第104話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第104話 Side:A》


『サンズ副隊長!!大丈夫ですか?!』


レイピアに《風》の付与魔法を使う女性隊員が叫ぶ。しかし彼は、体へのダメージを心配するよりも、事の把握が重要らしく、体当たりにより空中に投げ出された体を捻りながら高い木の枝に着地した。


(何故後ろにいた・・・?)


よく考えてみる。と、サンズには1つの仮説が浮かんだ。


(あの時後ろにいたのは小猪・・・。ノモスさんと出会った夜に現れた時も、彼女が小猪を抱いていた・・・。もしかして・・・)


彼は初日に相対した時の事を思い出す。


「分かる奴が答えろ!初日にエリューマンが頂上に来た時、何か不審な事はなかったか?!」


突然そんな事を言われてもすぐに答えられる者はおらず、オロオロと顔を見合わせるばかりだった。しかし、とある男性隊員の一言に、サンズの顔は変わる。


「あ、あの時は特に何もなく、やってきた小猪と戯れてたら、突然その背後にエリューマンが来て・・・」


(なるほど)


彼はニヤッと笑い、痛む背中を庇いながら右手を、あるモノに照準を合わせた。


「【ブレス】」


サンズの右手から一直線に伸びる竜巻は、エリューマンを通り越し、その後ろに控えていた子猪を襲った。


『!?』


その場にいる全員が驚いていた。


「サンズ副隊長!一体何を・・・?」


と【サーマルキャノン】を放った男性隊員が振り返る。エリューマンが焦った様子でそちらの方へと戻って行くのが見え、彼らは顔を見合わせた。先程メルが見かけた小猪の場所で右往左往するのを見てサンズは確信した。


「やはりな」


「どうしたんですか?」


「どうやら奴は、小猪から小猪へ、ワープが可能らしい」


彼の言葉に、一同はゴクリと唾を飲む。ノモスはその事を知っていたのか、はたまた勘付いていただけなのかは分からないが、右手を胸に当てて心配そうに見ていた。エリューマンはそのまま姿を消し、辺りには静寂が訪れた。しかし、これで判明したことは、大いなる一歩だ。


「エリューマンは小猪を倒される事を嫌がっているようだ。これは事実だと思うが、ノモスさん、どうでしょうか?」


その言葉にノモスは頷く。


「そうと分かれば次の行動に移せる。全員で手分けして小猪を倒すんだ」


一歩一歩を大事に事を運ぶサンズに対して賛同する者は多かったが、1人だけ反対する者がいた。その男は手を挙げる。


「・・・どうした?」


それに気付くサンズはそちらに顔を向けた。


「すいません、却下を承知で申し上げるのですが、発言しても良いですか?」


口を開いたのは、初め、サンズをあまりよく思っていなかった男性隊員だった。


「良いだろう、言ってみろ」


まずは異議の申し立てに許可が出た事に安心した様子で一息吐き、こめかみに力が入りながら自分の意見を述べた。


「全員で、というとエリューマンの行動を見る人いなくなります。ここは二手に別れ、エリューマンを監視する方と、小猪を狩る方で分けるのはどうでしょうか・・・?」


自分が先陣を切って指示を出していた今までとは違い、部下たちも自分で考え、状況を切り開こうとする姿に、徐々にだが彼らに信頼を寄せつつあった。そんな彼らの成長を、サンズは嬉しく思っていた。否応なく作戦を進めていた過去には、着いてくる者もいれば、反感を買う者もいた。頭が堅いと、隊長であるリゲル・サンドウィッチからの指摘もあったが、いまいち直し方も、治し方も分からぬまま時が経ち、今に至るが、こうして部下からの言葉に動かされるのも悪くないと感じつつあった。


(そうか、俺に足りなかったものは、『他者を信頼すること』だったか・・・)


「あぁ、ならばそうしてみよう」


軽く笑ってみせると、他の隊員たちにも笑顔が見え、ところどころ無駄に入っていた力が抜けるのが分かった。


(それに気付くきっかけをくれたメル・ビスケットには感謝しなくてはな)


と笑ったまま彼女の方へ顔を向けると、笑い慣れていないための不敵な笑みに怯えたのか、メルは目を合わせまいと音速でも越えるかの如くスピードでそっぽを向いた。


「それでは、サンズさんと私はエリューマンを見張る側に、その他の方々は、小猪の討伐をお願いします」


ノモスは手を軽く叩いてサンズたちをまたこちらの空気に引き戻す。まだエリューマンの力の1つが分かっただけ。油断はできない。


「分かりました。じゃあお前ら、くれぐれも無理のないように。何かあれば、誰か放出系の魔法を上に撃ち出せばすぐに向かう」


『はい!』


威勢のいい返事をし、彼らは森の中へと走って行った。何度目かの2人きりになったサンズとノモス。エリューマンを見張るという、難易度で言えばさほど高くはない事だが、これは、ノモスが彼に話をしようとして振り分けたものだった。そして彼女は口を開く。


「サンズさん、数日前に、アナタに『良からぬモノが憑いている』と申し上げました事を覚えてらっしゃいますか?」


「えぇ、突然の事で驚きはしましたが・・・。それがどうかしたんですか?」


「・・・・・・」


言うのを躊躇っているのか、ノモスは俯き加減で口を真一文字に閉ざした。かと思えば、ゆっくりと顔を上げた。


「良いですか、今から私が言う事、信じても信じなくても結構ですが、必ずその時は訪れます」


「一体何なんですか?からかってるのなら後にしてください?」


「あの時はみなさんが聞いていたかもしれないので発言は濁しましたが、サンズさん、アナタ、近い将来、死にます」


(!?)


改めて聞くと、『死』を一気に身近に感じてしまう。同じく副隊長だった、陽動部隊のニコラス・テスラールの戦死からまだ日はそこまで経ってはいないが、克服した者、引き摺る者、それを教訓にして生かす者、様々だった。サンズにとってもつい最近身近に感じていたモノだが、ヘラクレス山脈に入ってからは、危険と隣り合わせの場所なのに何故かノホホンとした空気に流されて危機感が薄れていた。本来ならば、騎士団に身を投じた時から常に命のやり取りが行われ、緊張を解こうものなら、即刻死が待っている戦場がすぐそこにある事を、彼は思い出すと共に、死への恐怖の火種が、ごく小さな火種だが、生まれてしまった。だが、これは彼の気持ちの分岐となったようだった。ノモスが死の宣告をしてしまった罪悪感から彼の顔を見ると、サンズは空を見上げていた。


「あの・・・、不安にならないのですか・・・?」


その言葉に、彼は何事もなかったかのように返した。


「こうやって部下が育ち、同期たちも活躍し、諸先輩方よりも先に逝く事になっても、なんら不安はないですね」


「死ぬんですよ・・・?何か感じないのですか?」


「そうですね・・・。何か感じる事があるとすれば、それは、自分に残された時間で何がやれるか、ということ。人間、いつかは死ぬものですからね。それが早いか遅いかだけです」


何かを悟ったように、サンズの目は決意を示した。


「・・・分かりました。では、アナタ方の勝利をお祈りしておきます。今回も、これからも・・・」


とノモスは両手を胸の前で組み、目を瞑ったが、そんな彼女とは対照的に2人の声が聞こえる大木の陰に、目を見開くメル・ビスケットがいた。


(・・・え・・・?サンズ副隊長が、死ぬ・・・?)


何かを聞き忘れたようで戻ってきた彼女が、その木の裏でサンズに向けられた死の宣告を聞いてしまっていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第105話 Side:A》へ続く。

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