たるしか考えられなかったが、本当にその緑龍なのかは疑わしい部分ではあった。何故なら、彼らはまだノモスが龍の姿を見せていなかったからだ。
「俺はまだノモスさんを認めたわけじゃないぞ?何でサンズ副隊長はあんな奴を信用してんだよ!」
「ローガン!少し黙って」
ポピーは声を荒げて、ローガンという、最初サンズを非難していた男性隊員を黙らせた。彼は苛つきを足元にあった石ころを蹴って発散させ、鼻から勢いよく息を吐く。初日の頃とは比にならない程にサンズに対しての印象は変わったが、今度はその矛先がノモスに移ったようだった。
「なら、試してみようぜ」
『え?』
「試す、って・・・、ワイアット、アナタ、立場分かってる?ここはノモスさんの庭みたいなもので、いつエリューマンが襲ってくるかも分からないのよ。何をするか分からないけど、そんなの賛成できないわ」
ワイアットと呼ばれたのは【ブレイズ・ボム】でエリューマンに攻撃をした、突撃部隊の《火》の放出魔法を使う男性隊員だ。彼も、ノモスに良くない印象を持っているようだった。しかしそれにはポピーは反対していた。
「第一、ここでノモスさんに出会ったのはイレギュラーに過ぎない。私たちの試練には無関係よ」
「俺たちのやる事に首突っ込んできたのはノモスさん本人じゃないか。それなら、素性をこちらから納得行くまで調べさせてもらうのは、一種の権利みたいなもんだろ」
ワイアットは腕を組んだ。それを見て、ポピーは鼻から息を抜き、口を開く。
「そんなものは認めないわ。私はこの班のリーダーを任されているのよ」
「だから何なんだよ、小猪を殲滅する時だけだろ、それ以外は権限なんかないはずだ」
ローガン、ワイアットとポピーが睨み合い、彼女の腕の中で、固まりつつあった想いに亀裂が少しずつ入り始めていることに、メルは不安を感じていた。しかしそれを見兼ねて間に入ったのは、《土》の放出系で逃げ足の速い男性隊員だった。
「おい止めろって!俺たちが争ってる場合じゃないだろ!」
「そうだ、ダンの言う通りだ」
ダンとラウルが仲裁に入ると、3人は罰が悪そうに顔を背けた。メルはどうして良いか分からずにオロオロと首を振り、自分がきっかけになり不仲になってしまうのでは、という責任から背中を丸くしていた。
「・・・とりあえず、今のでお前らと行動する気は失せた。俺らは俺らで小猪狩りさせてもらうからな」
と、ローガンとワイアットはその場から離れてしまった。足音が聞こえなくなるまで遠くに行ってしまい、残されたメルたちは、特にポピーからはやれやれといった溜め息が漏れる。
「どうしたもんか・・・。一緒に任務に出た時は、あんな感じじゃなかったのにな」
ラウルは、彼らが歩いて行った方を見つめる。
「落ち込んでいてもしょうがないわ、私たちは私たちで、小猪を狩りましょう。あの2人も弱くはないからね」
ポピーは頭を冷やしたのか、気持ちを切り替えてメルの頭を一撫でする。それに安心したのか、彼女にも徐々にだが安堵の表情が戻った。
メル、ポピー、ダン、ラウルの4人は順調に小猪を狩り続け、陽が落ちた時に再び山頂に集合する頃には顔付きだけではなく、自信の魔法に対する制御や立ち回りなどが良くなっていた。
「今のところ倒したのは8匹。後何匹いるのやら・・・」
「お疲れさん」
ラウルがドカッと焚き火の前に座ると、サンズが、温めておいたスープが入ったカップを差し出した。
「ありがとうございます」
受け取ると少しずつ口に運び、口から食道、胃に至るまでに沁み渡るのが体全身で感じられた。身悶えする程、生(せい)を実感していた。
「ところで、あの2人はどこ行った?」
サンズは、ローガンとワイアットがいない事に気が付いた。4人は顔を見合わせ、困り顔だ。何かを察した彼は、山頂から森の方へと視線を落とし、何が見えるわけでもないが、何かが起きてからじゃ遅い、と警戒していた。
「・・・アイツら・・・、何やってんだ・・・。おい、リーダーはお前だったな?」
サンズはポピーを呼ぶ。
「・・・はい」
「何故目を離した?」
「・・・」
彼女は黙った。
「答えろ」
「・・・実は・・・」
ポピーは、ノモスがいるその場で、昼間の出来事を話した。メルがサンズとノモスの会話を聞いてしまったこと、それが発端でいざこざが起き、二手に別れてしまったことを。それを聞き、サンズは深い溜め息を吐いた。
「あのなぁ・・・、俺への死の宣告が仮に本当だとしても、お前らには何も関係ない事だ、というのがまず1つ。そして、2つ、ノモスさんに何か聞きたいことがあるなら、直接言ってくれ。試す様な事はするな。俺が保証する」
彼が後ろ手に親指でさすと、ノモスはコクリと頷いた。
「・・・2人を探してきます!」
「あ、俺も行くぜ!」
ポピーとラウルが山頂から降りようとしたその時、少し向こうに灯りを持ったローガンとワイアットが現れた。しかし、様子は少し変だ。ワイアットの肩に担がれ、左足を引き摺るローガンに、サンズは駆け寄る。
「お前ら大丈夫か、何があった?」
ローガンを横たわらせながら、ワイアットに尋ねる。と、彼は立ち尽くしたまま答えようとしなかった。
「私も診ます!」
ノモスが近寄り、ローガンの顔を覗き込んだその瞬間、倒れる彼が鼻息を荒くしながら右手から水流を放出した。
『!?』
間一髪で避ける事はできたが、驚きと不可解な行動に、彼女は一度飛び退いた。
「おい!何のマネ・・・だ・・・」
サンズの言葉は、ゆらゆらと立ち上がるローガンの目を見た途端に途切れた。
『フゥゥゥ・・・・・・』
歯の隙間から噴出する息は、まるで飢えた獣の様に威嚇し、目は紫色に不気味に光っていた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第106話 Side:A》へ続く。
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